晴れの日には雨が恋しくても、雨が降れば雨を嫌うように、つらい時を過ごすことは私たちにとって耐え難い。風が吹けば、少々なら好まれても、強いときには嫌われる。つらい時をやり過ごすためにはどうしよう?そんなことを考えながら、書いています。
- 最新号:2008-10-04
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風のまがりかど その13
発行日: 2005/2/20〜= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
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風のまがりかど
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− その13. 坂道にて −
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昨夏から続けてきた仕事が、今月いっぱいで終わる。この間色々なことを経験し、
また学んだ。しかし、ともあれ、契約期間は今月で終わる。その先はまだ未定、と
いうことで、また不安定な収入に悩まされることになる。いつまでも宙ぶらりんの
状態が続くことに嫌気も差してくるが、年齢的に制限もされるし、そもそも正社員
になる気がないのだから、それは仕方ない。
企業というところが利潤を目的として活動するところであり、またそれに反する場
合、反社会的であろうが、個人の自由を束縛し、あるいは蹂躙しようが仕方のない
という論理で動いている以上、そこに組み込まれることを拒否せざるを得ないとい
う感覚が私の中では働いているようだ。
そう考えている以上、もう継続して組織の中でそういう滅私奉公的活動をすること
はできなくなってしまった。しかし、食っていく以上は、金を稼いで暮らして行か
ざるを得ない。ゆえに、こういう生活になっているわけなのだろう。それは、ある
いは、あたかもコンピュータ端末のように、社会の末端で巨大営利企業に使われて
いるだけなのかもしれない。
しかし、非人間的命令を下す側よりは、下される側の方が人間的ではある。この現
代社会で、巨大な経済の歯車に入って行かなければ、生計(たつき)の道がないので
あれば、そうするしか他はないだろう。しかし、私の予測するところでは、今は過
渡期なのだと思う。
私たちは、映画や小説に描かれたような目に見える強力なものではないけれども、
非人間的なシステムの下に暮らしている。それは、ちょっとやそっとでは逃れられ
ないものだ。税金や法律の目が、網の目のように私たちを取り巻き、たとえ南の島
で暮らそうとも、そこから逃れることは現在では不可能なのだ。
このシステムは、しかし、生物たる人間を端末コンピュータのように管理すること
を前提に働いている。そして、知らず知らずのうちに、この社会に張り巡らされて
きた。モノとして、我々は管理され、監視されている。極端な論のように思われる
かもしれないが、プーケットで津波にさらわれても、旅行者ならすぐに誰なのかが
把握できるのは、パスポートやビザというもののおかげであり、これはある意味で
監視と同じことだ。
わたしはパスポートがなくなればいいと言っているわけではない。しかし、こう
いった堅牢なシステムのお蔭で、人知れず死んでいくという権利は失われてしまっ
た。いえ、決して皮肉から言っているわけではなく、実際にそれは人間としての権
利のひとつだとわたしは思っているのだが。
で、このシステムの行き着く先は、社会の死である。なぜかを論じ始めるとまた長
くなるので、とりあえず、その先を考えたい。このシステムはだんだんと変更され
ざるを得ない。生物たるわたしたちには無理なので。で、より非画一的なシステム
が導入されていくだろう。その詳細はかなりの高度な想像力を要するので、また暇
なときに考えてみたい。
で、回り道をしてしまったけれど、この辺から今日の本題に近づいていきます。こ
の非人間的な社会にある私たちができることはなにか、これが危急の問題なのだ。
未来をいくら詳細に検討しても、それは現在に生きている私たちにとって絵に書い
た食べ物のように有効なものではない。いくらおいしそうに見える料理でも写真は
食べられない。それよりはパンの耳のほうがましだ。
この現在の非人間的なシステムに穴を開けるために、我々がすべきことはコミュニ
ケーション、これしかない。サーバコンピュータから切り離されて孤立した端末は、
もはや死を迎えるしかない。もはや、どことも通じなくなってしまったからには、
自分でサーバを立てるしかないのだ。自分で情報を発信し、自ら相手を求める立場
に立つしかない。情報の交差点になるのだ。
しかし、私はコンピュータシステムを比喩にしたが、実はこのコンピュータこそが、
現実的なコミュニケーションを阻害している原因になっている。このネットを介し
たコミュニケーションはあくまで一つの手段でなければならない。広く薄い人間関
係の下には、狭く濃い「つきあい」がなくてはならない。人との関係を失った個人
は、社会に敵対しなくてはならなくなる。
「つきあい」は面倒だ。やっかいで、鬱陶しい。しかし、だからといって仮想現実
で人間の本質がわかるわけではない。最終的に、顔をあわせて話し合って解決でき
ないことはない、と私は思う。嫌いだからできないこともある。しかし、好き嫌い
は両刃の剣であり、顔をあわせるという総合的なコミュニケーションからはすべて
の可能性が生まれる。
仮想現実では、なりすますこともできるし、突然姿を消すこともできる。しかし、
現実に人間は肉体を所有しているわけで、他の人間と顔をあわせて「つきあう」こ
とによって、生きて行くことができる。そのための「しんどさ」は、引き受けなけ
ればならないことなのだ。これから逃れることはできない。誰であれ。
楽をして生きていければいいな、と誰もが思う。どうしてこんなに働かなければな
らないのか、とも思う。しかし、本当に社会から引退してしまうと、あまりに寂し
い毎日しかなくなってしまう。多くの退職した人たちからそうした話を、わたしは
聞いてきた。サラリーマンであろうがなかろうが、誰もが社会の一員なのであり、
そこから逃れることは無意味であり人間としての死である。この無機質なシステム
に突破口を開け、本当に意味ある人生、幸福に出会える生のために、新しい「つき
あい」を創り出そう。
いつもわたしは仕事がなくなり楽になるとロクなことがない。で、いつも思うこと
は、ひとはいつも少しだけ勾配のある坂道を登っている方がよい、ということだ。
平坦な道や坂道ばかり歩いていると、いざ急勾配の坂道に来たときに、まったく登
ることができなくなってしまう。また、下りのあとには上りがあることは、山道を
一度登ってみれば誰しもすぐにわかることだ。
人の一生を、重い荷を背負って歩いて行くと表現したのは家康だが、そんなに重い
荷ではいやになってしまう。荷の重さは人によって違う。しかし、生まれてくると
きは、何も持っていないわけで、考え方次第で荷の重さも変わる。問題は、どんな
道をあるいていくかだ。
柔らかなものしか食べていないと、硬いものが食べれられなくなる。反対に、重い
荷に耐えてきた人は、少し軽くなっただけでとても荷が減ったように感じる。いつ
も坂道をあるいていこう、最近わたしはそう自分に言い聞かせている。
<春を待ちながら、次号へ
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■ 2005年2月20日(日曜)発行
□ 発行者:風のまがりかど mailto:meer@aug.email.ne.jp
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