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JOG-mel No.536 若者たちの職人道
発行日: 2008/2/24
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■1.ケーキを投げつけられて■
田端友未さん(埼玉県、20歳)が初めて仕上げを任されて
クリームを塗ったケーキをシェフに見せた。シェフはそれを友
未さんに投げつけ、「お前はこんな物を店に出すのか」と言っ
て背を向けた。
肩から腕からダラダラと溶けたクリームが流れた。友未さん
は殴られたようなショックを受け、泣くのをこらえながら店頭
に飛び出した。
私は絶望を感じて暗い表情をしているのに、ショーケー
スの中のケーキを眺めるお客様や子供達は皆笑っていた。
その時初めて分かった事があった。人は何か特別な気持ち
を持ってケーキを買いに来るのだ。人に笑顔や喜びを与え
る優しい力がケーキにはあるのだ。そして私は思った。私
は負けない。いつかあいつを追い越して立派なパティシエ
になってみせる。[1,p48]
田端さんは高校卒業後、ケーキ職人を志して、このケーキ店
に就職した。シェフはとても厳しく、バカヤローと怒鳴られな
い日はなかった。何かをする度に暴言を吐かれた。毎日泣きな
がら帰った。
そんな毎日が続いていた所、ある日突然、シェフが田端さん
にケーキの仕上げを任してくれたのだった。これまでシェフの
技術やアイデアから学んできた事を示すチャンスだと思って、
自信を持ってクリームを絞った結果が、これだった。
それからも厳しい修行が続いたが、その店は区画整理にあっ
て、廃業となった。別れ際にシェフは「残った者だけが本物に
なれるんだ」と言ってくれた。
新しく就職した店でも、田端さんは頑張っている。
私はとにかくシェフから信用を得たかった。だから細か
いことを疎かにせず、常にシェフの行動から目を離さなかっ
た。自信を持ちはじめた私は少しずつ成長していった。そ
してパティシエになるという夢は目標になっていった。
■2.「おいしーね」、その一言がとても嬉しくて■
清水敦さん(東京、38歳)は、高校生のときに寿司屋のア
ルバイトをした事が縁で、和食の世界に興味を持った。仕事は
はじめのうちは出前専門だったが、2、3カ月やっているうち
に、お客様に出す簡単な仕込みを教わった。
自分が仕込みをした魚を食べたお客さんから「おいしーね」
と言われる、その一言がとても嬉しかった。この経験が機縁と
なって、高校卒業後、料理界に入った。
料理の世界は奥が深い。追い回し(掃除、洗い物などの下働
き)から始まって、魚・野菜の下ごしらえ、それができたら、
サラダ、おしんこ、小魚のおろし。野菜の切り方も種類によっ
て異なる。これらができるようになるまで2年から3年かかる。
その後でようやく「焼き場」を担当させて貰えるようになる。
魚を焼くにも、野菜を焼くにも、一つひとつが違う。魚でも種
類や大きさによって、火加減を調整しなければならない。さら
に春夏秋冬、旬のものが2か月おきに変わる。2年ではとても
覚えられない。
次は天ぷらなどの「揚場」、それができると煮物をつくる
「煮方」。
レシピなどない、自分の舌がすべて。調理の世界は煮方
で職人と、よくオヤジはいう、わかる気がする。・・・
その日の材料の生の味から味付けしていく、ジャガイモ
を煮るのに毎日味の調味料が違う。でもそこがプロの調理
人だ。毎日平均同じ味に味付けする、とても不思議だ。
[1,p77]
■3.「調理人は一生勉強していく世界だ」■
清水さんは調理人の道を歩み始めて20年になる。職人と言
われる煮方になるまでに約10年かかり、その後、煮方で10
年過ぎた。
親方に完璧にほめられたことはいまだない。昼休みにコ
ーヒーやジュースを飲んでも「味が分からなくなるだろ」
とどなるオヤジ。とても厳しいしすごくこわい。でもそん
なオヤジの弟子で誇りに思うし、感謝している。
バブル後、大手会社の接待などに使われていた高級料亭がか
なりつぶれた。安くておいしい店がうけている。
その流れに合わせ、なおかつ伝統の日本料理を守ってい
くオヤジの弟子で本当に感謝している。そのオヤジの口癖
は「調理人は一生勉強していく世界だ」とよく言う。その
言葉の意味がわからなければ職人として見てもらえないだ
ろう。
それにお客様に対し「真心」「愛情」「感謝」の気持ち
を持っていれば、料理の技術が進んでいても、決して手抜
きはせず手作りの料理だと、それがお客様に返す真心だと
思う。
そんな頑固オヤジは今の時代どれだけ残っているのか?
私もそんな頑固オヤジの一人になるのはいつの日だろう。
[1,p78]
■4.「バケツの重みが分かった時、お前も一人前だぞ」■
大塚博之さん(東京、25歳)は父親が左官業を営んでおり、
小さい頃から父親が壁塗りをする仕事ぶりを見ていたので、い
つか父親を超える職人になろうと思っていた。
中学を卒業すると、電車で30分くらいの所にある別の左官
業の会社に就職した。父親の元ではどうしても甘えがでると思っ
たからだ。毎朝、5時前の電車に乗り、会社に着いたら倉庫を
開け、掃除をし、先輩の職人達が職場に現れたらお茶を入れる。
先輩の職人達が仕事を始めると、バケツでセメントを運ぶこ
とだけが、大塚さんの日中の仕事だった。中学を出たばかりで、
まだ体も出来ていなかった大塚さんには、25キロものバケツ
を一日数十杯も運ぶことは大変だった。その重みが辛くて、逃
げ出したかった時もあった。
親方からは「その重みが分かった時、お前も一人前だぞ」と
言われたが、15歳だった大塚さんには、全く意味が分からな
かった。
壁塗りの練習は、毎日昼休みに30分ほどさせてくれた。親
方は「お金も大事だけど、自分達は物を作る仕事だよ、心をこ
めて初めて物と呼べるんだ」と、繰り返し大塚さんに言い聞か
せた。
■5.「その重みがあるから今の自分がいます」■
弟子入りして3カ月目を迎えたある日、親方からこう言われ
た。「今日一日かかってもいいから、自分の力で壁を仕上げて
みなさい」
大塚さんが「無理ですよ」と言ったら、思いっきりひっぱた
かれた。「やる前から無理だったら、もう帰れ! そんなんじゃ
いつまでもバケツ運びだぞ! 職人が自信を持っていなければ
仕事はいつまでもできないぞ! くやしかったら結果を出せ」
その言葉に大塚さんはやる気を出した。
夜遅くなっても親方は最後まで見守っていてくれました。
でき上がった時の喜びは、今でも忘れません。仕上がりを
見て親方に「やればできるだろう、その自信を忘れずに、
これからはたくさん壁を塗れ」と言われました。[1,p11]
仕事を覚えはじめの頃は、先輩の塗り方が違うのにとまどっ
た。最終的に仕上がりは同じでも、皆仕事の進め方が違うので
ある。結局、大塚さんも自分に一番あったやり方を見つける事
ができた。
月日がたち、やがて大塚さんは、一つの現場を任されて、材
料の搬入から、職人の段取りまで、親方の代わりにやれるよう
になった。その時、親方は一人前になったと認めてくれた。
親方に「覚えているか? お前がバケツが重たいと言っ
てた頃に、俺が言った意味が今なら分かるか?」と聞かれ
ました。私は、自信を持って言いました。「その重みがあ
るから今の自分がいます。自分にも弟子ができた時、その
辛さが分かります。その重みがあるから一生懸命仕事を覚
えることができました。今までありがとうございました」
と言いました。[1,p13]
この道に入って11年。大塚さんは今は京都の寺院に残る伝
統的な左官の技術に興味を抱いている。「いつまでたっても職
人は、修業の毎日だと思います」と大塚さんは言う。
■6.「人の心に何かを響かせるようなものを彫りたい」■
山形県で生まれ、埼玉県の会社に就職した佐藤努さん(29
歳)は、何かを作る仕事をしたい、と思いつつ、それが見つか
らないまま、会社勤めも6年目に入っていた。しかし、休みの
日に鎌倉を訪れた時、転機が訪れた。
山道にひっそりと佇(たたず)む野仏を見つけて、その
やさしい顔に心を奪われた。そうだ、自分もこんな仏像を
彫りたい。人の心に何かを響かせるようなものを彫りたい。
その野仏は石のようなものでできていたが、なぜか私はこ
の時、自分は木に彫ってつくりたいと思った。木彫師にな
ろう。仏や地蔵を彫る仕事がしたい。[1,p101]
木彫師の弟子入りをさせてくれる所を探していた所、ある雑
誌に、浅草の江戸伝統木彫りが紹介されていた。これは、と思っ
て、早速行ってみると、すでに同様な希望者が何人も来ていた。
師匠は海坊主のような風貌の人で、いかにも下町の職人
という感じの恐そうな人だった。訪ねて行った私と少しだ
け話をし、採用するともしないとも言わず、ただ「見学な
ら勝手に来い」とだけ言われた。それでもこれしかないと
思った私は、次の日から弁当を持って毎日そこに通った。
最初は見学、そして雑用、そのうち木片を与えられ言われ
たものを彫って見せたりした。[1,p102]
1ヶ月半が過ぎて、ようやく弟子入りが認められたが、40
人近く来た中で残ったのは、二人だけだった。
怒鳴られることは当たり前、彫刻刀の柄で殴られること
も日常茶飯事だった。何度、師匠から「やめちまえ」と言
われたか分からない。
■7.「自分は今、夢の途上にいる」■
そんな日が5年も続いて、ようやく、招き猫や七福神といっ
た小物から、ついに社寺彫刻までやらせて貰えるようになった。
宮大工の手によって、自分が彫刻したものが神社に組み
付けられるのを見た時、何とも言えない熱いものが胸に込
み上げてきた。今まで社寺彫刻は工務店に納めるだけで、
実際に組み付けた状態を目にすることはなかった。しかし
今回はじめて師匠の心遣いで、長野県のあずみ野まで職人
たちと見に来たのだった。会社員をやめて江戸彫刻師に弟
子入りしてから5年、やっとここまできた・・・そんな思
いでいつまでも見上げていた。[1,p100]
「そろそろ引き上げるぞ。」 この5年間の様々な出来事
を思い返していると師匠に肩を叩かれた。
職人の世界で5年目といったら、まだほんのひょっこだ。
人の心を響かせる作品を彫れる日はまだまだ遠い。「よしっ、
これからもっともっと頑張るぞ」。自分は今、夢の途上に
いる。今にも雪を降らせそうなあずみ野の冷たい空気が、
高揚した頬に気持ち良かった。[1,p104]
■8.「職人」と「労働者」の違い■
以上、職人への道を歩む4人の若者たちの姿を追ってみた。
『職人学』『職人力』などの著書で、職人の生きざまを小説や
ノンフィクションで描いている小関智弘氏は、「職人とは、も
のを作る手だてを考え、道具を工夫する人のことである」と述
べている。そして、「与えられる仕事を、教えられたとおりに
すればよいなら、それは単なる労働者にすぎない」と言う。
確かに、ここに登場する若者たちは、それぞれの仕事の手だ
てを一生懸命に工夫している。マニュアルを与えられて、ロボッ
トのようにそれをこなしていれば給料を貰える「労働者」では
ない。
さらに、ここで紹介した若者たちの生き方を見ていて気がつ
くのは、職人とはもう二つの点で、労働者とは異なるという事
である。
第一は親方の存在である。若者達は親方に怒鳴りつけられた
り、励まされたりしながら、職人の道へと導かれていく。
第二は客の存在である。職人たちは心を込めて作った物やサ
ービスを、直接、客に提供する。それによって客が喜んでくれ
る事が、何よりの励みとなる。
親方や客とのつながりの中で、職人たちは自分の腕を磨いて
いく。人生の意味も幸福も、人とのつながりの中でしか存在し
ない。仕事の修行すなわち人生修行と考える日本の職人道の伝
統は、まことに奥行きの深い人生哲学である。[a,b,c]
■9.様々な職場で心を込めて仕事をする「職人」が増えていけば■
職人というと、ここで紹介したような調理師や彫刻師といっ
た手仕事の分野のみを想像しがちだが、「自分で工夫する」
「師匠を持つ」「顧客の喜びを追求する」という点から考えれ
ば、コンビニでのアルバイトでも「労働者」と「職人」がいる
はずだ。
コンビニで指示された通りに働いている人間は「労働者」だ
が、商品をどう陳列したらよく売れるのか、お客さんにどんな
対応をしたら喜んで貰えるのか、と工夫しながら仕事をしてい
る人は「職人」なのである。同じ事は、サラリーマンや教員、
公務員の世界でも言える。
様々な職場で心を込めて仕事をする「職人」が増えていけば、
一人ひとりは幸福な国民となり、その仕事を通じて国家は栄え
るであろう。
(文責:伊勢雅臣)
■リンク■
a. JOG(274) 日本の技術の底力
幕末の日本を訪れたペリー一行は、日本が工業大国になる日
は近いと予言した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog274.html
b. JOG(294) ニッポンの明日を開く町工場
誰もやらない仕事に取り組んでいるうちに、誰にもできない
技術を開発した金型プレス職人。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog294.html
c. JOG(321) 100万分の1グラムの歯車
世界一の超極小部品を作る職人技が日本企業の明日を示す。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog321.html
■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
→アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 小関智弘(選)『手仕事を見つけたぼくら』★★★、小学館文庫、
H13
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094034226/japanontheg01-22%22
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「中国人の外交術」に寄せられたおたより
「はな☆」さんより
中国人の交渉術ーあのキッシンジャー氏ですら翻弄された中
国人の手練には驚きです。
最近南京市を訪問しましたが、新装オープンしたばかりの侵
華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館は日本軍がいかにえげつない
行為をしたかという事をエキセントリックに取り上げています。
例えば「日本人将校2人が日本刀で100人斬り競争をした」と
いう当時の日本の新聞記事を大きく引き延ばして事実として扱っ
ています。
展示物の多くが日本側から提供された資料でした。犠牲者30
万人という数字も疑問が多く残るものですがこの記念館では事
実として扱われています。
見事なまでのプロバガンダです。
負の遺産として世界遺産に登録したいというもくろみだけは
阻止しなければならないと思います。
■ 編集長・伊勢雅臣より
意図的なプロパガンダを流すことも、外交術の一つですね。
読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
への返信として、お送り下さい。
掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jog/jog_res.htm
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- 花岡信昭メールマガジン
- 政治ジャーナリスト・花岡信昭が独自の視点で激動の政治を分析・考察します。ときにあちこち飛びます。
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