花柳幻舟さんとあれこれ考えてみる
発行日時: 2004/12/10
<快適な部屋の奈落を覗(のぞ)く>
■朝鮮語に恨(ハン)という言葉があります。日本の植民地支配を含む長い間
の大国支配で蓄積された苦難と絶望、不条理…。それらに対するきわめて奥の
深い、言葉にできない怒りの感情を表していると言われます。恨(うらみ)と
いう漢字が当てられていますが、これだけでは表現しきれないものでしょう。
■幻舟さんの新刊書を読んで、改めてこの“恨”としか表現できないものを感
じます。常人の想像を超える努力を重ね、司法試験に合格するレベルの学生た
ちを追い抜いた、実に気持ちの晴れ晴れとした文章の谷間に、ふと「人間、生
きてきたように死ぬ」と一言。底の見えない漆黒(しっこく)の奈落の空間が
広がっている。ここは“恨”のるつぼ。触ると血がでる“世界の裏側”かもし
れません。
■社会の様々な差別や抑圧は、実に複雑きわまりない仕組みで、長い長い年月
をかけて積み上げられてきたものです。その深層にあるものは、私たち“一般
人”にはなかなか見えない仕組みになっている。ここに切り込むと“自由の国
”に抹殺されることもあります。ジャーナリズムはそれにビビって決して深く
は立ち入らない。私たちが住む社会とは? 一例を挙げて考えてみましょう。
■私たちがたまの休みに、冷暖房の効いた部屋で環境問題の本でも読みながら
コーヒーを飲んでいられるのは、地球の反対側にある中東の石油資源を百数十
年もの長い間タダ同然で頂いてきたからです。多くの血が流れ、今も日々、ド
クドクと流れています。“文明”はこの油の上に浮かんでいて、彼の地の人々
に計り知れない負荷をかけています。が、私たちはそれをまったく知らなくて
も安全に生活できます。そしてある日突然、飛行機がビルに突入してくる。
■私たちは自分の身の回りのことで頭がいっぱいです。子どもの教育、夫婦関
係、親戚との軋轢(あつれき)、近所とのつきあい、ローンの支払い、突然の
病気、等々。一日12時間働くのがあたりまえになったこのご時世で、何が悲し
ゅうて地球の裏側のことまで考えなければならないか。だいいち、中東がどん
な歴史を背負っていて、それが私たちとどうかかわっているかなんて理解する
だけでも超難解。
■が、しかし…。ここで一歩踏みとどまって、一歩でいいから間をおいて、考
えてくれよ…。と、この本で幻舟さんは私たちに要求しているような気がしま
す。「字を読めない人の気持ちがわかりますか」(同書)とはそういう意味で
しょう。この日本社会全体の在り方が、幻舟さんの“恨”を長い時間をかけて
蓄積させてきた。幻舟さんはこのこの仕組みを自分で解明された。そして“恨
”を解くために、身を削る思いで〇〇歳を超えてから学校に行き(失礼!)、
問題を世間に問いかけている。そんな気がします。
■社会や世界の奈落を知ることは怖いことです。この社会の土台の成り立ちを
隠しているタブーだからです。私たちの生活はその上に浮かんでいます。でも
歴史は回る。奈落にふたをしてコーヒーを飲んでいると、最後は自分の安全な
生活も家族の安泰も、それまで想像外だったこの社会の成り立ちそのものによ
って壊れます。私たちは原爆を落とされて何十万人が一瞬で灰になった国民で
す。そういう歴史は確かに回っています。やはり『逃げたらあかん』のではな
いでしょうか。お後が宜しいようで…。
【鵯・ひよどり】
<あとがき>
□前号でお知らせしました、幻舟さんの新著、『逃げたらあかん!』(KKロ
ングセラーズ)出版記念講演会が、去る12月4日土曜日、熊本市民会館で開か
れ大成功を収めました。
幻舟さんのいつもながらの明るくそしてパワフルで前向きなお話に加えて、
今回の講演の後半で幻舟さんは、今夏に亡くなられたお母さんの形見の和服に
着替えて再登場し、お母さんとの想い出を語り、また我が子を想う母親の心情
を歌った『栃木の子守唄』を切々と唄い、これまでの講演にはなかった幻舟さ
んの一面に触れた観客の皆さんからはひときわ大きな拍手が送られたそうです。
また翌5日の日曜日には、紀伊国屋書店熊本店にて、『花柳幻舟特設コーナ
ー』が設けられ、新著のサイン会だけでなく、“幻舟流”の「人生相談」も行
われて、多くの来場者でこちらも大盛会だったそうです。
講演会を成功させようと長期にわたって準備をしてくださった多くのスタッ
フの皆様、また今春の『小学校中退、大学卒業』(明石書店)に引き続いて今
回もサイン会を開催してくださった紀伊国屋書店熊本店の宮本店長さん始めス
タッフの皆様、本当にありがとうございました。
□今年6月に行われた熊本県での幻舟さんの連続講演会の模様を、講演会を主
催したスタッフの皆さんが一冊の報告集にしてくださいました。その名も『花
柳幻舟さん らいくま報告記』。
熊本県立劇場での講演会に来てくださった皆さんの感想や、熊本県立湧心館
高校での幻舟さんの講演に対する生徒さんたちの感想等々が紹介され、また地
元新聞報道の記事や講演会の写真などもたくさん入った大変立派な冊子です。
とかく講演会というと、話し手側からの一方通行で、その場だけで終わって
しまうことが多いのですが、スタッフの皆さんが幻舟さんの講演をこれからも
熊本県内各地でつなげようということで、観客の皆さんにアンケートをとって
くださり、それをまとめた記録集です。
「一時期自殺を考えたことがあったから共感できた。これからの生き方にプラ
スになりそうだと思った」「幻舟さんみたいな行き方をしたい」等々という高
校の生徒さんたちの声は、幻舟さんの話がまっすぐに皆さんの心に伝わったこ
とを示していると思います。幻舟さんにとってもこの上ない応援の言葉になっ
たことでしょう。私もこの冊子を手にし、講演を聴いてくださった皆さんが幻
舟さんの話をどう受け止めたのか、生の声を実際に知ることができて、本当に
うれしく思いました。
今年6月、幻舟さんが熊本に蒔(ま)いた種は、半年後の12月に確かな花を
咲かせました。この花は間違いなくこれからさらに大きな樹へと育っていくこ
とでしょう。
幻舟さんが命を削(けず)って自己と闘って生きてきたことが、熊本だけで
はなく、全国各地で多くの方たちに感動を与え、幻舟さんから勇気と生きるこ
との希望をもらい、小さいながらも美しい花を咲かせていることは確かです。
☆なお『花柳幻舟さん らいくま報告記』についてのお問合せや、メールマガ
ジンについてのご感想は、genshu-h@mail.goo.ne.jpまでどうぞ。
□次号は新年特別号として2005年1月1日に発行予定です。どうぞお楽しみに。
【へんしゅう・昇】
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