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◇◆◇ 「2008・バサラ祭り!」 ◇◆◇
― 踊る・なら・そらっ! ―
http://www.basaramatsuri.com/
「バサラ祭り」は、鎌倉、室町時代に流行した「婆娑羅」のパワーと
エネルギーを現代によみがえらせる古都・奈良の新しい夏祭りです。
若者たちの熱気と情熱、古都の粋と賑わいが、先行き不透明な時代に、
活気と元気を届ける「バサラ祭り」。地元の人々はもちろん、夏の
奈良を訪れる観光客を強く惹きつける祭りとして注目を集め、マスコミ
でもより大きく取り上げられています。
目指すのは、「奈良の夏が変わる。そして、奈良の夏が時代を変える!」
日 時 : 8月30日(土)〜31日(日)
場 所 : 8月30日(土)
奈良公園(県庁前)、小西さくら通り、上三条通り、餅飯殿商店街
8月31日(日)
西大寺南側、奈良公園(県庁前)、下三条通り、上三条通り
問合せ : TEL 0742-27-6700
◆ イベント情報、HP・サークルの紹介など
みなさんからの書きこみお待ちしております。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~n-emiko/keijiban.htm
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★ ◇◆◇ <なら・今日の歴史> ◇◆◇ ★
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天平十二年(740)八月二十九日
藤原広嗣上表し玄ぼう・吉備真備らの排除を求む。
藤原不比等(ふじわらのふひと)の没後も藤原氏はその四人の子、武智麻呂
(むちまろ)・房前(ふささき)・宇合(うまかい)・麻呂の四人がその権力
を受け継ぎ、依然として隆盛を極めていた。しかし、九州に上陸した天然痘が
天平九年に平城京を襲ったとき、この四兄弟は相次いで病に倒れ、帰らぬ人と
なった。伝染病への知識がなかった当時、病気の肉親を見舞った兄弟愛が招い
た悲劇であった。そしてこのために藤原氏の勢力は大きく後退し、代わって唐
に留学して新しい知識を得て来た吉備真備(きびのまきび)や僧玄●(げんぼ
う、●は「日」偏に「方」)などが重用されるに至った。
これを不満に思っていたのが宇合の嫡子、藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)
であった。もともと粗暴であった彼は天平十年十二月、藤原一族の者に誹謗中
傷を加えた、ということで大養徳守(やまとのかみ)から格下の大宰少弐(だ
ざいのしょうに、大宰府の第二次官)に左遷され、九州にあった。が、当時大
宰府は帥(そち、長官)が空席、大弐(だいに、第一次官)は平城京にいたた
め彼が長官の職を代行していた。そのため大宰府の兵を彼の一存で動員するこ
とが出来た。そのことに気づいた彼は短絡的な行動を起こしてしまう。即ち、
この日政府に上表文を提出して時の政治を批判、吉備真備と玄●の排除を求め、
そのために大宰府管内の兵を動員するに至る。藤原広嗣の乱の発端である。
しかしもともとが短絡的な行動であったために中央政府が迅速に対応、九月
三日には征討軍を派遣すると板櫃川で対陣しただけでその軍は瓦解、十一月一
日に広嗣の斬首で乱はあっけなく終息する。
(続日本紀)
★ この欄は狸さん(oodanuki@yahoo.co.jp)の投稿によるものです
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