日刊 なら情報!! |
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
◇◆◇ 薬師寺玄奘三蔵院「大唐西域壁画!」 ◇◆◇
http://www.nara-yakushiji.com/
玄奘三蔵院伽藍 大唐西域壁画の秋季一般公開
日本画壇の重鎮、平山郁夫画伯が30年の歳月をかけて完成された大唐西域壁画!
日 時 : 9月16日(火)〜11月25日(火)
8:30〜17:00(入山は16:30まで)
場 所 : 薬師寺(奈良市西ノ京町)
費 用 : 本伽藍・玄奘三蔵院伽藍共通券
大人800円、中・高生700円、小人300円
交 通 : 近鉄橿原線普通電車で西ノ京駅下車、東へ徒歩2分
問合せ : 薬師寺
TEL 0742-33-6001
◆ イベント情報、HP・サークルの紹介など
みなさんからの書きこみお待ちしております。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~n-emiko/keijiban.htm
┏━━▼━▼━▼━━━━━━━━━━━━━━━━━━━☆━☆━☆━━━┓
o○───────────────────────────────○o
★ ◇◆◇ <なら・今日の歴史> ◇◆◇ ★
o○───────────────────────────────○o
┗━━☆━☆━☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━▲━▲━▲━━━┛
大化元年(645)九月十二日
密告により古人大兄皇子の反乱鎮圧。
古人大兄皇子(ふるひとのおおえのみこ)はもともと蘇我蝦夷(そがのえみ
し)たちによって次期天皇として擁立されようとしていたらしい。しかし、皇
極四年(大化元年)六月十二日の乙巳(いっし)の変で蘇我蝦夷・入鹿(いる
か)が滅亡したことは彼の運命を急転させた。事件の時、私邸に逃げ込み、堅
く門を閉ざした古人大兄はその後軽皇子(かるのみこ、後の孝徳天皇)に即位
を打診された時に固辞、飛鳥寺で出家して吉野に引退された。なお、後に天智
天皇の譲位の打診を辞退し、吉野に引退した大海人皇子(おおあまのみこ、後
の天武天皇)の行動はこの時の古人大兄にならったものであろう。
しかし、その後古人大兄は九月三日には蘇我田口川堀(そがのたぐちのかわ
ほり)・物部朴井椎子(もののべのえのいのしい)・吉備笠垂(きびのかさの
しだる)・朴市秦田来津(えちのはだのたくつ)らと謀反の謀議を巡らせたと
いう。この日になってこのうち吉備笠垂が謀反の計画を中大兄皇子に密告、中
大兄は菟田朴室古(うだのえのむろのふる)・高麗宮知(こまのみやしり)ら
に兵を率いさせて古人大兄を討ったという。なお日本書紀はこのほか十一月三
十日に中大兄が阿倍渠曾倍(あへのこそへ)・佐伯部子麻呂(さえきべのこま
ろ)らに討たせたという異伝も残している。
古人大兄は蘇我氏が擁立しようとした経緯から、大化改新政権にとっては非
常に危険な存在であった。実際に謀反の計画があったかどうかよりともかく討
伐の理由が欲しかったのであろう。なお、古人大兄や中大兄の「大兄」は皇太
子制確立以前の皇位継承候補者の称号と見られる。
(日本書紀)
★ この欄は狸さん(oodanuki@yahoo.co.jp)の投稿によるものです
http://www2s.biglobe.ne.jp/~n-emiko/cgi-bin/sun-bbs/
◆==================================================================◆
◇◆◇ このメルマガの発行・配信申込・解除は ◇◆◇
◆『まぐまぐ』さん( http://www.mag2.com/ )
http://rap.tegami.com/mag2/m/0000030043.htm
◆『 melma!(メルマ)』さん(http://www.melma.com/ )
http://www.melma.com/mag/95/m00011395/index_bn.html
◆『カプライト』さん(http://kapu.cplaza.ne.jp/ )
http://cgi.kapu.biglobe.ne.jp/m/1507.html
◆==================================================================◆
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
