風のまがりかど |
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
〜= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
____________________________________________________________________
〜*’
風のまがりかど
その6.
__________________________________
♪新潟の人々にエールを・・・
− その6 市井の人々 −
---------------------------------------------------------------------------
昔、サラリーマンをしていたころ、私の目の前には数字があった。スチールの机の
上に、それはいつも何十トンもの重みを持って乗っていた。営業活動に出かけると
きは、いつもそれを背中にしょって出かけたものだった。まあ、月初は軽い。軽い
気がしている。しかし、月末になると、達成できるかどうかの瀬戸際になってくる
と、それは重みを増し、耐え難い重量となって私の肩に食い込み、腰にずしりとこ
たえてくるのだった。
こうなってくると、目の前にはもう数字しか見えない。そして、その達成が不可能
になったときの課長や部長の顔がちらつく。これは、もう視野狭窄、いや冗談でな
く、ほんとうに精神的視野狭窄に陥る。それ以外には見えなくなり、たとえ法に反
しようともなんとかして数字を達成しよう、という気になってくる。こうして数字
に追われている人は、今も沢山いらっしゃることだと思う。どこかの人材派遣会社
のCFではないけれど、背中に何人もの人を背負ってデスクに向かう、あれを見て
多くの人が思わず笑ってしまうのは、それが日本の会社の象徴的な一面だからだと
思う。
そうやって無理矢理こしらえた数字が、翌年、また自分に襲いかかる。なんであん
なことしたかな、なんてぼやきながら、またもや自分を追い込む。ところで、孔子
の礼記という書の中に「苛政は虎よりも猛し」という一説がある。これは、あると
き孔子が地方を歩いていると、虎の出没するところに住んでいる親子に出会う。ど
うしてこんなところに住んでいるのかと問われて、以前に住んでいたところは税金
のとりたてがとても厳しく暮らしていけない。それで、恐ろしくてもここに住むし
かない、と答える。
それを聞いた孔子のことばが、前に引いたものだ。悪政で人々を苦しめる政治は虎
よりも恐ろしい。命を取られそうになっても、それよりもひどい政治があることを
孔子は嘆く。少し意味は違うが、一旦会社に入ると特に営業職はこういう状態に近
い境涯に陥る。虎より恐ろしい売り上げという数字に追われればなんでもしようと
いう気になってしまうのだ。会社というところは利益を上げなければ運営できない
ようになっている。もうけるための運命共同体、会社を私はそう定義する。
長い間、仕事による視野狭窄が続くと、だんだん世間の常識からかけ離れてくる。
パン屋のおじさんや花屋のおばちゃんと話が合わなくなる。そうなると、注意信号
だ。自分が正しい、とこちらは思っている。年収何百万もらって、必死に働いてい
る自分が間違っているわけはない、と信じている。しかし、それがたまに誤ってい
ることがあるわけだ。
タイトルにした「市井の人々」というのは、例えばそういったパン屋のおじさんや
花屋のおばちゃんのことだ。こういう自分からは会う人を決められない自営業の人
たちの感覚は、多くの場合正しい。それは、人間のスタンダードなものなのだ。さ
まざまな人たちと出会って、彼らは世間を知っている。営業がいくら飛び込んでも、
それはある目的にかなった人々であり、水平的な視線は得られない。ましてや、歩
合という利害の色付き眼鏡をはめれば、見えるものも見えなくなるだろう。
自分がサラリーマンをしていたときに、このバランス感覚を保つために、酒を一人
で飲みに行く場所がいくつかあった。そういうところで、別の業界やまったく違う
職種の人間と出会い、はなしをした。それで、自分の立っている場所を確認したの
だった。会社の人間ともよく飲みに行ったりはしたが、結局仕事を引きずっている
ことに代わりはない。それでは、バランスを確かめられないのだ。
組織から出て、あれこれ仕事をしていると、世間の人たちがよく見えるようになる。
そして思うのだけれども、やはり視野狭窄になるまでのこの今の日本の状況は間
違っている。それが、3万人にも及ぶ自殺者の一因となっていることは確かだと私
は感じている。その根本にあるのは、「金がすべて」という考え方であり、そのた
めには手段を選ばない、というやり方だ。しあわせはお金が生み出す、という有史
以来否定されてきた考えを、モノがあればしあわせだ、という新しい衣を着せて信
奉させているだけだ。
毎日、朝から晩まで汗を流して体を使って働く。これは、実は人間のからだと心に
一番いいのではないか、そうやって有史以来わたしたちはずっとやってきたのでは
ないか。それを、戦後60年近くたって身の回りにモノをあふれさせ、それをしあ
わせと思いこむようになったのは、なぜか。
それは、みんな貧しかったからだ。戦争で国土が焦土と化して何もなくなり、そこ
から日本人は苦労して生活を楽にしようとしてきたわけだ。しかし、今ふと立ち止
まって周りをみてみよう。自分のまわりにモノはある。しかし親しい人はいるか、
大切な人はいるか、かけがえのない人は横にいるのか。この問に「はい」と言える
人はきっととてもしあわせな人だと思う。おそらく大部分の日本人は言えない、と
わたしは思っている。
出世や名誉や、大金をつかむことがほんとうに必要なことか。わたしは問いたい。
あふれかえるモノで、淋しさをごまかして、ただしあわせだと自分を思いこませて
いるだけではないだろうか。アメリカの短編作家でオー・ヘンリーという人をみな
さんご存じだと思う。彼の短編で「賢者の贈り物」という作品がある。この中で、
主人公の若い夫婦はそれぞれに自分の大切な物を売り払ってクリスマスの贈り物を
買うのだが、それはそれぞれがその大切な物のために使う物なのだ。
妻のとてもすてきな長い髪に似合う櫛を夫は買うが、妻は夫への贈り物のために、
その髪を切って売っていた、という具合だ。彼らは愚かな夫婦だろうか。否、彼
らの贈り物こそ、あの東方の3賢人がキリストのために持ってきた贈り物に匹敵す
るのだと作者は結ぶ。日本で言えば、人情というのだろうか、こういう話が私は好
きだ。
今の日本は人情さえ廃(すた)れ、もはや非人情の国になりつつある。こんな国には
私は住みたくはない。しかし、ありがたいことに(!)この国は一千兆円に近い借金
を抱えている。ほどなくして重税の国になるのは間違いなく、そうすれば人々は必
ずや貧しい生活に耐えることを余儀なくされるであろう。そのときこそ!人情は復
活し、助け合わねばやっていけない国に戻ることだろうと予想する。つまり、先行
きは実に明るく、自殺どころではなく、これはまことに慶賀に堪えない。
みなさん、くさることはない。明るく、上を向いて歩きましょう。前途は明るいの
です。こうしてまた、市井の人々が町にはあふれ、なごやかで気持ちのよい暮らし
がよみがえってくるのです。人と人のきずなが確かめられるのです。やめたい人は
会社をやめ、生きていけるだけの収入を稼げれば十分です。先のことなど誰だって
わかりゃしません。そうすれば、となりの畳屋のおっさんがいかにすごいテクニ
シャンかってことがよーくわかったりします。
ブラボー!2005年はもうそこまで来ています。ボーナスで何を買おうか、なん
てことではなく、どれだけ楽しく人と語らえるクリスマスやお正月を過ごせるか、
それを考えましょう。友達なんてどこにでもできます。日本はさいわい狭いのです。
健康第一、とりあえず体を動かす。いや、競馬場でタバコをふかしていても大丈夫
です。あなたはあなたで、誰でもない。そう、私は私でそれ以外の誰でもない。
寒くなってきました。とりあえず、越冬できるだけの毛布とジャンパーを確保して
ください。食べ物がなければ、誰かにくれといいましょう。人間、必要な物なんて
ほとんどないのです。さあ、今日は日曜、どこへ行きましょうか。
<ラララと次回へ
== == == * == == == == == * == == == == == * == == == =
■ 2004年10月31日(日曜)発行
□ 発行者:まがりかど人 mailto:meer@aug.email.ne.jp
■ バックナンバー http://www.asahi-net.or.jp/~fv2y-mrs/magarikado.htm
□ マガジンID 『まぐまぐ』:0000135635 & melma!:m00118412
= + = + = + = + = + = + = + = + = + = + = + = + = + = + = + = + = + =
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
