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サルコイ通信154号
発行日: 2008/4/12━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
サルコイ通信 話 の 散 歩 道
サルコイ通信 ---通算154号---「話の散歩道」---第116号---
2008年 4月12日配信
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◆「提婆達多のこと−自尊心について−」 −話の散歩道−
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みなさんこんにちは。お元気ですか。
こちら山陰では、桜の開花が少し遅かったのですが、開花すると一気に満
開になりました。そして昨日一日中続いた雨で、今朝の道路は桜の花びら
のじゅうたんのようです。
昨年読んだ本の中で、宮本輝の「流転の海」(1〜5)があります。その
第四巻の中に釈迦の弟子であった、提婆達多の話が出てきます。印象に残
ったのでその後提婆達多に関する本を2冊ほど買い目を通してみました。
提婆達多は釈迦の弟子で、しかも親戚従兄弟にあたったようです。少し
長いのですが、宮本輝さんの文章を引用させて頂きます。
釈迦は、自分の弟子のひとりである提婆達多を並いる人々の前できつく
叱り、汝は愚人なり、人の唾を食らう者なりと辱しめたという。提婆達多
は、弟子のなかでも優秀で、頭も良く、法論にも長け、才気も優れていた
が、内に邪悪な野心も隠していた。釈迦はそれを見抜いて叱ったのだとい
う。
人前で恥をかかされた提婆達多は、自分に非があるならば、釈迦はどう
して自分だけにそれをそっと言ってくれないのかと怒った。なにもあえて
満座のなかで恥をかかさなくてもいいではないか。こうなれば、俺は釈迦
に敵対しつづけてみせる。「生々世々にわたりて大怨敵たらん」と誓い、
釈迦を殺そうと企て、教団の尼たちを犯し、悪業の限りを尽くして、地獄
へ堕ちていく……。
熊吾がこの話を聞いたのは三十代の後半であった。上海で知り合った六
十半ばの仏教学者で、自分の研究を進めるために上海に渡り、中国人の仏
教研究家たちを各地に訪ねて意見を交換したり、文献を書写させてもらっ
ていた。
研究の成果を本にしたいので協力してくれないかと頼まれ、熊吾は資金の
一部を寄附した。格別、仏教に興味を持っていたわけではなく、その老学
者の清廉な人柄に魅かれたからだった。
提婆達多の話を聞いたとき、熊吾は、提婆達多を提婆達多にさせてしま
ったのは釈迦ではないのかと思った。人間、誰しも自尊心というものがあ
る。人間は感情の動物だというのは、もはや使い古されているくらいだ。
たしかに提婆達多の言うように、提婆達多のよこしまな心を見抜いてい
るならば、なにもあえて人前で化けの皮をはがなくても、二人きりのとき
に耳に痛い忠言を与えればいいのではないか。人前で自尊心を傷つけるの
は、大人のやり方ではないと思う。熊吾はそんな考えを老学者に述べた。
老学者は、ただ黙って熊吾の意見を聞いていただけで、自分の考えは述
べなかった。
その後、ときおり何かした拍子に、熊吾は提婆達多の話を思い出すこと
があったが、熊吾の考えに変化はなかった。釈迦が叱り万を間違えたのだ
と。だが、そんな自分の考えこそ間違っているのではないかと思ったのは
、妻子とともにすごした南宇和における一光景によっている。
深浦港の網元・和田茂十の県会議員選挙で選挙参謀を務めていたとき、
やがては自分の義弟となるはずの野沢政夫が、相手陣営の背後にいるなら
ず者、上大道の伊佐男の手下となっていることに気づき、それをたしなめ
ようと政夫に事の真偽を問い質した。そのとき、あの気弱な政夫が、ひら
き直ったかのようにこう言ったのだった。
「わしは、どれほど、おじさんに人前で叱られつづけてきたか……。人
前だけなら、まだ我慢もできる。おじさんは、わしの子供の前でも、わし
をアホ扱いしなさった。わしはたしかにアホじゃ。けど、一寸の虫にも五
分の魂でなァし。わしみたいな甲斐性なしのアホでも、自分の子供からは
尊敬されたいんじゃ。尊敬されんでもええ。ただ馬鹿にはされとうない。
おじさんは、明彦がわしを見る目を知っちょりますかなァし。あれは、道
ばたに落ちちょる牛の糞を見る目じゃ。自分の親父を見る目やあらせん。
明彦をそんなふうにしたのは、おじさんじゃ」
「わしは、いつも、おじさんに、自分の子の前で恥をかかされましたなァ
し。きょうも、わしは、わしの友だちの前で、おじさんに衿首をつかまれ
て、さかりのついた犬よばわりされた」
「こんどは負けんぞなァし。おじさんがわしに指一本でも触れたら、増田
の親分が、房江のおばさんや伸仁を、えげつない目に遭わしてくれますで
なァし」
政夫の言葉を聞いているときに自分のなかに去来したものが何なのか、熊
吾はあの瞬間はよくわからなかった。
けれども、政夫が死に、わうどうの伊佐男も死に、自分たち一家は再び
大阪に戻り、伸仁は小学生となり、テントパッチ工業を興し、杉松産業を
興し、「平華楼」や「ジャンクマ」や「ふなつ屋」を営む日々のなかで、
ひょっとしたらあの風の強い深浦港で、自分は無意識のうちに、釈迦と提
婆達多の逸話を思い浮かべたのかもしれないという気がしたのだった。
元より、自分は釈迦のような全人格者でもかければ、悟りとは縁遠い人
間だ。釈迦と自分とを同列に置こうなどとは考えたこともない。そして、
自分は釈迦の叱り万が間違ったのだと思いつづけてきた人間だ。
そのような自分が、政夫を人前で叱って恥をかかせてきた。なんという
驕りであろう……。そう思ったのだが、同時に、別の思いもまた湧きあが
って来て、己の非に気づいたのだった。
釈迦はなぜ提婆達多を満座のなかで叱責し、お前は愚人で、他人の唾を
食うような男にすぎないという言葉を使ったのか。釈迦は、それによって
人間の自尊心がどれほど傷つくか、充分すぎるほど知っている。
提婆達多よ、どうだお前の自尊心は傷ついたであろう。さあ、これからど
うする。私に敵対し、教団に災いを為し、誓い合った大きな目的を捨てて
いくのか。
我々の目的とは何だ。釈迦教団は、いかなる障害や弾圧にも耐えて、仏教
を流布し、衆生を導き、救済することが目的ではなかったのか。そしてお
前は、その果てしない闘いに参加することを誓って、私の弟子となったの
ではないのか。それなのに、自尊心のために誓いと大目的を捨てるのか。
そうなのか。お前には自尊心以上に大切なものはなかったということか。
自尊心以上に大事なものはないという人間が、どうして仏教流布という難
事を達成できよう。さあ、どうだ、提婆達多よ、お前は己の自尊心と、み
ずからが選んだ大目的と、どっちを選ぶ
熊吾は、釈迦というものについて勉強したことはなかった。だが、己が目
指そうとしているものが大きければ大きいほど、自分の自尊心などは取る
に足らないものになっていくはずだという思考が、政夫のあのときの尖っ
た目を思いだすたびに、ある明確な規範を伴なって形づくられたのだった
。
自分の人生に、目指すべき大きな目的を持っていない人間の自尊心を傷
つけてはならないのだ。釈迦が、提婆達多を人前で恥をかかせ、とりわけ
強固な自尊心をあえて傷つけたのは、大目的に向かうために、提婆達多と
いう人間を鍛えなければならなかったからだ。
以上です。
日常生活の中で、相手の自尊心を傷つけてしまったり、自分の自尊心が
傷ついてしまったりすることがありますが、この小説の主人公が感じたよ
うに、大きな目的を持っていない人の自尊心は傷つけないように、という
こと。
そして逆に、自尊心を傷つけられそうになったときは、より大きな目的の
為に、耐えること。
さらに、自尊心を傷つけられた相手が釈迦のような大目的を持って、相
手を鍛錬する為に、そのようにしたのではなかったとしても、大半はその
ようなパターンだと思いますが、そのようなときにも、自らが内心に於い
て持っている目的・理想・信念・信条によって忍耐すること。見えない何
かの意志を信じて。
目前の人を通して、言わしめた、その背後にある、上記、釈迦の意志の
ような何かの意志を信じて。
自らのなかに、目的感を持った生活、目先の生活のことだけに捕らわれ
ない、もっと遠くを見つめた生活。昔流に言うならば「大願成就」といい
ますか、そのような目的あるいは意志を持った生活と言ったらいいのでし
ょうか。
日常生活に忙殺されていると、ややもすると自尊心に振り回されてしま
うことがあります。そして周囲の声というのは、自尊心に対して同情的な
のです。
自尊心を超えた何かを見つめて、自らの感情を克服したいものです。
それでは皆さん、今は木の芽の出る季節、体調には十分注意して生活し
て下さい。
また、お会いしましょう。お元気で。
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┃で┃は┃次┃回┃を┃お┃楽┃し┃み┃に┃サルコイ通信154号
┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛ 終わり
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