日刊 なら情報!! |
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◇◆◇ 「なら燈花会!」 ◇◆◇
http://www.toukae.jp/
古都の夜を幻想的に彩る灯りのイベント!
『なら燈花会』はゆったりと時の流れる世界遺産の地、奈良に集う人々の
祈りをろうそくの灯りで照らし出します。
1999年に誕生した『なら燈花会』。古都奈良にろうそくの灯りがとけ込み、
人々の心にさまざまな感動を与えてきました。夏のたった10日間だけ、
広大な奈良の緑と歴史の中にろうそくの花が咲きます。
見るだけでなく、どなたにも参加いただけるイベント、
願いを込めて灯すろうそく、きっと思い出の夜になるでしょう。
日 時 : 8月5日(火)〜14日(木)19:00〜21:45
場 所 : 浮雲園地、浅芽ヶ原、浮見堂、猿沢池、奈良国立博物館前
エリアマップ : http://www.toukae.jp/index_area.html
問合せ : なら燈花会の会事務局
TEL 0742-21-7515、FAX 0742-21-7520
◆ イベント情報、HP・サークルの紹介など
みなさんからの書きこみお待ちしております。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~n-emiko/keijiban.htm
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★ ◇◆◇ <なら・今日の歴史> ◇◆◇ ★
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文治二年(1186)閏七月二十九日
静、男児を出産。
吉野山で源義経と別れた愛妾静はその後捕らえられ、その母磯禅尼(いその
ぜんに)とともに鎌倉の源頼朝のもとに送られて義経の行方について尋問され
た。結局別れた後の義経の行動は彼女が知る由もなく尋問されても成果はなか
った。しかし、尋問後も彼女が妊娠していたことがわかったために京には帰し
てもらえず、そのまま鎌倉の安達清経(あだちきよつね、頼朝の近臣)の家に
抑留されていた。頼朝によると「生まれてくる子の父親は関東(鎌倉幕府)に
背いて反乱を企てた上で逐電した男だ。もし生まれた子が女子であれば母親に
返してやれ。だが男子であれば今は赤子であっても将来何をするかわかったも
のではない。そうならないうちにさっさと殺してしまうに越したことはない」
ということであった。
しかし、この日静が産んだのは男の子であった。そこで安達清経を遣わし、
その子を鎌倉の由比ヶ浜(ゆいがはま)に捨てることを命じた。頼朝の命を受
けて訪れ、赤子を貰い受けようとした清経に対し静はこれを拒絶、産着を抱き
しめていつまでも泣き叫んだ。声を荒げて迫る清経に、静の母磯禅尼はこのま
までは静まで殺されかねない、と危険を感じたため彼女から赤子を取り上げて
清経に渡してしまった。これを伝え聞いた頼朝の妻北条政子はあまりにも不憫
に思い何とか頼朝を宥めようとしたが、結局聞き入れてもらえず赤子は捨てら
れてしまった。当時由比ヶ浜は鎌倉の外、死者の葬送の場でもあったのである。
鎌倉幕府の正史とされる「吾妻鏡」はしばしば頼朝を冷酷非情に、政子を偉
大に描いているが、これはこの書が北条氏全盛期に書かれたからであろう。
(吾妻鏡)
★ この欄は狸さん(oodanuki@yahoo.co.jp)の投稿によるものです
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