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◇◆◇ 大和文華館所蔵「特別展 崇高なる山水!」 ◇◆◇
−中国・朝鮮、李郭系山水画の系譜−
http://www.kintetsu.jp/kouhou/yamato/index.html
約千年前、華北の雄大な自然に根ざした新しい山水表現が生まれました。
本展では李成「喬松平遠図」(澄懐堂美術館)をはじめ、清代にいたるまでの
中国山水の名品と、特にその影響を強く受けた朝鮮山水を展示いたします
(期間中展示替えがあります)。
東アジア山水の主流であった李郭派山水、日本初の展観です。
日 時 : 10月11日(土)〜11月16日(日)月曜休館
10:00〜17:00(入館は16:00まで)
場 所 : 大和文華館(奈良市学園南1-11-6)
交 通 : 近鉄奈良線学園前駅南口から徒歩7分
費 用 : 大人 900円、小中学生 450円
問合せ : TEL 0742-45-0544
◆ イベント情報、HP・サークルの紹介など
みなさんからの書きこみお待ちしております。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~n-emiko/keijiban.htm
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天智八年(669)十月十六日
藤原鎌足薨ず。
中臣鎌足(なかとみのかまたり)はこの月淡海(おうみ)の邸で病に陥り、
次第に重病となっていった。天智天皇は十月十日、自ら見舞って平癒を祈った
が効果がなく、翌日には望むところがあればかなえよう、という詔を下された。
しかし鎌足は生きていても国のお役には立たなかったのに、死んでから労役で
人々を苦しめたくはない、としてただ薄葬をのみ願い、床に伏してそれ以上何
も言わなかった。天智は近江宮に還幸されたが、更に十五日には皇太弟大海人
皇子(おおあまのみこ、後の天武天皇)を遣わし「前代のことを思うに、代々
執政の臣は一人二人ではない。にもかかわらずその誰もがあなたには比べるに
足りない。朕だけがあなたを大切に思うだけではない、後々の天皇も確かにあ
なたの子孫を大切にするだろう。忘れることなく遺(のこ)すことなく、広く
厚く酬(むく)い答えよう。この頃病が重いと聞いて朕は心を痛めている。あ
なたを適切な官職に任じよう」という詔と共に最高位である大織冠(だいしょ
くかん)の位と内大臣の官を与え、また藤原の姓を賜った。しかし、病は癒え
ず、この日ついに亡くなった。享年五十六歳。翌年閏九月六日、山階舎(やま
しなのてら、興福寺の前身)で火葬された。
天智天皇を裏で支え、また大海人皇子が酒宴の席で天智の不興を買い緊迫し
た時も彼の取りなしでことなきを得るなど、二人の間の緩衝剤ともなっていた
彼の死により、壬申の乱を止めることは出来なくなったと言える。壬申の乱の
時、東国へ決死の脱出行の途中、大海人皇子はもしまだ鎌足が生きていればこ
んな苦しみにあわずに済んだものを、と述懐したというのも頷ける。
(藤氏家伝、日本書紀)
★ この欄は狸さん(oodanuki@yahoo.co.jp)の投稿によるものです
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