サルコイ通信「サルコイ君の病気は友達&話の散歩道」 |
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サルコイ通信 ---通算134号---「話の散歩道」---第97号---
2002年 12月1日配信
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◆「友情について」 −話の散歩道−
◆【サルコイドーシスの病状と経過】
◆【お知らせ】ー縦書きで読んでみませんかー
http://www.web-sanin.co.jp/p/tanaka/sarcoi134.pdf
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■「友情について」
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みなさんこんにちは。お元気ですか。今日から12月となりました。1
1月の初めころはとても寒い日が続いたのですが、このところ昼間は小春
日和の陽気が続いています。
皆さんは風邪対策など如何しておられますか。私は手洗いとうがいには
特に注意しています。あとはうたた寝をしないようにしています。昨年か
らは少しインフルエンザの予防接種も控えています。いい風邪予防などあ
ったらまた教えて下さい。
さて、今日も「中野孝次」氏の「人生の実りの言葉」から紹介させて頂
きます。今回は「友情」についてです。
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相手かたにとっての善を相手かたのために願うひとびとこそが、最も充
分な意味における親愛なるひとびとたるのでなくてはならない。
アリストテレス 『ニコマコス倫理学(下)』
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わたしが所有する書籍のうち一番古いのは、『論語』と、アリストテレ
ス『ニコマコス倫理学』の二冊だ。
わたしは今それを読み返して、わたしが友情について抱く観念は、十代
の時に読んだこの『ニコマコス倫理学』によって形作られ、以後本質的に
は少しも変化していないのを認める。たとえばアリストテレスは、最も正
しい意味での友人とはどういうものかと問うて、冒頭に引用したようなこ
とをいう。
なんらかの利得とかのためでなく、互いにその人となりそのもののゆえ
に愛しあうのが友人である。付帯的なもののためではないのだ、と念を押
す。こういうところに十代のわたしは傍線を引き、感想を書き記している
が、今日わたしが友情というものによって思い浮かべるのはまさにそうい
う関係なのだ。
ただ若い時とちがうのは、相手に対する敬愛だけがあるそういう純粋な
人間関係だけを友情と呼ぶとき、そこに今はある種の苦い味が加わってい
る点である。というのは、七十年以上の長い人生を生きてきて、今のわた
しは真の意味で友情と呼べるものが、いかに乏しいかを知らされているか
らだ。
若い時は日をおかず付き合い、熱烈に語ったり、遊んだりした相手、当
時はこれぞ友と思いこんでいた相手が、実は必ずしも友情をもって結ばれ
ていたわけでなかったということを、あとになって思い知らされたことが
何度あったか。真の友と呼べる者がいま何人いるか、と寂蓼をもって顧み
ざるをえないのだから。
が、すでに十代でそのことを予感していたかのように、十代のわたしは
その少し先でアリストテレスがこう書いている所にも、強い傍線を引き、
感想を記しているのだった。
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ただし、こうした愛は、当然、稀有であることを免れない。こういうふ
うなひとびとは少ないからである。だがそれのみでなく、時を経、呪懇を
重ねることが、なおその上に必要である。というのは、諺にいうほどの「
塩を一緒に食べた」のちでなくてはお互いを知ることができない。だから
、愛さるべきひとであることがどちらにとっても明らかになり、相手の信
頼を博するようになるまでは、お互いを受け容れることもできず、真の友
たることもできないのである。
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友となりうるほどの者どうしが出会っただけでは足りないのだ。真の友
情が成り立つためにはさらに時間が要る。長い年月人生を共にし、その上
たえず親しく付き合っているのでなければ、友情という生きものは育たな
いのである。ところが、それが実は非常にむずかしいのである。
職業が違ったり、住む場所が離れすぎていたり、互いの人間関係がずれ
ていったりすれば、いかに親しい友でも次第に遠のいてゆく。長年月つね
に人生を共にするということは、実社会ではなかなか実現しがたいことな
のだ。
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親愛なひとびとのあいだにおいてもまた、何よりも好ましいのは親しい
相手と生を共にするということではないであろうか。なぜかというに、愛
とは自他の共同なのである。そうして、ひとの自分自身に対する関係が、
やがてまたその相手に対する関係でもある。
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自分自身に対する関係がすなわち相手に対する関係であるとは、自己の
ために願うことを相手にも願うことにほかならない。自他一如なのだ。こ
ういう関係は大勢とのあいだには結べない、ごく少数の人間どうしでしか
実現できず、しかもつねに生を共にする者にしか成立しえない。真の友に
恵まれるとは、奇蹟に近いほど困難なのだ。それだけに得たときの幸福は
大きい。
以上が引用です。
まさに愛情は、相手の立場に立ったもの、私のないものだと思います。
そして『友情』は、そのような愛情を育みながら、長い年月を積み重ねて
育っていくものという、著者の言葉に同感するのです。
経験してきたこと、直面している課題など語り合い、分かち合い、これ
からのことを考えていく、そんな友情が育つには、やはり生活圏が近いと
いうこと、ときどき会えること、そのようなことが大切なのだなあと感じ
ます。
現代は、交通、通信などとても便利になり、工夫次第ではかなり距離の
ことなどカバーできるかもしれません。しかし近くにいるということが一
番でしょうね。
そんな『友情』を育みたいものです。
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■【サルコイドーシスの病状と経過】
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最近は、私より家内の方が体調が悪く、心配しています。
私の方は、早く休むように心掛けているからでしょうか、比較的安定した
日々を送っています。
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■ 【お知らせ】ー縦書きで読んでみませんかー
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縦書きで「話しの散歩道」を作成してみました。
よかったら読んでみて下さい。
どちらが読みやすいのか、感想など頂けたら幸いです。
http://www.web-sanin.co.jp/p/tanaka/sarcoi134.pdf
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