ぶんぶん便 No.210
発行日時: 2004/5/25■■■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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■■■ 「ぶんぶん便」 2004/5/25 No.210
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姉妹誌『今日のいきぬき』に、時折「だくと」という猫が登場します。
(発行人いまむらさん http://www.est.hi-ho.ne.jp/imacha)
ダクトの中から救出され、救った人の職場で介抱された猫は、
周囲の理解と努力の末、会社で育ちます。
だくとは、ダクト出身の社猫なのです。
人と猫がちょっとずつ歩み寄りながら、共生していく様子が、
ほのぼのと暖かいお話です。
ところがこの春。
だくとはふらりと外の世界へ旅立ちました。
寅さんみたい。
会社の人たちは、だくとの無事と幸せを祈りつつ
「行き詰まったら帰る場所」でありつづけるそうです。
さくらみたい。
私も欲しいな。行き詰まったら帰る場所。
これさえあれば、人生は上々です。
*だくとのサイト http://www.est.hi-ho.ne.jp/imacha/osusume/no946.htm
――C―o―n―t―e―n―t―s――――――――――――――――
■ いなくなったモモちゃん(今月のコラム)
□ シネマ de ぶんぶん 『21グラム』
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■ いなくなったモモちゃん
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初めて本の匂いを嗅いだのは、5歳の時である。
幼稚園では、お遊戯だとか、お絵描きだとか
楽しい時間がいっぱいある。
中でも一番わくわくしたのが「読み聞かせ」の時間だ。
教室で、先生が椅子に座る。
園児は先生を囲んで床に座る。
やわらかな午後の光の中、先生は本を朗読し始める。
それは『ちいさいモモちゃん』(松谷みよ子作)だった。
先生の声を聞きながら、私はじっと見ていた。
先生の手におさまっている本を見ていた。
指のすき間からのぞくシックで堅そうな表紙。
そのずしっとした重みを感じていた。
一枚、一枚、めくられるたびに展開するストーリー。
めくる先生の指に、不思議なチカラを感じた。
夢はぶつっと寸断される。
「今日はここまでね」と、急にしらふになった先生は、
本を閉じる。
私の心はさーっとする。
朗読は毎日一章ずつだ。
それがオトナの考える「子どもがじっとしていられる時間」なのだろう。
子どももいろいろなのだ。
私には「少しずつ」が堪え難い苦痛だった。
毎日だ。
毎日が夢の寸断なのだ。
幼稚園の帰り道、私は母に手を引かれながら、
「今日もいいとこでおしまいだった…」とタメイキをつく。
母はふっと立ち止まり、
「全部読みたい?」と言った。
母の言う事が理解できず、私はきょとんとする。
読みたいけど、本は閉じちゃうんだよ、先生が。
…うまく言えずに心で叫ぶ。
母はその足で私を本屋に連れていき、店員とあれこれ話していた。
「あの子が読むんですか? 読めるかなあ」というような
やりとりがあったと思う。
幼稚園にある本が、本屋にある。しかも売ってる。
ということが、夢のようで。
それが手に入るかもしれない?
そんなことって、あるのだろうか。
大人のやりとりに口をはさむことはできない。
ただひたすら念じた。
念じれば通じる。
こうして『ちいさいモモちゃん』は私の手におさまった。
そういえば。
大人になるにつれ、念じても通じなくなった。
念じ能力が低下したのだろうか。
分不相応なことを念じるようになったからかもしれない。
思いがけず手にした本は、本の匂いがした。
手ざわりがすばらしい。表紙がざらざらで、
中身はさらさらで、ずっしりと重い。
図書館の本ではなく、私の本だ。
毎日読めるし、今日読まずに明日読んでもいいのだ。
汚してもいいのだ。
返さなくていいのだ。
なくならない本なのだ。
一枚、ページをめくる。
私の短い指が、先生の長い指と同じ動きをする。
夢の続きが始まる。
いっきに読んだ。
この時から「いっき読み」の癖がつく。
教科書も、いっき読み。
少年少女文学全集も、いっき読み。
するとね。
夜更かし、朝寝坊、歩きながら読んでの電柱激突、
授業中も読み続け、立たされる。などなど、
日常生活に支障をきたす。
「今日はここまで」としおりを挟む。
その行為ができた時、オトナになったと感じた。
モモちゃんいっき読みの翌日から、
読み聞かせの時間は落ち着いた楽しい時間になった。
「今日はここまでね」と言われても、悶絶せずに済む。
ラストを知ったあとも、楽しみは少しも減らず
やはり何度読んでも、何度聞いても、わくわく愉快な本だった。
音楽のような文章なのだ。
大人の気持ちと子どもの気持ちが両方わかる本なのだ。
大人にとって幼稚すぎず、子どもにとって難しくなく、
魂がこもっている。
いい文章って、誰が読んでも難しくないんだよね。
難解な文章に苦戦する時は、おのれの読解力を嘆かず、
「悪文じゃん?」と見放すことにしている。
すると教養にカゲりがでる。
けど、ま、なんとか生きてる。
成長過程で多くの本に出会った。
好きな本を聞かれて、別の本を答えるようになり
『ちいさいモモちゃん』を開くこともなくなった。
成人になり、結婚して、母になり、離婚して、再婚して、
この本を手にとることもないまま、でもずっと、
私の本棚にありつづけた本だった。
焦点ではなかったが、
視野のはじっこに背表紙を感じて生きてきたんだ。
つい最近、気付いたの。
本棚にない。
いつのまにか、消失してるんだ。
狂ったように探したけど、見つからない。
白地にうぐいす色の円がぽこぽこ並んだ表紙が…見つからない。
本が増え過ぎて…というのはウソだけど、
ちとお金に困って、何度か本を売った。
でも、あの本は、手元に残していたはずだ。
どんなタイミングで手放したのだろうか。
本を切り捨てた時期も理由も、忘れてしまっている。
私の人生はすべからくこういう具合なのだ。
ふと、価値のないものに思え、切り捨ててしまう。
切り捨ててしまったもの。
切り捨ててしまったひと。
切り捨ててしまった自分。
いくつもの大切なものを、いつのまにか失っている。
失うからこそ、前へ進めたのかもしれない。
なくすから手に入る新しい宝もあるだろう。
それにしても。
モモちゃん消失の気付きは、痛かった。
本屋で探して、同じ装丁のものがあったとして、
それを買って、取り戻せるものだろうか。
取り戻すって何を? それすらよくわからない。
そもそも本屋で探すのが、なんだかこう、ちょっと怖い。
ずっと会ってない人と会うのに勇気がいるように。
懐かしい本が今の私をどう感じるか、不安だ。
みなさんにもありますか? いつのまにかなくしたもの。
【 後日談 】*********************************************
書店で探すとモモちゃんはいました。
モモちゃんは違う顔をしています。
装丁がガラリと変わって、
私の求めていたものではありませんでいた。
幕切れ。です。
あきらめきれず、実家へ探しに行きました。
実家にもありません。
「Yにあげたんじゃないの」母は言います。
Yは甥です。
そうかもしれません。
私のやりそうなことです。
Yの本棚にあるかもしれない。と思ったら、あきらめがつきました。
確かめるのはやめます。
そこにある。と信じていれば、そこにあることが
私の中で事実になるのです。
本のかわりに、実家で妙なものを発見しました。
大学受験の日本史の問題用紙です。実物です。
「大山淳子」も受験番号も記入してあります。
七転八倒しながら答を探っている様子が見てとれる問題用紙で、
さんざん書き込んだ挙げ句、帰ってから正答を赤ペンで書き込み、
点数を算出しています。
入りたかったんだね。とほほえましいです。
合格発表の時、喜んではねまわっていたら、
某受験月刊誌のグラビアに載ってしまいました。
コトワリもなく、びっくりです。
グラビアの過去がある。ってのは、自慢になるかしら。
なくして得るもの。やはりあるんですね。
モモちゃんのかわりに、古い紙きれと芋づる式の記憶が戻りました。
それにしても。
今、ひとつとして解けないんです。
問題文が外国語みたいです。
こんなの解けたなんて、私の頭はどうなっていたのでしょう。
「あんた誰?」と当時の自分に問いかけます。
「あんたこそ。まさか将来のあたし?」と相手はびっくりしています。
わたしはあなたのれっきとした「なれのはて」です。
ごめん…。
なぐさめてあげたい気持ちです。
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□ シネマ de ぶんぶん
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『21グラム』6月5日〜公開
監督・製作 / アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
出演 /ショーン・ペン、ナオミ・ワッツ、ベニチオ・デル・トロ
「人は誰しも死ぬと21グラム軽くなる」
この映画が言うには、そうなんだって。
21グラムってどれくらいかなと思って、いろいろ測ってみたら
口紅1本ぶんの重さだ。
人が死んだらなくなるものって、魂でしょ。
魂の重さが口紅1本ぶんだと思うと、せつないような気もするし、
口紅を大切にしよう。という気にもなる。
この映画は、臓器移植や、人工受精や、宗教や、ドラッグや、
かなしい現実がてんこもりのお話。夢や希望は望めない。
時間軸を入れ替えて進むので、話がひっじょーにわかりにくい。
ひっじょーにわかりにくい脚本って、たまにあるけど、狙いはなんだろう。
「わかるひとだけついてこい」っていう、権威付けなのかな。
わかりにくい話は嫌いだ。夢のない映画なんて見たくないが、
ただひとつ、見過ごせないものがこの映画にはある。
それはベネチオ・デル・トロの顔だ。
彼の顔を見るだけで、つらい現実に2時間耐えてよかったと思う。
ブラピにも似た繊細なルックスを、本人はもてあましているのだろう。
肉体を改悪する努力を続けているみたい。
だって、どんどん悪魔的になってきている。
毎朝イカスミで顔を洗っているかのようなツラがまえ。
おそらくこの顔は、神様が若い頃に、チカラがありあまって、
すごい筆圧で描いたのだろう。
デル・トロの顔の完成後、チカラもやる気もすっかりうせた神は、
「まだあんの? 今日のノルマ」とぶうたれながら、
しかたなく私の顔にとりかかり、
イイカゲンにササッとすませちまったんだろうな。
この映画、気がめいってる人にはお薦めしない。
「難しいことを考えてしかめっつらしたい人」にはお薦めだ。
もちろん、デル・トロ好きには必見です。
↓公式サイトではないけど、わかりやすい解説が読めます。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD4852/
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