晴れの日には雨が恋しくても、雨が降れば雨を嫌うように、つらい時を過ごすことは私たちにとって耐え難い。風が吹けば、少々なら好まれても、強いときには嫌われる。つらい時をやり過ごすためにはどうしよう?そんなことを考えながら、書いています。
- 最新号:2008-10-04
- 発行周期:隔週
- 読んでる人:14人
- 創刊日:2004-07-03
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風のまがりかど その
発行日: 2004/12/12〜= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
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風のまがりかど
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− その9 葡萄売りのはなし −
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その男は、郊外の駅前にバンを止めて、葡萄を売っていた。古い小さな駅舎から
出てすぐ横の道に、車と細長い台を並べて、台の上でぶどうを並べて売っていた。
秋のある一日だった。男は、どうみても40は越していて、あるいはもう50歳に
もなっていたかもしれない。つまり、風采の上がらない、サラリーマンというには
パリッとしない、またどこかうさん臭さのある男だったわけだ。
それにならったわけでは無かろうが、並んでいるブドウもあまりぱっとせず、なん
だかしぼみがちな、色つやも今ひとつの代物だった。あるいは、どこぞ得体の知れ
ないところから入手してきたものかもしれなかった。しかしまあ、男とその葡萄は
それなりにふさわしい雰囲気で、駅の前に陣取っていたわけだった。
暑かった夏もとうに過ぎ、すっかり空も高く、過ごしやすい毎日になっていた。
仕事を終えたサラリーマンが、列車がとまる度にかたまりになって降りてきた。み
な家路を急いでいた。サラリーマンたちの顔は幸せそうに見えた。彼らの家路の先
には、幸せな家庭が待っているようだった。
葡萄売りの男は、家路を急ぐ勤め人を待っていた。彼らが前を通り過ぎるたびに、
努めて明るい声で、声を掛けた。「おとうさん、おつとめごくろうさま。おうちで
待っているお子さんにどうですか。」「今日、産地から持ってきたブドウだよ、新
鮮さがいのちだからね。」
下を向いて急ぐ男たちの顔をうかがうようにしながら、軽い声を次々に掛けた。と
きに一人二人立ち止まる客があり、そのたびに大抵は1パック2パックが売れて
いった。パックに掛けられたフィルムが蛍光灯の光を受けてひかりながら、袋に
男の手で突っ込まれて、売れていった。
少しずつ時間が過ぎていった。7時、8時を過ぎると、郊外の駅はもうかなり降り
てくる客は少なかった。列車の本数も少なくなり、降りてくる客も少し足早になり
男の前を通り過ぎていった。もうそろそろ売るのも難しくなってきたかのように見
えたが、それでも男は口上を変え、手振りを交えて、巧みに客の心をつかみ、一つ
また一つと売りさばいていった。
9時を過ぎたくらいだったか、男の前の台の上にはぽつんと一つだけ、葡萄のパッ
クが残っていた。男は販売台を残して、片づけを始めた。慣れた手つきで手際よく
椅子やらラジオやらを横に止めたバンに片付けていった。そこに、ふと人影が立ち
止まった。若いサラリーマンだが落ち着いた感じだった。それに気付くと、葡萄売
りの男はすかさず声を掛けた。「お仕事おつかれさまでした、どうですか、お一つ
葡萄などは」客の顔をうかがうと、視線は残った葡萄に落ちてすぐにも手が伸びそ
うだった。「お家ではお子さんがお待ちですか。」「うん」若い男は幸せそうな微
笑みを浮かべて言った。スーツの襟がきれいな曲線を描いて蛍光灯に映えていた。
葡萄売りの男は、販売台の端をつかんで身を少し乗り出して言った。「お客さんは
ついてるね、最後の一つなんだよ。もう片付けようと思っていたところだ。」若い
勤め人はもう財布を取り出していた。葡萄売りの男はパックを手に取り、白いビニ
ール袋に入れようとした。そこで、ふと手を止めて若い男に向いて言った。
「ちょっとこれ痛んでるね。」
若い男は少し怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに思い直したかのように言った、
「かまわないよ、それをもらうよ。」葡萄売りの男は口に笑いをすっと浮かべ、
「すまないね、」といったが、すっと顔を台の下に落として、そこからひとパック
の葡萄を取り出した。「実はこれ、俺がうちに持って帰ろうとしたやつだけれど、
あんたに売るよ、いやいいんだ」。
若い男はひとことふたこと礼を言いながら、金を引き替えにそれを受け取った。葡
萄売りは顔に笑みを絶やさず、それに応えて返事をしながら金を受け取っていた。
客は満足げにそこから立ち去り、葡萄売りはすべてを売り切って口笛でも吹きそう
に軽快な様子で、販売台をバンに突っ込んだ。
乗ってきたバンにすべてを載せてしまうと、葡萄売りは疲れた様子で運転席に乗り
込み、エンジンをかけた。その横の助手席にはその日の売上金と自分の家族用にと
残した最後の葡萄が乗っていた。
<寒さに顔をしかめながら次回へ
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■ 2004年12月12日(日曜)発行
□ 発行者:風のまがりかど mailto:meer@aug.email.ne.jp
■ バックナンバー http://www.asahi-net.or.jp/~fv2y-mrs/magarikado.htm
□ マガジンID 『まぐまぐ』:0000135635 & melma!:m00118412
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