ぶんぶん便 No.121
発行日時: 2002/8/27■■■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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■■■ 「ぶんぶん便」 2002/8/27 No.121
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作/者/か/ら/
しゃべらない人って、なんだか気になります。
「しゃべらない」行為は、雄弁なのです。
しゃべらない人をテーマにした「しゃべらないシリーズ」を
過去2回、配信しました。1話完結式です。
2000/10/11発行 No.11『しゃべらない友人』
2000/11/11発行 No.14『しゃべらない少女』
今回はその第三弾です。
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■ しゃべらない少年
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昔話だ。
小学生の頃、2年間、宮崎に住んでいた。
私は東京から来た転校生で、学校の正門前に家があった。
放課後毎日のように同級生がうちの庭に遊びに来た。
昔はそうやって子供たちはよその家に上がらず、
いきなり庭に入り込むというのが常だった。
父は国家公務員だった。その家は官舎であり借り物である。
汲み取り式便所に、五右衛門風呂。
小さな平屋で、庭だけは無駄に広くて、池があった。
そこで級友達とおたまじゃくしを掬ったりした。
大人しく、目立たない少年がいた。
いつもひょっこり現れ、縁側から居間を覗き込んでいる。
平日の昼間、つけっぱなしのテレビはメロドラマをやっている。
「面白いのに変える?」と聞くと、黙って首を横に振る。
チャンネルをひねると画面が消えてしまうかのように、
少年は必死な表情でテレビを観ていた。
彼はたびたび庭に現れた。
いつもひとりで縁側にへばりつき、テレビを観ていた。
親しくなったつもりの私は、学校帰りに彼について行った。
バッタをつかまえたり、草をちぎったりしながら、付かず離れず
一緒に歩いた。
やがて殺風景な芋畑に出る。畑のまん中にトタンで囲った小屋があり、
彼はサヨナラも言わずにそこへ帰っていった。
メロドラマが好きなのではなく、テレビが珍しいのだと気付いた。
ある日給食の時間、パンが1個ゴミ箱に捨てられていた。
「誰が捨てた?」という教師の問いに、少年は黙って手を挙げた。
アレッと思った。彼は乱暴でもイタズラ好きでもない。
それほどの明るさもない少年なのだ。
ズンッという、鈍い音がした。
教師が少年を殴ったのだ。
少年は椅子ごと教室の隅に吹っ飛んだ。
さらに教師は少年の胸ぐらをつかむと、ゴミ箱のパンを少年の口にねじ込み、
脱脂粉乳を頭からばさりとかけ、縄で縛り上げた。
「食べ物を粗末にするな」ということらしい。
教室には脱脂粉乳の匂いがたちこめ、
生徒はみな金縛りにあったように固まった。
少年は1時間、そのままそこに置かれた。
後ろ手に縛られ、口にパンをくわえ、正座していた。
頭からは脱脂粉乳がしたたっている。
私は目を逸らすこともできず、少年の横顔をじっと見つめた。
口を大きくあけた時にできる、コメカミの横筋の上を
いく筋もの白い線が垂直に降りる。
彼がパンを捨てるはず、ないんだ。
以前、給食の時間、私は自分のパンにアリが這うのを発見し、
ひええっと叫んだ。すると、隣の席の彼が、さっとパンに手を伸ばし、
アリをつまんで捨て、私にパンを返してくれた。
「ホラこれでもう食べられる」というふうに。
なのに私ったら、虫が這ったパンを食べることができなかった。
彼の親切に答えられない心苦しさを感じた。
同時に「自分は軟弱、彼はタフガイ」と、
無口な彼がヒーローにみたいに思えたんだ。
パンを捨てるわけない。たとえ落っことしても食べるはずだ。
ひょっとしたら、パンが欲しかったのかな。
捨ててあるパンがもったいないから、貰おうと思って、
手を挙げたのかもしれない。
口いっぱいのパンは、少年から表情も言葉も奪っていた。
殴られる前も後も、同じ顔だ。
怯えも憤りも悲しみもない。彼の表情は固まったままだ。
ぼくじゃないという言い訳や、痛いとか、嫌だとか、言わない。
テレビが観たいとも言わない。
いつだってパンを押し込まれたように、少年は言葉を発しない。
大人になった私は当時の彼に寄り添い、抱き締めたい衝動にかられる。
でもね。
こういう理不尽な経験って、そう悪いものではないと思う。
常に正当に扱われ、公平に対処され、満たされ続けることは、
人生にはあり得ないのだから。
成長期の理不尽は太い神経を持つ養分になる。
この一件は少年の心に黒い影も落とさず、彼は案外と口達者な男に成長し、
敏腕営業マンにでもなっているような気がする。
その教師は、いつも何かにイライラして、きっかけを見つけては
爆発していた。
何故か女の子には優しい。
図画の時間、私が水をこぼして絵を駄目にしたときも、
笑って一緒に片付けてくれた。
女子生徒をサン付けで呼ぶ、当時の教師にしては珍しい「紳士」だった。
怒った顔を記憶している私は、教師の笑顔を見るたび、しらけたものだけど。
オトナの「機嫌」というものは厄介だなあ、と思う。
「機嫌」により態度が変わるオトナは、子どもの目にも小さく見える。
今、その教師を思うと、腹が立つより切ないような思いしかなくて、
「どんまい」と声をかけたくなったりもする。
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以上「ぶんぶん便」No.121をお届けしました。いかがでしたか。
ご意見ご感想お待ちしてます。ではまた次回お会いしましょう!
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「ぶんぶん便」2002/8/27 No.121
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