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JOG-mel No.553 国語の品格

発行日: 2008/6/22

■■ Japan On the Globe(553)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

                  国柄探訪: 国語の品格
    
                       品格ある国語は、品格ある国民を作る。
                      
■転送歓迎■ H20.06.22 ■ 38,215 Copies ■ 2,875,402 Views■
  無料購読申込・取消: http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/

    --------------------------------------------------------
     弊誌をあなたの主催または参加しているホームページ、ブロ
    グ、メーリング・リスト、メール・マガジンにご紹介ください。
    転載も大歓迎です。ご紹介先のアドレスを記載して、本メール
    への返信でお知らせ下さい。薄謝として、本誌総集編(電子ブッ
    ク版、¥800)を差し上げます。
    --------------------------------------------------------
    
■1.吾々の護るべき第一の文化財は、日本語そのもの■

     武田鉄矢作詞の海援隊ヒット曲『贈る言葉』を好きな読者は
    多いだろう。次のような歌詞で始まる。

        暮れなずむ町の 光と影の中
        去りゆくあなたへ 贈る言葉

    「暮れなずむ」の「なずむ」とは、「すんなりと進まない」
    「滞る」という意味であり、したがって「暮れなずむ」は「暮
    れそうで暮れない」という意味となる。そんな夕暮れと同様、
    「去りゆくあなた」も、去り難い気持ちを抱いているのだろう。

     我が祖先は「日が暮れる」という単純な現象を濃やかに観察
    して、初めは「暮れそめる」が「暮れなずむ」となって、徐々
    に「暮れ行き」、やがて「暮れ果てる」と表現した。

    「近年、文化財の保護ということが重視されているが、吾々の
    護るべき第一の文化財は、日本語そのものでなければならぬ筈
    と思う」とは、慶應義塾塾長にして今上陛下の皇太子時代の教
    育掛であった小泉信三の言葉である。

    「日本語が文化財」というのは、「暮れなずむ」という言葉を
    知り、共感できれば、そこから時の移りゆく様を惜しむ先人の
    感じ方、生き様、すなわち文化を受け継ぐことができるからで
    ある。

    「日本語を護る」といっても、大仰に考える必要はない。我々
    が「暮れなずむ」という言葉に感ずる所があれば、その言葉の
    生命は我々の心の中で継承され、護られていると言える。

     そのようにして護りたい美しい言葉のいくつかを本号では紹
    介したい。

■2.あけぼの、あかつき、しののめ■

     清少納言の『枕草子』の冒頭の一節は、学校で学んだ人が多
    いだろう。

         春はあけぼの、やうやうしろくなりゆく、山ぎは少しあ
        かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

        (春はあけぼのがよい。だんだんあたりがしらんでゆき、
        山際の空が少し明るくなって、紫がかった雲が細くたなび
        いてるのがよい風情である)

    「あけぼの」の語源は不明だが、「あけ」は「開け」または
    「朱(あけ)」、「ぼの」は「ほのか」と同根だろう。太陽は
    まだ地平線に姿を現さないが、東の空がほのかに明るくなって、
    明け行く時を言う。

    「あけぼの」の前、薄暗い時間を「あかつき」、東の空が少し
    明るくなる時刻を「東雲(しののめ)」と言う。

    「あかつき」は、奈良時代の「あかとき(明時)」が平安時代
    に「あかつき」と転じたもの。かつては「宵」「夜中」に続い
    て、まだ暗い「未明」の頃を指した。男が女の家を訪れる通い
    婚の時代には、この頃に男が去っていくので、「あかつきの別
    れ」という表現もある。今は空が白み始める「明け方」を指す
    ようになった。転じて、物事が成就した時期を指すようにもな
    り、「試験に合格したあかつきには」などと使われる。

    「しののめ(東雲)」の語源は諸説あるが、山の端が細く白む
    のを「篠(小竹)の芽」の細さに喩えて言ったとする説などは
    視覚的で美しい。「あかつき」と同様に「しののめの別れ」と
    も言う。

     あかつき時を詠った名歌を一つ。

         ひむがしの野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれ
        ば月傾かたぶきぬ

        (東の野にあかつきの陽炎が射すのが見えて、振り返って
        見れば月が傾いていた)

     万葉集中の柿本人麻呂の絶唱である。地平線上に現れた「あ
    かつきの陽炎」を「炎(かぎろひ)」と呼び、その反対の西側に
    静かに沈んでいく白々とした月を対比している。

■3.月明かり、雪明かり、星明かり、花明かり、川あかり■

     昔は電灯などはなかったので、月、星、雪、花、川など、か
    すかな明かりに敏感だった。月の光を「月明かり」、または
    「月影」とも言う。

        をとめらは夏の祭りのゆかた着て月あかりする山の路ゆく

     平成19年歌会始のお題「月」に、常陸宮華子妃殿下が詠まれ
    た御歌である。

     同様に「雪明かり」「星明かり」「花明かり」「川あかり」
    などとも言う。特に「花明かり」は、桜が咲き乱れて、日が暮
    れても、なおそのあたりが明るく感じられる様を指す美しい言
    葉である。

        蜜蜂の暮れて戻るや花明かり(花臾)

    は、河東碧梧桐の選んだ句で、情景が目に浮かぶようだ。

■4.五月雨(さみだれ)■
    
     わが国土は雨が多いので、先人たちは、雨を細かく観察し、
    描写した。まずは言わずと知れた芭蕉の名句:

        五月雨(さみだれ)を集めて早し最上川

        (長く山野に降り続いた五月雨を集めて、速い勢いで流
        れて行く最上川であることよ)

     五月雨(さみだれ)は文字通り5月に降る雨のことだが、旧
    暦の5月は新暦の6月から7月にかけて。したがって梅雨時に
    降る長雨を指した。

     一説に、早苗(さなえ)を植える「早苗(さなえ)月」が
    「五月(さつき)」となり、その「早苗が乱れる雨」が「さみ
    だれ」となったという。水田に植えられた早苗が、梅雨時の長
    雨によって右に左に傾いている光景が思い浮かぶ。

■5.時雨(しぐれ)■

    「時雨(しぐれ)」は秋の終わりから、冬の初めにかけて降っ
    たり、止んだりする雨の事をいう。「しぐれ」は「過ぎる」に
    通じ、「通り過ぎていく雨」の意と言われる。

        九月(ながつき)のしぐれの雨に濡れとほり春日の山は色づ
        きにけり

    は、万葉集中の作者不詳の歌。紅葉で色づいた山が、しぐれ
    の雨に「濡れとほり」、ひときわ、しっとりとした様が浮かん
    でくる。

     旧暦の九月は新暦の10月から11月にかけての時期であり、
    「夜が長くなる月」なので「長月(ながつき)」と呼ばれた、
    というのが通説である。

     その他にも、季節に結びつけられた雨として、春雨(はるさ
    め)、夕立(ゆうだち) 、秋雨(あきさめ)などがある。

■6.霧雨、小糠雨、篠つく雨■

     この他にも雨の降りざまによって、様々な表現がある。夏目
    漱石は『草枕』の冒頭で雨の降り出す情景を次のように精密に
    描写している。

         四方(しほう)はただ雲の海かと怪しまれる中から、し
        としとと春の雨が降り出した。菜の花は疾(と)くに通り
        過して、今は山と山の間を行くのだが、雨の糸が濃(こま
        や)かでほとんど霧を欺(あざむ)くくらいだから、隔
        (へだ)たりはどれほどかわからぬ。・・・

         糠(ぬか)のように見えた粒は次第に太く長くなって、
        今は一筋(ひとすじ)ごとに風に捲(ま)かれる様(さま)
        までが目に入(い)る。

     霧雨は「雨の糸が濃(こま)やかでほとんど霧欺く位」の雨。
    霧雨よりもやや雨粒が大きくなると「小糠(こぬか)雨」と呼
    ぶ。「小糠」は米を精白する時に出る細かい粉のこと。

     さらに雨足が太くなると「篠つく雨」という。「篠」は「し
    ののめ」でも言及したが、群がって生える細い竹のこと。篠を
    付き降ろしたように、激しく降る雨を描写した表現である。

     その他にも、雨の降り方に従って、俄雨(にわかあめ) 、
    驟雨(しゅうう) 、豪雨(ごうう) などがある。

■7.山笑う、山滴(したた)る■

     山の景色も四季折々に表現された。「山笑う」は、山に花が
    咲き乱れ、新緑が芽吹き、明るく華やいでいる様子の表現であ
    る。俳句では春の季語に使われる。この場合の「笑う」とは、
    高笑いというよりは、朗らかな明るい笑顔を想像すべきだろう。

     もともとは、11世紀の北宋の山水画家、郭熙の『郭熙画譜』
    にある:

         春山淡治にして笑うが如く、夏山蒼翠として滴るが如く、
        秋山明浄にして粧ふが如く、冬山惨淡として眠るが如し

    から、俳句の季語として広まった表現とのこと。

        故郷やどちらを見ても山笑ふ

     は、正岡子規の句。故郷・松山を囲む山々が、春の陽光のも
    と、賑やかで活き活きとした緑で子規を迎えた様が偲ばれる。

     夏の山は「山滴(したた)る」、「緑滴る」の意である。

        山滴るそのしづかさにひとりゐる

    は、現代の俳人・大橋敦子氏の作。深い滴るような山中の緑の
    視覚的な賑わいと聴覚的な静寂とが、対照の妙をなす。

     秋の山は「山装(よそお)う」、紅葉で美しく装った様を言
    う。冬の山は「山眠る」で、白い雪に覆われて、眠り静まって
    いる。

     山を擬人化して捉える表現は、古来から、山も「生きとし生
    けるもの」の一つとして考えた日本人の感性には当然のもので
    あったろう。
    
■8.いざよう、たゆたう、たなびく■

     自然を細やかに観察し、和歌や俳句で表現してきた日本人は、
    その過程で美しい形容語を生み出してきた。その一つが「いざ
    よう」。

        もののふの八十宇治川(やそうじがわ)の網代木(あじろ
        ぎ)にいさよふ波の行方知らずも

        (宇治川に仕掛けられた網代木に寄せる流れは一時行く手
        を遮られて行方は分からないことだ)

     柿本人麻呂の歌である。「もののふ」は「物部氏」で、多く
    の氏があったことから「宇治、八十、八十宇治川」にかかる枕
    詞となった。「網代木」は「網代(川魚をとるしかけ)」を支
    える杭のこと。「いさよふ」は「ためらう、ぐずぐずしてはや
    く進まない」の意味。

     十六夜(いざよひ)も「いざよう」が語根で、月が十五夜の
    満月よりも、少し遅れてためらいがちに出てくることから、こ
    う呼ばれた。

    「たゆたう」は、ゆらゆらと水や空中をさまよう様子を表現す
    る。

        天の原吹きすさみける秋風に走る雲あればたゆたふ雲あり

     江戸時代中期の国学者・歌人、楫取魚彦(かとりなひこ)の
    歌である。

    「たなびく」は、雲や霞(かすみ)などが横に薄く長く引くよう
    な形で空にただよう様を表す。
    
        秋風にたなびく雲の絶えまよりもれ出づる月の影のさやけ
        さ

     新古今集に収められ、百人一首にも選ばれている藤原顕輔
    (ふじわらのあきすけ)の清涼感あふれる一首である。

■9.「日本語は日本人の精神的DNA」■

     明治期の近代化の過程で、標準語や仮名遣いの統一に尽力し
    た東京帝国大学国語研究室の初代主任教授・上田萬年(かずと
    し)は、こう言っている。

         言語はこれを話す人民に取りては、恰(あたか)も其血
        液が肉体上の同胞を示すが如く、・・・日本語は日本人の
        精神的血液なりといひつべし。[1,p177]

     現代なら「日本語は日本人の精神的DNA」と言う所だろう。
    本稿で紹介した歌や俳句が、あなたの心の中に響いてくるなら
    ば、それはあなたの生まれや人種を問わず、あなたが日本人の
    精神的DNAを継承している同胞の一人であることを示してい
    る。

     そして日本語の精神的DNAを継承して、「暮れなずむ」と
    いうような言葉に共感できる人は、夕暮れの一時をそれだけ豊
    かな気持ちで過ごすことができる。言葉は我々の心を豊かにす
    る糧でもあるのだ。

     この精神的DNAはここで紹介したように代々の日本人を通
    じて継承され、発展してきたものだ。本稿では8世紀初頭に活
    躍した柿本人麻呂の和歌を紹介したが、13百年前の日本人の
    和歌を現代の日本人がほとんどそのまま理解し、共感できると
    いうのは、驚くべき事なのである。

     こうした豊かな精神的DNAを受け継いだ幸福を、子孫に受
    け渡していく義務が我々にもあるのである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(240) 日本語が作る脳
    虫の音や雨音などを日本人は左脳で受けとめ、西洋人は右脳
   で聞く!? 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog240.html
b. JOG(514) 「ある」日本語と「する」英語
    なぜ日本人は「私はあなたを愛します」と言わないのか? 

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 倉島長正『日本人が忘れてはいけない美しい日本の言葉』★★、
   青春出版社、H17
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4413041119/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「加害者天国、被害者地獄」に寄せられたおたより

                                                 Yさんより
     秋葉原の痛ましい事件の恐怖覚めやらず、日本人はどうなっ
    てしまうのかと不安に思っていました。その不安要素のひとつ
    が、日本における、加害者の人権への配慮という事でした。多
    くの人が憤っている中、なぜか「格差社会が原因」などと、加
    害者擁護とも受け取れる論調が出てくるのです。

     以前、中国人妻が、自分の子の幼稚園の2人の友人を車内で
    殺害した、あの事件すら、その根底には日本人の外国人差別が
    あり、日本人の外国人いじめが頻繁に行われているのが原因の
    ように言う人もありました。(しかし、絶対にいえるのは、そ
    の被害者の子どもには、殺される理由はないということです)

     加害者天国とはよく言ったものだと思います。悲しみや怒り
    をあらわにしない事こそ美徳であるとしてきた、良識ある人間
    は、最愛の家族を殺されてすら、ほとんど、本心であろう「加
    害者をこの手で…」などとは言わず、じっと、「法による」裁
    きを望んでいるのに、良識からかけ離れた悪魔のような人間が、
    被害者が生きたかった時間を奪い、自分はのうのうと「法のも
    とで」保護されて生き続けるという矛盾。

     いくら法を逆手に取っても、被害者家族や、被害者さえ払っ
    ていくであろう税金で、加害者を庇護し、衣食住を満たし、福
    祉や教育を与える理由はありません。

     私はまだ結婚前ですが、いつか最愛の家族が出来たとき、も
    しその命を弄ばれ、奪われた挙句、加害者にこのような厚遇が
    与えられると想像しただけで、辛くなります。

     死刑反対派いわゆる人権派などという人々は、死刑のデメリッ
    トばかり叫びます。「復讐」や「見せしめ」はよくないなどと、
    日本人の「美徳」を逆手に取って訴えかけるわけですが、私は、
    見せしめの何が悪いのだ、と言いたいです。江戸時代には市中
    引き回し、磔となりました。冤罪が多かったかどうかはここで
    は論じませんが、それこそが「悪いことをしたらああなるのだ、
    自分はそうしないようにしよう」と思わせる、犯罪抑制効果と
    なるのです。

     人権派は、逆に死刑を無くすデメリットを決して論じません。
    刑期を終えた殺人犯や強姦魔(精神の殺人だと思います)が、再
    犯する可能性が非常に高いことを、意図的に伏せているのです。

     自分にどのような事が出来るのかわかりません。多くの人は、
    この事実に対し、本当に、目を背けることしか出来ないのです
    が、より多くの人に知ってもらうだけでも違うのかなと思いま
    す。ブログで紹介させていただきます、願いをこめて。

                                                 豊さんより
     近代法は被害者個人が自らの力で復讐したり原状回復したり
    する自力救済を禁じております。それは国家が個人に替って加
    害者に対して公正な処罰をすることを前提としており、現在の
    ように加害者の人権のみ声高に主張することはこの原理に反し
    ているのではないでしょうか。

     さらに言えば、人間の行動は理性や理論ではなく感情で動い
    ているのであり、その意味で復讐と言うことを余り軽視した法
    理論は人間と言うものが良く分かっていない頭でっかちの理論
    だと思います。

     復讐権を奪ったうえ、現在のように加害者優遇が過ぎるよう
    では法に対する市民の信頼は揺らぎ、ひいては国家の基盤をも
    蝕みかねません。
    
     弁護士は被疑者の権利を守る為には如何なる手段を講じても
    良いと言う考えがあるようですが、このような手段を問わず、
    殺人者を野放しにすることに積極的に加担している弁護士は自
    ら弁護士の社会的地位を下げていることを知るべきです。
    
■ 編集長・伊勢雅臣より

     豊さんの言われるように、加害者は被害者に罪の償いをする
    義務がある、という常識的な倫理感を、現代の司法制度が軽視
    している所に、問題があると思います。
    
     読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
    への返信として、お送り下さい。
     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
    http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jog/jog_res.htm

============================================================
Mail: nihon@mvh.biglobe.ne.jp または本メールへの返信で
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姉妹誌「国際派日本人のための情報ファイル」JOG Wing
             http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm
購読解除:   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/quit_jog.htm
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