| >> 記事トピックス一覧 |
ユーラシア・ウォッチ 第61号【秋野豊ユーラシア基金】
発行日: 2005/3/1======================================================================
◆◆ ユーラシア・ウォッチ ◆◆
Eurasia Watch
編集・発行:秋野豊ユーラシア基金
http://www.akinoyutaka.org
----------------------------------------------------------------------
第61号 2005年3月1日
======================================================================
◇Contents◇
・エッセイ/ゆーらしあの風
ウクライナとラストウ理論(伊東孝之)
----------------------------------------------------------------------
■エッセイ/ゆーらしあの風■
ウクライナとラストウ理論
伊東孝之(早稲田大学教授)
最近のウクライナ情勢を眺めていて、ふとラストウ(Dankwart Rustow)が
1970年に唱えた「力学的モデル」を思い出した。
それは一つの民主化モデルである。それまで政治学者の間では民主化を経済
発展、政治文化、階級構造、教育水準、都市化など構造的要因との関連におい
て見る傾向が強かった。これをラストウは「機能主義」と呼んだ。いろいろな
事例を調べて、民主化とさまざまな要因との相関関係を調べる。関係が深いこ
とが分かると、それを民主化の「原因」と考える。しかし、実際には機能的な
対応関係を確認しただけで、因果関係は分からないのである。たとえば、ある
国で経済発展があって、民主化が起きたとしても、経済発展のおかげで民主化
が起きたのか、民主化のおかげで経済発展が起きたのかは分からない。機能的
な対応関係を見るのではなく、時系列に従って前に起きた出来事とあとに起き
た出来事の間の因果関係を見なければならない。
民主化にはなんの前提条件も要らない。ただ一つ、背景条件として「国民的
統一(national unity)」がなければならない。「国民的統一」はどんな形で起
きてもよい。民主化の前に起きるので、当然民主的ではあり得ない。次いで、
国民が二つの陣営に分かれて激しく争う段階、準備段階がある。「国民的統一」
が自明のものとなっておれば、心おきなく争うことができる。準備段階の争い
は十分に長く、内戦の一歩手前まで行くほどに激しいものでなければならない。
第三に、決定段階が訪れる。二つの陣営の代表、つまりエリートが協定を結ぶ。
それはどちらの陣営にとっても「次善の策」としての妥協であって、どちらか
の一方的勝利ではない。たとえ「民主派」と「保守派」の争いであっても、
「民主派」の全面的勝利ではない。最後は習慣化段階である。妥協の原則に適
応できない政治家が淘汰され(「ダーウィン主義的過程」)、大衆も次第にエリー
ト間の妥協を受け入れるようになる。こうして「民主主義への移行」が完了す
る。
この「力学的モデル」は「民主化の第三の波」が始まる前に提唱されている。
それはその後の経験を踏まえて発展し、アクター中心主義的民主化論となった。
ウクライナの2003年の1人あたり国民所得は970ドル(世銀)である。この低さ
では、経済発展が民主主義を生むという立場(内因論)からも、民主主義は経済
外的理由で起きるが、所得水準が高いところで安定するという立場(外因論)か
らも、見通しは暗いというべきだろう。実際にこれまでウクライナで民主主義
がうまくいっていたとは言えない。しかし、「力学的モデル」から見るとどう
なるだろうか。
まず、「国民的統一」については、はたしてウクライナがそれを達成してい
るかどうかについて疑いをもつ人が多かった。しかし、1991年12月の国民投票
では91%が独立に賛成したのである。その後、ロシアに比べてウクライナの生
活水準が急激に下がった。2003年のロシアの国民所得は3157ドルで、ウクライ
ナの3倍以上となっている。これは主として石油価格の高騰で輸出国のロシア
が潤い、輸入国のウクライナが苦しむ羽目になったためである。たしかに独立
に幻滅するものが出ているが、国家的存在自体は自明視されつつあるように思
われる。ロシア側の密かな期待にもかかわらず、内部崩壊は起きていない。
次に、国論を二分する対立が次第に盛り上がってきて、今回の一連の事件と
なった。「オレンジ革命」が内戦の一歩手前まで行ったことは周知の通りであ
る。それが地域的な対立ではなくて地域横断的な対立であれば、もっとよかっ
ただろう。東部(左岸ウクライナ)の一部諸州では住民投票を行ってより大きな
自治、連邦制、はては分離を要求しようという動きさえあった。それは「国民
的統一」がまだ完全には自明視されていないことを物語っている。とはいえ、
西部出身のクラフチュクが東部の利害に、また東部出身のクチマが西部の利害
に配慮した例を見るまでもなく、この国の政治家はそれほど地理の囚人ではな
い。ユーシェンコが東部出身で西部(右岸ウクライナ)のヒーローとなったり、
東部で支持の厚い社会党、共産党を味方につけることに成功したことを見逃す
べきではない。いずれにせよ、国論は激しく分裂したが、国家的枠組みを疑う
声はそれほどなかったのである。
第三に、エリート間の妥協が成った。クチマは再選挙に同意する代わりに、
議院内閣制の導入を提案した。大統領の地位は譲るが、議会で勢力を維持して
首相、従って政府に対する影響力を確保しようという計算である。ユーシェン
コはこれに難色を示したが、最後に同意した。大統領選で道義的勝利を収め
ることが先決、という判断だろう。どうしてこのような妥協が可能であったか。
それは同質的なエリート間の取引だったからではないか。ユーシェンコもヤヌ
コビッチも同じクチマ大統領の下で政府高官を務めた間柄であり、気心が知
れている。たしかに政敵にダイオキシンを盛るというような汚い手法に訴えた
ことは信頼関係を損なったに違いない。しかし、あのように緊張した日々が続
いたにもかかわらず、一人の死者も出ていない。もしこれが階級的、民族的憎
悪を伴っていたなら、ただでは済まなかっただろう。
最後に、習慣化段階はこれからである。民主主義はルールが分かっているが、
結果が分からないゲームである。しかし、その結果を受け入れても身の安全に
心配がなく、次のラウンドでは勝てるかも知れないと思うことができれば、政
治家はゲームを続けようとするだろう。大統領選挙で敗れたヤヌコビチ候補は
直後に選挙の無効を主張したが、その後支持者に抗議行動の中止を訴え、つぎ
の議会選挙で勝利を目指すと宣言した。つまりルールを受け入れ、つぎのラウ
ンドでの勝利に希望をつないだのである。はたして妥協を潔しとしない政治家
が淘汰され、大衆がエリートの政治過程に組み込まれてゆくか。今後を見守る
以外にないが、最も危機的な時期はすでに過去のものとなったように思われる。
もし習慣化がうまく行けば、ウクライナはラストウ理論を裏付ける新たな
ケースになるだろう。
(いとう たかゆき)
----------------------------------------------------------------------
◆新刊書・論文紹介
冒頭の「○」は単行本や雑誌、「・」は雑誌に掲載された論文を意味します。
価格は原則として総額表示としております。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜《政治・安全保障全般》〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○戦後日本国際文化交流研究会著(平野健一郎監修)『戦後日本の国際文化交流』
2005年1月刊(\4200)勁草書房
※第6章「グローバル化と市民社会−日本の国際協力NGOの価値変容に
ついて」を執筆した金敬黙氏は第回秋野豊賞受賞者です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜《中 東》〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○片倉邦雄『アラビスト外交官の中東回想録』明石書店
2005年2月刊(\2,520)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜《ロシア・中央アジア諸国》〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○中澤孝之『現代ロシア政治を動かす50人』東洋書店
(ユーラシア・ブックレット No.72)
2005年2月刊(\630)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜《ヨーロッパ》〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○細谷雄一『外交による平和』有斐閣
2004年12月(\3,300+税)
・南野大介「ウクライナ大統領選挙―『民主化』の機は熟したのか?」
『世界』2005年3月号、220〜229頁。
※南野大介(在ウクライナ日本国大使館二等書記官)さんは、
第5回秋野豊賞受賞者です。
======================================================================
◆編集後記
昨日(27日)、秋野豊氏のタジキスタンへの足跡をたどったドキュメンタリー、
「青いツバメ」がテレビ朝日系列で放送されました。ご覧になった方は、どの
ような感想を抱かれたでしょうか。主要紙のテレビ番組欄で比較的大きく紹介
されていましたが、日曜の昼下がりという時間帯のせいもあってか、残念なが
ら東京の視聴率はあまり高くなく2.6パーセント。しかし地元・北海道はさす
がに10.3パーセントを記録したそうです。◆番組では単に平和を希求する国際
政治学者としての姿だけでなく、日常的な現地の人々とのつきあいの模様や、
長女さやかさんからみた父親・秋野豊像も描かれ、タジキスタンの美しい自然
の風景映像のもとで、いろいろな思いを噛みしめながらも、ゆったりと番組を
味わうことができました。泉谷しげるさんの木訥な語り口や振る舞いも、私に
は好感が持てました。◆長女のさやかさんの発言は、とても印象に残りました。
事件直後の火葬のとき、さやかさんは父親の体に入っていた銃弾を何発か手渡
されます。「銃弾を渡されたとき、パパは憎悪や怒りを身を持ってうけとめて
くれたんだ、それを新たな憎しみに変えてはいけないんだな、と思いました」
と発言されていました。さりげない口調でしたが、ずしりと重く響きました。
◆次号は3月15日頃配信の予定です。 (広瀬)
**********************************************************************
ユーラシア・ウォッチ 第61号(2005年3月1日発行)
発行元:秋野豊ユーラシア基金(代表 秋野洋子)http://www.akinoyutaka.org
〒151-0061 渋谷区初台1-51-1 初台センタービル803
編集責任者:広瀬佳一
郵便振替02740−2−3000
★ご意見・ご感想はinfo@akinoyutaka.org までお寄せください。
★このメルマガはインターネットの本屋さん『まぐまぐ』(マガジンID:91758)
および『メルマ!』(マガジンID:m00119358) の発行システムを利用していま
す。送付先変更・配信解除は、下記のURLからいつでも可能です。
http://www.akinoyutaka.org/mailmagazine/mailmagazine.html
**********************************************************************
このメルマガを読んでいる人はこんなメルマガも読んでいます
- ワールド・ニューズ・メール
- 世界各地に滞在し、その国の空気を吸って生活しているライターが、現地の目と日本人の目で多角的に分析したレポートです。毎週2回の配信で、世界を一つかみし...
- 週刊アカシックレコード
- 02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家(金正日の「遺書」で始まる「中朝戦争」後の北朝鮮...
- 宮崎正弘の国際ニュース・早読み
- 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析
- メールマガジン日台共栄
- 日本の「生命線」台湾との交流活動や、他では知りえない台湾情報などを、日本李登輝友の会の活動とともに配信するメールマガジン。
- 新華タイムズ(中国新華社日本語情報)
- 中国政治経済情報の出所は新華社新華網にあります。新華網情報を配信できるのは、当社だけです。得難い中国情報を最高のブランドでお読み頂けます。
![メルマガスタンド[メルマ!]](/img/common/melma_logo.gif)









