頂門の一針 |
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わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1315号
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平成20(2008)年9月15日(月)
生きる心と人生:加瀬英明
わが街の栄枯盛衰:平井修一
上昇物価の押し付け:前田正晶
四足肉を食べなかった:渡部亮次郎
「日暮硯」松代藩の財政再建(8):翻訳:平井修一
話 の 福 袋
反 響
身 辺 雑 記
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第1315号
発行周期 不定期(原則日曜日発行)
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生きる心と人生
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加瀬 英明
毎年、自殺者が3万人を超えるようになっているが、所得格差や生活苦
がもたらしているといわれる。
私はしばらく前にアメリカの学者による世界における自殺を考察した秀
逸な論文を読んだが、イギリス、ドイツ、ソ連、日本をはじめとして国
土が戦場になった時には自殺者が大きく減り、スカンジナビア諸国のよ
うに平和で、福祉が充実した国々では、自殺者が増えるというものだっ
た。
自殺者が増えているというのは、泰平の世の証しなのだろう。たしかに
日本全土が空襲や艦砲射撃に曝されて、食糧が乏しかった時には、敵襲
から身を守り、食べるのに懸命だったから、自殺する者は稀だった。
死の恐怖にさらされている社会では、出生率が高くなる。だから貧しい
国ほど人口が増えてゆく。物が溢れ、医療が充実して危機感が失われる
と、少子化が進むようになる。
今日の若者は老人がまるで不老不死になったように長生きするし、核家
族化によって死を身近に体験する機会がないから、生きることの厳しさ
を感じられないでいる。
家族を見失った世の中
そして自己本位になったために、人と人とのあいだの繋がりが弱まって、
人の死を悲しむ心が薄れている。家族であれ友人であれ、共通体験を分
かち合う相手がいなくなった。自分の痛みしか理解できないので、人の
心を察することがない。
多くの若者にとって人生が楽しいものでなければならず、幸せになる権
利があると思っている。テレビが虚ろな笑いに充ちているために、その
ような幻想をまき散らしているが、いまの享楽に溺れた、日本のおぞま
しい時代精神をよく現わしている。
ついこのあいだまでは、耐えることが美しかった。仁侠映画で主人公が
自分を抑えに抑えて、ついに爆発する場が共感を呼んだ。先の大戦に当
たって開戦の詔勅が、「事既ニ此ニ至ル。帝国ハ今ヤ自存自衛ノ爲、蹶
然起ッテ一切ノ障礙ヲ破砕スルノ外ナキナリ」と宣べているのは、民族
の真情に訴えていた。
演歌は耐える切なさを歌っていた。ついこのあいだまでは、日本のどこ
へ行っても演歌の心が目に見えない微粒子のように、空気中に飛びかっ
ていたものだった。
私たち日本人は哲学的な民族とも、宗教的な民族であるともいえない。
日本文化は美への憧れが芯となっていて、叙情的である。
日本では人の行為は善悪や、損得のかわりに、美しいか、美しくないか
という尺度によって計られてきた。人生ははかないからこそ、美しくな
ければならなかった。美意識が生きかたの規範をつくっていた。世界の
なかで人の心や行動が美によって計られるのは、日本だけである。
女のなまめかしさ、つやっぽさや、色気も視覚的な美しさとともに、内
面から発するものだった。今でも日本で男らしいといえば、西洋や中国
や朝鮮と違って、外面ではなく内面をいう。
誰もが自己を否定しなければならなかった。忍耐心が人々を律した。人
はつねに謙虚でなければならず、傲るのは野暮なことだった。
終戦後20年か30年あまりまでは、誰もが実直で礼節を守り、義理堅く律
儀だった。
日本人は誰もが人々のお蔭をこうむって、生かされていると考えた。個
人という言葉は明治に入るまで、日本語にそのような概念がなかったの
で、西洋の書物を訳するために造られた新語である。日本語のなかに定
着して百年もたっていないから、私たちにまだなじまない。
わたる世間に人の心あり
人々にとって、世間が何よりも大事だった。世間体は世間態(てい)とも
書いた。世間体は世間に対する体面であり、見栄だった。いまの私たち
はこのような見栄を失っている。隣に住む人と言葉を交わすこともない
から、世間という概念がなくなった。
日本人にとって世間というと、天と同じような存在だった。何よりも人
と人との絆を大切にした。ユダヤ・キリスト教のように絶対神を想定す
ることがなかった。世間こそが天だった。
私たちはもともと宗教的な民ではない。仏教が伝来すると神仏が混淆し
たし、明治に入って全国にわたって廃仏毀釈が強行されても、暴動が起
ることがなかった。
明治以前には宗門という言葉があったが、宗教という個人と同じように
新奇な言葉は、明治訳語として造語したものだった。
もし、社会規範に背くことがあれば、「世間体が悪い」といって、一族
ぐるみで恥じた。「世間を狭くする」とか、「肩身が狭い」というと、
社会の信頼を失うことを意味した。このような規範が、人々の生き態(ざ
ま)をつくった。
ところが、いまの日本では共同体の意識が弱まったために、昭和に入っ
ても長く使われた意味での世間という言葉がなくなってしまった。いま
では人間関係は、駆け引きであるとみられている。
心ある社会をつくろう
「こころ」が日本語のなかで、もっとも多く用いられた言葉であった。
日本語には「心尽くし」「心立て」「心配り」「心入る」「心有り」
「心砕き」「心利(き)き」「心嬉しい」「心意気」「心合わせ」「心が
け」「心馳せ」「心根」「心残り」「心様(ざま)」をはじめとして、心
がつくおびただしい数にのぼる熟語がある。世界のなかで日本語ほど、
心を含んだ語彙が多い言語はない。
これは、日本語の大きな特長である。私たちは心を分かち合って生きた。
若い人々は人生が楽の連続でなければならず、人生を娯楽と取り違えた
贋の人生観をいだいている。真実から逸脱しているから、精神がひ弱で、
傷つきやすい。
もっとも、高齢の男女のなかにも後進を導く責任を忘れ、若造りをして
余生を悦楽にひたることに、無駄費いしている者が多い。若者文化は落
ち着きがなく、刹那的であるから、若者を模倣するのは見苦しい。
いま、日本は亡国の危機に瀕している。日本の出生率は1・3%だ。人口を
現水準に保つためには、2・1%を必要とする。
日本の人口は2050年には今日の1億2700百万人から、高い推定でも1億
0800万人、低い推定では9200万人にまで減る。この減り方は先の大戦に
よって失った人口より、はるかに多い。少子・高齢化が進んで、生産人
口が激減する。国の活力は働く人の数によって、支えられる。
このままゆけば、日本も2050年には世界の主要国でなくなる。
なぜ、危機感をいだくことがないのか。
もう1度、日本という母胎のなかに戻って、生まれ直す必要がある。
(2008.9)
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わが街の栄枯盛衰
━━━━━━━━
平井 修一
毎年秋になるとわが町の地図が届けられる。広げると新聞見開きの大き
さで、宅地と事業所の名称が入っているから、まあ、便利といえば便利
だ。
地図の周囲には地元の会社やら商店の広告が入っているのだが、昨年に
比べると今年のは妙に余白が目立つ。勘定したら、昨年は50本、今年は
42本で、8本落ちている。
広告営業マンにとって、広告出稿の希望を断るほどの快感はない。もう
広告がいっぱい集まってこれ以上は入りませんというのを「満広」(ま
んこう。万稿とも)と言う。クライアントに「申し訳ありません、満広
になりました」と営業マンなら1度は言ってみたいものだと皆思う。
広告スペースが空いちゃったら自社広(自社の広告)やらイラストを入
れることになるが、まあ、それは結構苦々しいものである。雑誌の表4
(裏表紙)は広告料が一番高いが、ここに自社広を入れるようになると
媒体は寿命を迎えたということになる。
さて、8本落ちたが、やっぱり不景気なのである。構造変化という時代の
衰勢もある。どこが落ちたか。
畳屋さんが2軒落ちた。我が家が世話になった畳屋さんはとっくに店仕舞
いしたが、3LDKでも和室は六畳一間だけというのは珍しくないから、
需要が激減している。斜陽である。
ラーメン屋が2軒、蕎麦屋と寿司屋が各1軒落ちた。家の近所の蕎麦屋は
これまたとっくの昔に廃業したが、そのご主人曰く「もうね、出前を取
って自宅で店屋もんを食べるという時代じゃないんだよ。コンビニはあ
る、弁当屋はある、ファミレスはあるしね」。
牛乳屋さんも1軒落ちた。頑丈な自転車の前後に牛乳瓶を満載して早朝の
街をカチャカチャ鳴らしながら配達していた牛乳屋さんはずいぶん羽振
りがよかったものだが、栄枯盛衰。時代の流れには逆らえない。
コンビニのミニストップが落ちた。セブンイレブンと99ショップに挟ま
れてしまったのだ。厳しい競争社会である。
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上昇物価の押し付け
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前田 正晶
昨日久し振りにKinko'sにコピーを取りに行ったら、これまでの1枚当た
り9円が11円に上がっていた。店内をよく観察すると遠慮がちな掲示があ
って「諸原材料高騰のため8月1日より云々」とあった。
これは実に22%もの値上げである。製紙業界の値上げと比べれば遙かに大
幅である。羨ましい限りである、掲示さえすれば値上げできるとは!
では、諸原材料の1つであるコピー用紙が本当にそれほど大幅に上がっ
たのだろうか?早急に調べてみなければなるまい。原材料と言うからに
はトナーも上がっただろうし、輸送費も上がっただろう。機械のリース
代はどうだろう?
私がコンビニを利用しなかったのは、用紙を1枚毎に手差しせねばならな
いし、両面コピーがKinko's のように簡単出来ないらしいからである。
実は、コンビニで両面コピーを試みたことがないから知らないのだが。
何故私が両面コピーに執着するかと言えば、大量のコピーを取った場合
に重くならずに済むからであるのだ。紙は案外に「持ち重り」するもの
である、何しろ元はといえば「樹木」なのだから。
何れにせよ、私はこの大幅値上げを受け入れ、今後も必要に応じてKinko's
を利用することになる。だが、両面コピーでは紙を節約してしまい、業
界のためにならない。あちら立てればこちらが立たない。兎角この世は
住みにくい。
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四足肉を食べなかった
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渡部 亮次郎
私が中学3年生(15歳)の時に罹って死の寸前まで行った「脚気」。今では
ビタミンB1欠乏症とわかって、玄米といわないまでも豚肉で補える事が
分かっている。
秋田の農村。敗戦直後まで肉屋はなく、肉といえば飼っている鶏の肉だ
け。中学2年のとき、生まれて初めて豚肉を食べた。この世にこんな美味
しい物があるのかと驚き、豚を飼い始めた。
いずれ、明治天皇が自ら明治5(1872)年に牛肉を食して率先するまでは、
日本では長いこと肉食は禁じられていた。その禁忌感覚は後を曳き、明
治27―28年の日清戦争、明治37―38年の日露戦争では何万という兵士が
戦う前に脚気で命を落とした。
海軍の軍医総監高木兼寛は米糠に大量に含まれている何か(後にビタミン
B1と判明)が有効だと唱えたが、陸軍軍医総監だった森林太郎(文豪森鴎
外)は糠が有効なら小便も効くだろう、と軽蔑したと言われる。しかし明
治天皇も皇后陛下も高木説を信じて、脚気を治された。
一体、我々日本人はなぜ肉食を拒み、猫背の短躯のDNAを遺すにいたった
のか。裏辺金好氏のホームページによると、以下の事実が分かった。肉
食禁止が同和問題も密接な関係がある。
肉食といえば「文明開化」。しかし、それよりはるか昔の縄文時代の日
本は狩猟採集の生活で猪(イノシシ)や鹿(シカ)を食べていた。また、
弥生時代に農耕民族になってからも肉食をやめることはなく、それは奈
良時代までは当たり前のことなのだった。
問題はこの後。一体どのような理屈からか、仏教が「生きているものを
殺(殺生)しちゃあいかん」と提唱。植物だって生きていると思うが肉食
する奴はとんでもない奴というレッテルが貼られ、肉食はすたれていっ
た。
676年(天武天皇4年) 4月17日の肉食禁止の詔には、 庚寅、詔諸國曰、自
今以後、制諸漁獵者、莫造檻穽、及施機槍等之類。亦四月朔以降、九月
卅日以前、莫置比彌沙伎理・梁、且莫食牛馬犬@鷄之宍。以外不在禁例。
若有犯者罪之。とある。
この詔は、牛、馬、犬、猿、鶏の五畜の肉食を禁じている。その理由は
「犬は夜吠えて番犬の役に立ち、鶏は暁を告げて人々を起こし、牛は田
畑を耕すのに疲れ、馬は人を乗せて旅や戦いに働き、猿は人に類似して
いるので食べてはならない」という『涅槃経』の教えによったものらし
い。
ただし、雉(キジ)をはじめ鳥肉はその後もずっと食べられた。なお、
鶏(ニワトリ)はただ羽の色と鳴き声を楽しむだけのものだった。食用
になったのは明治以降。兎(ウサギ)も1羽、2羽と数えて鳥と偽って食
べた。
さて、戦国時代。このころ実をいうと焼き肉が登場。足軽(兵士)たち
が空腹のあまり農家から牛を盗んで、味噌(普段携帯している)で味付
けして鉄板で焼くことを考案したのである。
また、宣教師が牛や馬の肉を食べていたことで、九州を中心に肉食が普
及。しかし、どうもそれが豊臣秀吉に厭がられたようで「バテレン(宣
教師)追放令」と共に禁止となった。
なるほど牛馬は農家にとって重要な働き手だった。肉食によって失って
は駄目だったのである。秀吉は農家の出身。ただし、飢饉の時はそんな
ことも言っておられず、食べたようだ。
さて、時代は1853年。アメリカからペリーが日本にやってきた。彼は食
糧を求め「鶏200羽と牛60頭をよこすように」と言った。
ところが幕府の役人は「なぜ? 船の中で耕作はできないですよ」とお
答え。この答えにさぞかしペリーはビックリしただろう。彼は答えた
「食べるのですよ」「えっ?」
ここで「なるほど西洋人は肉を食べるものなのか」と、納得したのが最
後の将軍となる徳川慶喜。特に豚肉がお気に入りになったようで、人々
からは「豚一様」と馬鹿にされた。
だが、明治維新で人々は文明開化の言葉に酔い、肉食に飛びつく。政府
もこれを強力に後押しした。特にヒットしたのが「牛鍋」。愛知県犬山
市の明治村に行けば、この「牛鍋」を再現したものを食べることができ
る。
何はともあれ1869(明治2)年に東京の市場として築地に政府が牛馬会社
を設立。1872(明治5)年には明治天皇も食べた。仮名垣魯文が著した
「安愚楽鍋(あぐらなべ)」の中では「牛肉食わねば開化不進奴(ひら
けぬやつ)」と書かれておるほど牛鍋は庶民の間に普及した。
この牛鍋というのは今の関東風のスキヤキであり、そもそも関西には牛
鍋はなく、代わりにこれに似た料理をスキヤキと言って牛肉を食べた。
で、大正時代にスキヤキという呼称に統一された。
美味しい肉料理の観点からすると、このスキヤキというのは、あまり牛
肉本来の旨みを引き出さないものらしい。肉汁をなるべく出さないこと
で、肉の美味しさを保った料理を作るのがセオリーなのに、スキヤキは
肉汁垂れ流しだ。
ところで話は変わるが、ビフテキの名前はどこから来ているか?ここで
「ビーフステーキ」の略と言った人は甘い。これは、ビフテックという
フランス語から来ている。
さらに言うと、ステーキとは、ステイクという北欧の言葉だ。余計なこ
とだが、北欧と言えば鯨のステーキ。
焼き鳥は大正時代の終わり、大正12年の関東大震災の後から始まった。
初めは高級料理だった・・・。今から考えると信じられない。
2008・09・13
裏辺研究所 雑学万歳 第11回 日本人と肉食の歴史
http://www.uraken.net/zatsugaku/zatsugaku_11.html#TOP
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「日暮硯」松代藩の財政再建(8)
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翻訳:平井 修一
恩田木工の「もうひとつ無心」は債権放棄と増税である。
「その無心というのは、先納、先々納を放棄して、その上に当年貢を納
めてほしいということだ。そうしてもらわないと二進も三進もいかない。
自分が切腹するほかないというのはこのことである。
その方どもも計算してみたかもしれないが、会計担当者に計算させ、自
分でも検証してみたところ、まず願い事など何かにつけて、領分の者が
諸役人に賄賂をつかう額は1年で百石につきいか程か、また1年の諸役
(夫役)での人足手間の費用は百石につきいか程、あるいは九百人の足
軽が年貢催促に泊り込みで出向く際、村の負担費用は百石当りいか程。
●減税しながら税収増を図る
〆てみると、年貢高の7割にもなることが分った。皆全て無駄になくなっ
てしまうもので、お上のためにもならず、百姓どもの出費であり損失だ。
(注:例えば年貢が100俵なのにいろいろな負担を強いられて170俵納め
ていることになるということ)
今まで負担していたこの上乗せの7割分は今後負担しなくともよいから、
本来の年貢に3割追加して今月より納めてくれよ(松代藩では年貢を月割
りにして現金で納付)。これが皆へのたっての無心だ。
手前が首尾よく勤められるか、あるいは切腹させられるかは、皆の考え
次第ということだ。百姓全員に言い聞かせ、とくと熟慮の上、あらため
て返答してくれよ」
一同「今日すぐにでも請合いたいが、百姓全員に申し聞かせろとのこと
ですので、持ち帰り、ありがたきご政道の趣を聞かせて喜ばせた上で、
お請けしたいと思います」
(注:170俵納めていたものが130俵で済むということで事実上の減税に
なるから百姓は喜んだ)
さらに御用金(藩への貸付金)の債権軽減(利息分の放棄)も依頼する。
木工「御用金を出した者には返済したいところだが、皆々承知のように
原資がないので今は返済ができない。こう言うのもなんだが、人々の暮
らし向きは、今は良くても、めぐり合わせが悪ければ子孫に至って貧乏
になるかもしれない。したがって、万一そのようなことがあれば、利息
を加えて返済したいものだが、それはとてもできないので、せめて元金
だけでも子孫に返済するようにする。
今返済されなければ身代がつぶれるというほどのこともないだろうから、
子孫のために元金を殿様に預けておいたと思ってくれよ。これまた皆へ
の無心である」
(注:回収を諦めていた貸し金が、とにかく元金だけでも貧窮した折に
は返ってくるのだから皆喜んだろう)
一同「ありがたく存じます。お上の御用に差し上げました金であります
から、まったく返していただくつもりはなかったのに、子孫が難儀の際
にはくださるとのことで、この上なき御慈悲、後々までもありがたきご
高恩でございます」
と、みな感涙を流してお礼を申し上げる。
木工「いずれも手前が申すことに得心してくれて満足である。最後に、
これまでのことで当方が悪かったことを遠慮なしに護符(密書)にした
ため、よく封印して差し出してほしい」
一同「かしこまりました」と、皆々喜んで村へ帰っていった。
家老職をはじめとして諸役人、列座の家中の者は、いずれも木工殿の大
器量を見て感心してiたが、最後の護符の話を聞いて顔色を変じた人もい
るとか。(つづく)
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話 の 福 袋
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◎汚染米売買を禁止 農水省方針 輸出国に返品
農水省は12日、米粉加工販売会社「三笠フーズ」(大阪市北区)などに
よる汚染米転売問題の再発防止策として、カビ毒や残留農薬を含んだ汚
染米の売買を全面的に禁止する方向で、具体策の検討に入った。
対策では、ミニマム・アクセス(最低輸入量)米で汚染米が含まれてい
ることが輸入検疫で判明した場合、輸出国に返品し、国内には流通させ
ない方針。国内米で発生した汚染米の売買も禁止し、具体的な流通制度
の改正を検討する。
太田誠一農水相は、同日の閣議後の記者会見で、輸入された汚染米につ
いて「輸入米をお返しすることを検討している。私の任期中に対策をは
っきりさせたい」と述べた。
農水省は、相次ぐ食品偽装を踏まえ、食品全般に対するチェック態勢を
大幅強化する方向で検討を始めた。
食品偽装を徹底監視するため、全国共通の検査マニュアルを整備する。
また、立ち会いなどの日程を業者側に事前に通知するこれまでの方法を
見直し、抜き打ち方式に切り替えて調査の実効性を高める。
一方、二階俊博経済産業相は同日の会見で、汚染米の転売問題で自主回
収などの影響を受けた食品メーカーに、「困っていることを調査し、融
資などできることは積極的にやっていきたい」との対応を検討している
ことを明らかにした。
経産省は、影響を受けた企業が民間金融機関から融資を受ける際の保証
枠を拡充することなどを検討していく。9月13日8時1分配信 産経新聞
◎漢字の神秘(9):黨(党)
【大紀元日本9月12日】「黨」(党)は、日本語と同じく、政党、徒党とい
うように、組織や団体、グループの意味で、マイナスの要素を含む。
「黨」は、「尚」と「!)」(黒)から成る。「尚」は、上昇する、促進す
るなどの意味で、「!)」は日本語と同じく黒、暗闇などを表す。中国で
黒はよくない色とされ、喪に服するときも黒を用いる。そして、物質が
焼け過ぎると、最後には黒焦げになってしまう。古代中国では、悪くなっ
たもののみを燃やし、それが「黒」の下にある四つの点?、火を象徴して
いる。
従って、黒いもの(!))を促進する(尚)「黨」は、本質的に悪く腐っ
ていくものであり、派閥や徒党は、古代中国でも嫌われていた。孔子曰
く、「君子は矜(きょう)にして争わず、群して、党せず」。
「論語」の注解によると、党とはお互いの悪と不正を隠し合うものであ
る。中国では、小さな政治集団を「朋党」と呼び、よくないものとされ
てきた。現在でも、「党を結ぶ」というと、「私利を営む」ことが連想
される。
◎太宰治検定:開催迷走…地元のNPO2法人が主導権争い
来年で生誕100年を迎える作家、太宰治(1909〜48年)が生まれた青森県
五所川原市で、太宰に関する知識を問う「太宰治検定」の開催が迷走し
ている。地元の二つのNPO法人がそれぞれ独自に準備を進め、主導権
争いを演じているためだ。関係者は「地元がけんかしたら、観光客は寄
り付かない」と、一本化を模索している。
NPOは「おおまち第2集客施設整備推進協議会」と、太宰治記念館
「斜陽館」を管理運営する「かなぎ元気倶楽部」。
「かなぎ」は昨年11月から準備を進め、今年4月に「太宰治検定」の名
称で特許庁に商標登録を申請した。ところが、その前日に「おおまち」
が同じ名称で登録を申請していたことが分かった。
分裂開催を避けようと、両者は話し合いをし、太宰の生誕100年を受けて
観光客を呼び込むプロジェクトを国の町おこし事業に応募することで合
意。おおまち側の検定案を盛り込んで提案した。
ところが、8月上旬、この提案が国に採用されないことが分かって事態
は一変する。
同月下旬、かなぎ側が来年の本番検定に間に合わなくなるとして、11月
に小規模検定を始める“見切り発車”をおおまち側に通告。おおまち側
は急きょスケジュールの凍結を要求し、かなぎ側がこれを受け入れ、再
びおおまち主導で計画を進めることになった。
近く実行委員会を発足させ、来年6月の第1回開催を目指して今年12月
にテキスト本を発売する案もあるが、正式な話し合いはなく、進んでい
ない。
おおまちの菊池宏理事長(43)は「今こそ一緒にやっていかないといけ
ない」と強調。
かなぎ側も「チャンスを生かす形でお手伝いできれば」と応じるが、お
おまちの中には「共催は納得いかない」「うちがイニシアチブを取るべ
きでは」との声もあり、しこりは残ったまま。共闘できるかは不透明だ。
毎日新聞 13日
◎ペイリン氏の夫らに召喚状=職権乱用疑惑で−米アラスカ州議会
【ワシントン12日時事】米アラスカ州議会の上院司法委員会は12日、共
和党副大統領候補に指名されたペイリン同州知事が恣意(しい)的に公
安委員長を解任したとする職権乱用疑惑の調査のため、知事の夫トッド
・ペイリン氏と知事側近ら計13人に召喚状を出すことを決めた。
8月末に副大統領候補への起用が発表されて以来、一躍注目を浴び、大統
領候補のマケイン上院議員の支持率向上にも貢献したペイリン知事は、
大きな試練を迎えた。
米メディアによると、同知事は、妹と離婚をめぐる争いを続けていた義
弟の警察官を辞めさせるよう公安委員長に圧力を掛け、これを拒否した
同委員長を解任したとされる。知事の夫も同委員長にこの問題で電話を
かけるなど、関与した疑いが出ている。9月13日12時22分配信 時事通信
◎空き家で2年間生活の男を逮捕…岐阜、近所も気付かず
岐阜県警大垣署は12日、空き家に無断で入り込んだとして住居侵入の現
行犯で住所不定、無職の男(54)を逮捕した。男は「2年くらい前から
生活していた」と供述。大垣市役所近くの住宅街だが、付近の住民は気
付かなかったという。
同署によると、男が住んでいたのは同県大垣市船町5丁目の木造2階建
ての一軒家で、昨年6月から売りに出されていた。11日に売買契約が成
立、12日午後に不動産会社の担当者が訪れたところ、家の中にいた男と
鉢合わせになり110番した。
男は空き家にあった布団で眠り、夜になると外出していたと供述してい
るという。電気やガス、水道は使えない状態だった。
ZAKZAK (夕刊フジ)2008/09/13
◎売り注文のトレーダー、100ドル台突破と同一人物
【ニューヨーク=山本正実】12日のニューヨーク原油先物市場で1バ
レル=100ドル割れを仕掛けたのは、1月に史上初の100ドル台乗せとな
る注文を出したトレーダーと同一人物だった。米ダウ・ジョーンズ通信
が報じた。
このトレーダーはリチャード・アレンズ氏。99・99ドルで最小単位(1000
バレル)の売り注文を出し、取引を成立させたという。
1月2日には買い注文で相場を100ドル台に到達させた。市場関係者から
は、「自分がやったと自慢するために注文した」との声も聞かれる。
9月13日12時4分配信 読売新聞
◎古賀選対委員長、麻生氏支持を表明…福岡・柳川の会合で
自民党古賀派会長の古賀選挙対策委員長は13日、福岡県柳川市での会
合であいさつし、総裁選で麻生太郎幹事長を支持する考えを表明した。
古賀氏と麻生氏はともに福岡県選出で、古賀氏は「この福岡県から麻生
総裁を実現させたい。明確に麻生氏支持を明らかにしたい」と語った。
古賀派は自主投票の方針を決めているが、古賀氏に同調する議員も多い
と見られ、麻生氏優位の流れがさらに強まる見通しだ。
他派閥では、伊吹派と二階派が麻生氏支持を決定している。派閥領袖(り
ょうしゅう)クラスでは、町村派の森元首相、町村官房長官、高村派の高
村外相らが麻生氏支持を表明している。 9月13日21時21分配信 読売新
聞
━━━━━━━
反 響
━━━━━━━
1)1314号 大阪氏のご意見拝読しました。
大阪氏の危惧されていることは、おっしゃるとおりであり、民主党政権
となった場合はどうなのかという懸念は拭えません。
民主党になれば日本がよくなると考えるより、腐敗した現状を変えるた
めには、政権交代が必須条件だという理屈です。現体制では絶対に不可
能だが、政権交代で、その可能性が出てくると考えます。
ただし、宗教団体がくっついて来ないという前提ですが。
自民党も下野することになれば、再編もされることになるはずだし、党
内改革も進むでしょう。
一方、小沢氏の健康問題を考えれば、総理の激務が務まるのか疑問です。
勘ぐれば、現在の小沢氏、権力欲は弱いのではないか。
とにかく政権を取ることが目的であり、公認問題等を見ても、体力面で
も、政権を取れば身を引くというような密約があるような気がしていま
す。だからまともな若手が大人しくしているのではと感じています。あ
くまでも願望では有りますが。
だめなら再度政権交代をさせる力を、国民が使えばよいだけです。
日本の将来を考えれば、試す価値有りなのではないでしょうか。
これらは、あくまでも総選挙を前倒しで行なうと言う前提ですが、本当
に前倒しの総選挙が行なわれるのでしょうか?
自民党にとっては、たとえ第一党になったとしても議席が減ることは間
違いなく、余計にねじれ政局となるだけであり、何のメリットも無いの
だから。 内田一ノ輔
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身 辺 雑 記
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中共を目指したはずの台風が右折してわが国に向かっている。大変だ。
戦時中はこれがアメリカのB29編隊爆撃機だった。命が幾つあっても足
りなかった。60歳以下の人は知らない。
台風の所為で天気が不順。くるくる変わる。だが秋とはこうやってくる
ものなのだ。ベランダで虫が鳴いている。
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