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◇◆◇ 帯解寺「帯解子安地蔵会式!」 ◇◆◇
http://www.obitokedera.or.jp/
楽人・信徒・僧侶等による岩田帯練供養が行われます。求子・安産、併せて
家内安全息災延命を祈願し、境内および門前に多数の夜店が出てにぎわいます。
日 時 : 7月23日(水)〜34日(木)
23日 7:00より岩田帯練供養・法要
24日 19:30より法要
場 所 : 帯解寺
交 通 : JR帯解駅下車、北へ徒歩5分
費 用 :
問合せ : TEL 0742-61-3861
◆ イベント情報、HP・サークルの紹介など
みなさんからの書きこみお待ちしております。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~n-emiko/keijiban.htm
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★ ◇◆◇ <なら・今日の歴史> ◇◆◇ ★
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天平十八年(746)六月十八日
玄ぼう、配流先で卒す。
玄ぼう(げんぼう、「ぼう」は「日」偏に「方」)は俗姓阿刀(あと)氏。
霊亀二年(716)、多治比県守(たじひのあがたもり)以下の遣唐使に従っ
て学問僧として唐に渡った。唐の玄宗皇帝からその才能を買われ高貴な色とさ
れる紫色の袈裟の着用を許されるに至った。そしてその次の遣唐使、天平四年
(732)の多治比広成(たじひのひろなり)以下が帰国する際、ともに帰国
した。その時、五千巻以上もの膨大な経論や仏像などを将来、仏教を重んじる
聖武天皇を狂喜させた。そればかりか、聖武天皇を産んで以来その精神を病み、
久しく人と会うことが出来なかった文武天皇の皇太夫人宮子も彼と会ってから
正気に戻り、天平九年に聖武天皇と母子の対面を果たすことが出来たこともあ
って非常に重用された。
しかし、彼や吉備真備(きびのまきび)などが唐で学んで得た知識を生かし
て活躍することに危機感を覚えた藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)は天平十二
年に彼ら二人を除くことを訴えて大宰府に反乱を起こした。この藤原広嗣の乱
自体は朝廷側の果断な処理と将軍大野東人(おおののあずまひと)の適切な指
揮で鎮圧されたものの、その後政権を掌握して行く藤原仲麻呂に逆ににらまれ、
天平十七年十一月にはついに大宰府観世音寺(福岡県太宰府市)に左遷され、
この日失意のうちに世を去った。時の人はその死は藤原広嗣の怨霊の祟りによ
ると噂したという。なお、この時の怨霊の噂は日本史上における怨霊(に相当
する)記事の初見であり、やがて恨みを呑んで死んだ者が特定の相手に祟る、
という怨霊は平安初期に御霊(ごりょう)信仰として定着して行く。
(続日本紀)
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