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頂門の一針 1170号 08・04・30【水)
発行日時: 2008/4/30□■■□───────────────────────────□■■□
わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1170号
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平成20(2008)年4月30日(水)
缺損五十音圖の復元を:上西俊雄
雷門の再建落成:渡部亮次郎
聖火リレーに見る「国家像」:花岡信昭
媚中は日米の自滅招く:平井修一
ハノイ諸行無常:渡邉由喜
話 の 福 袋
反 響
身 辺 雑 記
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第1170号
発行周期 不定期(原則日曜日発行)
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缺損五十音圖の復元を
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上西 俊雄
3月28日公示の新しい學習指導要領ではローマ字についてはかうある。
(以下、2通りの表記を使ひわけるのが不便なため引用部分の表記も傳
統的表記とする)
「第3學年においては,日常使はれてゐる簡單な單語について,ローマ
字で表記されたものを讀み,また,ローマ字で書くこと。」
これは現行の指導要領の「第4學年」を「第3學年」に改めたものであ
る。筆者はかつて(『教育新聞』平成15年5月15日)、この部分を採り
上げて次のやうに書いた。
(「私の國語論」
http://www.kyobun.co.jp/rensai/kokugo/index.html
の7參照)
// ここから引用
ここで讀むといふことは音にするといふことのはずだから、よく考へて
みればとても不思議な文である。といふのはローマ字で表記されたもの
が讀めるといふことは、書かれた單語が簡單であるかどうかとは全く無
關係なはずだからである。
アラビア數字が讀めるといふとき、11 は 12より簡單であるとか、20 ま
では讀めてそれ以上はだめなどというのが馬鹿馬鹿しいのと同じである。
不得要領な『指導要領』に平成11年5月の『解説 國語編』は次のように
補足してゐる。
// ここから『解説 國語編』引用
最近では、ローマ字表示が添へられた案内板などが多くなり、ローマ字
は兒童の生活に身近なものになってゐる。
「日常使はれてゐる簡單な單語」とは、地名や人名などの固有名詞を含
めた、兒童が日常目にする程度の簡單な單語のことであり、これらにつ
いて、ローマ字で讀み書きができるようにすることをねらひとしてゐる
// ここまで『解説 國語編』引用
しかしこれこそ蛇足といふべきで、「ローマ字表示が添へられた案内板」
なら日本語の方を讀めばいいのであるが、地名や人名などの固有名詞を
含むローマ字書きで日常目にするやうなものはとても「簡單」とはいへ
ない。
// ここまで
また、パソコン入力のときのローマ字の方式についてはどうするのか。
拔本的檢討が必要だと『教育新聞』平成19年2月22日に書いて、コピー
を役所に送ったのであるが、相手にされなかったやうだ。假名漢字變換
であれば翻字式でなければならない。
いはゆるヘボン式や訓令式は翻字式でない。ジヂ、ズヅ、ヰイ、ヱエを
書き分けないからだ。いや、書き分けないローマ字に合はせるべくあら
かじめ假名字母を削り込んだのが間違であった。
ATM のタッチパネルは缺損五十音圖だ。ヲはあるけれど使用しないのが
原則であった。東京三菱UFJ銀行は5月からヲの使用が自由になる。戰後
すぐの小學校でテニヲハをテニオワと書く時期があったことをかすかに
覺えてゐる世代としては、戰後導入された新表記體系が未だディバッグ
中であることに驚くばかりだ。
ローマ字のために假名を削ってもそれによって國際的なローマ字が確立
したわけではない。それどころか外務省などがヘボン式でないものをヘ
ボン式と僞裝したために、外國は我國に合はせようと本當のヘボン式を
(實際は研究社の大和英の方式)をつかひ、ますます混亂の度を深めて
ゐるのが實際だ。
結果として缺損五十音圖のために生まれた現代假名遣が殘った。
かつて(『教育新聞』平成14年11月28日)「人類には、DNA に蓄積され
た情報のほかに、外部記憶裝置に蓄積された膨大な情報がある。
その利用法を次世代に傳へること、教育とはさういふことかもしれない。
さう考へると教育が本質的に傳統につながることであり、保守的なもの
であることが納得できる。」(「私の國語論」の三參照)と書いた。
現代假名遣は表音が原則だから正書法つまり語にやうて斯う書くべしと
いふのがない。戰前の、つまり、萬葉から終戰までまかり通ってゐた方
法と異なる表記法で教育するといふ破壞的側面だけが殘ったのである。
教育の荒廢は當然であった。
ローマ字の方式を議論するまへに缺損五十音圖の復元が必要だと思ふ。
國語を考へる國會議員懇談會が發足するといふ。國會でも大いに議論し
て欲しい。
http://kokumonkyo.jp/forum/index.html
http://kokumonkyo.jp/forum/hayashi200421.htm
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雷門の再建落成
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渡部亮次郎
浅草寺の総門である雷門は、浅草を代表する顔。正式名称は、風雷神門。
門の右側に風神像、左側に雷神像を安置しているがいつの間にか「雷門」
になった。
雷門は何度も火事に遭っている。寛永12年(1635)建立、同19年焼失、
慶安2年(1649)再建、明和4年(1767)炎上。寛政7年(1795)再建、
慶応元年(1865)焼失。このような次第で明治、大正時代に雷門はなか
った。
現在の雷門は昭和35年4月30日落成したものである。切妻造の八脚門で、
向かって右の間に風神像、左の間に雷神像を安置することから、正式に
は「風雷神門」というが、「雷門」の通称で通っている。
慶応元年(1865年)に焼失後、長らく仮設の門が建てられていたが、
1960年(昭和35年)、約1世紀ぶりに鉄筋コンクリート造で再建された。
実業家松下幸之助が浅草観音に祈願して病気平癒した報恩のために寄進
したものである。門内には松下電器産業寄贈の大提灯がある。年に1度
三社祭と台風到来の時だけ提灯が畳まれる。
また、昭和53年の開帳1350年を記念して、門の裏側には芸術院会員、台
東区名誉区民の平櫛田中の天竜、金竜二神の像が安置されている。平櫛
田中は谷中の岡倉天心記念公園内の六角堂、天心座像の作者でもある。
門の間口は6間半(11・8メートル)奥行き3間(5・4メートル)。中央に
吊り下がる大堤灯は、高さ4m、直径3.4m、重さ670kg。提灯は京都で平成4
年12月に改修され、新しくなった。
浅草寺は寺伝によると、創建の経緯は次のとおりである。推古天皇36年
(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成(ひの
くまのはまなり・たけなり)兄弟の網にかかった仏像があった。これが
浅草寺本尊の聖観音(しょうかんのん)像である。
この像を拝した兄弟の主人・土師中知(はじのなかとも、この人物の氏
名には諸説あり)は出家し、屋敷を寺に改めて供養した。これが浅草寺
の始まりという。
観音像は、高さ1寸8分(約5.5センチ)の金色の像であると言われるが、
公開されることのない秘仏のため、その実体は不明というほない。
その後、大化元年(645年)、勝海上人という僧が寺を整備し、観音の夢
告により本尊を秘仏と定めたという。さらに平安時代初期の天安元年
(857年)(天長5年−828年とも)、延暦寺の僧・円仁(慈覚大師)が来
寺して「お前立ち」(秘仏の代わりに人々が拝むための像)の観音像を
造ったという。
これらのことから、浅草寺では勝海を開基(創立者)、円仁を中興開山
と称している。雷門や仁王門は天慶5年(942年)、安房守平公雅が武蔵
守に任ぜられた際に創建したとの伝えがあり、この頃に寺観が整ったも
のと思われる。
浅草寺が文献に現われるのは鎌倉時代の『吾妻鏡』が初見である。近世
には徳川家の祈願寺に定められたこともあり、関東でも有数の観音霊場
として多くの参詣者を集めた。
江戸時代後半には、境内に「仲見世」の前身である商店や芝居小屋が設
けられ、大道芸人が集まるといった、庶民の娯楽センターの役割も果た
していた。
そうした傾向は近代以降も引き継がれ、浅草は庶民の盛り場、娯楽場と
して発達し、浅草寺はそのシンボル的存在であった。明治初期には境内
が公園地に指定され、1885年(明治18年)には表参道両側の「仲見世」
が近代的な煉瓦造の建物に生まれ変わった。
1917年(大正6年)からは日本語の喜歌劇である「浅草オペラ」の上演が
始まり、映画が普及する以前の大衆演劇として隆盛した。
関東大震災では浅草区は大半が焼失する被害にも拘わらず、境内は一部
建築物が延焼するだけの被害で済んでいる。しかし、1945年(昭和20年)
3月10日、東京大空襲で、旧国宝の観音堂、五重塔などが焼失。
太平洋戦争後の浅草は、テレビの発達など娯楽の多様化や東京都内の他
の盛り場の発展などによって、一時衰退した。
しかし地元商店街のPR活動によって徐々にではあるが過去の賑わいを取
り戻しつつあり下町情緒を残す街として東京の代表的な観光地となって
おり、羽子板市、ほおずき市などの年中行事は善男善女で賑わっている。
東京を訪れた外国人観光客は決って浅草寺を訪れる。
但し夜間(19時以降)における仲見世や六区の閑散さは過去の殷賑ぶり
とは隔世の感がある。
浅草寺はもと天台宗に属していたが、第2次世界大戦後独立し、聖観音
宗の総本山となった。東京都内では、唯一の坂東三十三箇所観音霊場の
札所(13番)であり、江戸三十三箇所観音霊場の札所(1番)でもある。
2008・04・25
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聖火リレーに見る「国家像」
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花岡 信昭
26―28日、長野、ソウル、平壌で北京五輪の聖火リレーが行われた。比
較してみると、なるほど国柄の違いはあるものだ。
ソウルではあちこちで激しい衝突が起き、報道陣に負傷者も出た。中国
留学生1万人以上が押しかけたという。
長野と同様、警察当局の完全護衛のもとで行われたが、負傷者4人、逮
捕者6人の長野のほうが平穏だったような印象を受ける。日本の警察当
局はこの種の警備能力が高いということか。
韓国では脱北者強制送還に対する反中感情が強いという。それが日本と
はやや違うところで、長野よりも激しい抗議活動となったのは、激しや
すいといわれる国民性とそうした事情のためか。
だが、なんといっても数十万人の「市民」が沿道を埋めて大歓迎した平
壌の異様さは格別だ。当局が強制的に駆り出したのは当然だろうが、北
朝鮮特有の「一糸乱れぬ」光景はそら恐ろしさを覚える。
言論、表現の自由などまったく無い全体主義国家の聖火リレーとはこう
いうものか。もっとも聖火リレーは1936年のベルリン五輪でヒトラーが
始めたのだから、同種の国家では得意芸なのではあろう。
「スポーツと政治は別」などというのは建前だけの空論であって、国威
発揚が最大の狙いであることはいまさら言うまでもない。五輪はスポー
ツを使った国際政治のぶつかり合いの場である。
それにしても、長野にも中国留学生3000−4000人が集結したのは、中国
当局の指示もさることながら、「愛国心」をめぐる彼我の違いを突きつ
けた。
仮に、まったく逆の状況が起きて、日本が国際社会から非難されている
ような場合、日本人留学生が日の丸を持ち大挙して集まるだろうか。だ
いたいが、そうしたケースで、日本政府が「理性的愛国心」の発動を留
学生たちに訴えることが可能とは思えない。
「自由と民主主義」の日本には、そういう発想そのものが無い。その
「健全度」を評価すべきか、それとも、愛国心の基本的欠落を嘆くべき
か。
聖火リレーは、「国家」とはどういうものかを考えさせる機会を与えて
くれたようにも思える。
【産経新聞連載コラム「政論探求」29日付】再掲
<<読者から>>
★山口補選は保守の地盤です。参院選は民意が間違った選挙ですから捻
れが異常と判定し右顧左眄する事無く堂々と問題の国交省出身の候補を
擁立し、何が何でも中央突破を試みどうせ末期政権ですから本音で保険
名称を変更を閣議決定致します。
65才〜74才予備高齢者、75才〜84才末期高齢者、85才以降〜 終期高齢
者。次は破れかぶれで道路暫定税源を復活し、返す刀で措置法も衆院で
2/3で再可決し何が何でも10年間は道路特定財源を確保し道路を造り続
けます。
自民党は何時解散するにせよ現有勢力を保持は困難ですから任期満了ま
で解散は致しません。何とかサミットまで福田ですり抜け、サミットを
花道に総辞職で気分を変え政権を手放しません。
道路特定財源の一般財源化は閣議決定もせず、党総務会でも議題にも上
げず、秋の財政検討時に前総理の個人的フライングとして見過ごし。そ
して消えた年金もなし崩しに終息を期します、医療保険、道路特定財源、
道路建設は何喰わぬ顔で存続を計ります。
それで総選挙で負けても民主政権の長期政権は夢でしょうし民主党政権
は自滅し政権が転がりこんで来ます。
勝っても僅差ですし、参院は捻れです。にっちもさっちも為らん閉塞状
況に追い込まれ、そこで政界再編の気運高まり少数政党の合従連合か、
小異を捨て大同への二大政党の成立かを待たねばならずとパロディー風
に思考するものです。(「辛舟」)
[花岡コメント]
仰るように、政界再編が必要なのでしょうね。現在はそこに至るまでの
「生みの苦しみ」なのかもしれません。
★★花岡信昭メールマガジン★★564号[2008・4・30]転載
★ブログ「はなさんのポリログ」 <http://hanasan.iza.ne.jp/blog/>
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媚中は日米の自滅招く
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平井 修一
●はじめに
テレビはおおむね「13歳の子供でも分かる内容」に配慮している。13歳、
中学生でも見てくれて視聴率が稼げるような内容だから、ほとんど見る
に耐えないと思う人は多いだろう。
小生のように最高学府で学び、偉そうにも「1ヶ月で勉強できるものを1
年間かけて講義している、大学とはただのモラトリアムか」と諦め(同
時に大学から除籍され)た人間にとっては、知的刺激を受ける番組はほ
とんどない。
NHKは民放に比べればはるかにマシだが、それでも小生は1日に朝のN
HKニュースの15分くらいしか見ない。
車を運転して仕事をしているが、ラジオのFM放送で「NHK放送大学」
があるのを4月の初頭に初めて知った。ずーっと大学の先生の講義を流し
ているが、これがすこぶる面白い。
15歳以上、すなわち高校生以上が想定聴取者というからテレビよりはる
かにマシで、「へー、こんな世界があるのか、こんな事実、こんな見方
があるのか」と刺激を受けている。これなら喜んで受信料を払う。
今日、聞いたのは「日清戦争と、清韓(清朝・朝鮮)関係」で、小生は
運転中だからメモをとれるはずもないが、大学教授がおおむねこんな趣
旨を語っていた。
<「宗属関係」という言葉がある。宗主国と属国(朝貢国)の関係で、
支那の歴代王朝は周辺の王国とその関係を結んできた。例えば朝鮮は清
国の属国で、清朝曰く「朝鮮は我が朝廷の属国であるが、内政と外交は
自主である」。
つまり、諸外国に対して、朝鮮がなにをしようが「清朝は責任を持たな
い」、しかし、朝鮮は清朝の「縄張り(シマ)」だから「清朝の利益を
損なうな」、諸外国はもとより朝鮮も清朝に配慮せよ、ということだ。
>(支那は地域名。中国は現在の国名)
「内政と外交は自主である」なんて対外的な嘘っぱちで、チベット自治
区の惨状を見れば分かる。支那の王朝は昔から嘘つきである。
それにしても、なにかヤクザの世界ようである。広域連合の暴力団本部
が、「親分子分の杯を交わしたのだから平井組のシマは事実上うちのシ
マ。
平井組が他所の組とドンパチになってもうちは責任は取らないが、シマ
の中では他所の組の勝手は許さんぜ。平井組もきっちりと代紋に敬意を
表して何事も本部に相談せいや、上納金(ロイヤリティ、ブランド使用
料)ももってこいや」というのに似ている。
ちなみに大東亜戦争に敗れたために1945年以来、日本の宗主国は米国で、
我が国の外交・軍事は米国に依存させられている。
話を戻せば、支那の王朝は自分が世界の中心で、「王の中の王、即ち皇
帝」であり、徳川幕府のように地方の治世は諸侯に任せていたから、近
代国家における「国家主権」、それに関連する「国境概念」などは歴史
的にかなりあいまいだったようである。
中華文化が及ばない地を「化外の地」と呼び、そこの人々を野蛮人と定
義はしたが、その地を攻めたり、逆に攻められたりは日常茶飯事であっ
た。
しかし、中華文化圏である縄張り内の「化内の地」が他国、特に「東夷」
「倭」(今なら「小鬼子」)と数千年間「格下」と半ば蔑んできた日本
に併合されたのは支那の為政者にとっては実に屈辱的だったろう、と小
生は思う。
逆の立場に立てば日本人だってちと耐え難いだろう(北海道をロシアが、
対馬を韓国が、沖縄を中国が併合したら日本人は激怒する)。
台湾は疫病が蔓延する「化外の地」だからまあいいとしても、清朝にと
ってごく身近な朝貢国・属国の琉球、朝鮮が日本の統治下になったのは、
4000年の歴史における支那の拭い去ることのできない恥辱だろうと、時
の権力者は思うだろう。
西洋列強にしこたまやっつけられるのは「相手が上手(横綱など三役以
上)だったから仕方がない、弱い自分が悪かったのだ、嵐が治まるのを
待つばかり」と諦めても、日本(平幕5枚目)に負けたら己のレゾンデ
ーテル「アジアの覇者」という誇りがずたずたである。
支那の庶民がそれをどう思っていたかは分からないが、自分の暮らす町
を蒋介石・国民党が占領すれば晴天白日旗を、中共が来れば赤旗を、日
本が勝てば日の丸を掲げるのが常だったから、もしかしたら「身をかが
めて嵐の過ぎるのを待つ」という心境だったかもしれない。
支那の庶民にとって権力は常に災いだったわけではないが、「上に政策
あれば、下に対策あり」は4000年不変ではなかったか。
支那の多数派である漢族は大東亜戦争で日本が敗退すると、多分それを
歓迎したものの、それに続く国共内戦と中共の勝利にうんざりし、以後
の大躍進と文革を含めた「不自然死3500万人」とも言われる圧政に絶望
しただろう。
日本の敗戦前に支那の権力者、知識人、庶民が日本から受けたかもしれ
ない屈辱、恥辱は、中共の悪逆に比べれば非をとがめる話ではなかった
ろうと小生は勝手に思うし、以前は日本を憎む支那人はごく少数で、小
生が1980年に初めて訪中したときの支那人はみな優しかったし、みなは
にかんでいた。
改革・開放で農民の不満は高まるばかりだが、よせばいいのに江沢民は
中共の圧政の正当性を守り抜くため「日本は悪の根源」として叩き、
「中共こそが救世主」なのだと「愛国教育」を始めた。
結果的に中共の思うように動く「阿Q」を増産し、これが「憎しみを地
球にばら撒くリレーかな」の主役を担ったのは世界中が認識した。
小生は「危険極まりない中共を撲滅すべし」と思うが、米国でもそう思
う人はいるようだ。米国議会の「米中経済安保調査委員会」の2008年2月
27日の証言について産経新聞の古森特派員が触れていたので原文に当た
ってみたが、すこぶる興味深かったので全訳してみた。読者諸兄の参考
になれば幸甚である。
・・・・
2008年2月27日 米中経済安保調査委員会での証言
ジューン・トゥーフェル・ドライヤー教授(マイアミ大学)
「国家主権とアクセス制御についての中国の見方」
●「屈辱の世紀」は中国のトラウマ
伝統的に中国は国家主権の概念を認めていませんでした。国家主権とは
(一般に)自治または人々の暮らす領域における「完全な統治の専有権」
と定義されています。(中国では)それは「宗主権」として西側世界で
知られていることに類似した原則の下で機能してきました。
すなわち、ある政権が他の(地方)政権を管理するが、地方の内政につ
いてはかなりの自治権を与えるというものです。このメカニズムは諸侯
が皇帝の任期まで忠誠を誓うことでもありました。
中国の場合、皇帝は「天下=世界」の統治者と考えられてきました。そ
の名誉に値すると思われれば(漢族以外の)異民族の統治者でも宮廷に
君臨することを許され、三跪九拝などにより敬意を表され、高価な贈り
物を(臣下や諸侯に)給わり、玉璽を(天から)授けられるのです。こ
うして統治者は、中国の歴代帝国のひとつを治め、臣民に関しても支配
を正当化しました。
皇帝は臣下(諸侯や朝貢国)と贈り物をやりとりします。こうした儀式
は(中華思想という)中国的な世界秩序観を象徴しています。中国が世
界の中心にあり、人々はそれに従属します。
中国人ではない世界中の人々は野蛮人(夷荻)と見なされ、彼らが孔子
の唱道した儒教的な規律と行動を受け入れれば、ある程度、文明国とし
ての地位は認められました。生粋の野蛮人から進化した野蛮人までいろ
いろですが、その段階に応じて処遇されました。
この(中華的)フレームワークでは、外国政府のための大使館に関わる
法律、外交特権、互恵関係などは考慮されませんでしたから、諸外国に
とっては不平等そのものでした。
交易を望む西洋諸国が中国の沿岸に到着したとき、彼らは非文明国用の
屈辱的な待遇で迎えられました。宮廷は西洋諸国の国家主権の概念を受
け入れることを拒否しました。やがて西洋人は中国のシステムにいら立
つようになり、相互誤解は欲求不満を生じさせ、一連の武力衝突につな
がりました。
武力紛争はすべて西洋列強が勝利し、その結果、1860年の北京条約で総
理衙門(外交事務所)が設立されました。総理衙門は明らかに「省」に
匹敵はしませんし、一時的な措置とされていました。「ゆるい手綱」の
方針の下で、危機が去り大清帝国が十分な力を回復するまで、外国人を
通商上の譲歩でなだめようとしたのです。
1894〜95年の日本との戦争による中国の惨敗は、中国の富国強兵策の失
敗を示しました。それにもかかわらず、1900年の義和団事件で西洋列強
と日本が再び勝ってから、中国はようやく(重い腰を上げ)世界標準的
な外務省を設立し、外部の大国に(国家同士の)平等の地位を与えるこ
とに同意しました。
(他国の)国家主権の原則を受け入れることを強いられた国が現在(自
国の)国家主権の最も忠実な擁護者にならなければならないことは歴史
の皮肉です。
おそらく中国の外交政策で最も永く記憶される声明はパンチャシーラで
の「平和共存の5原則」でしょう。それは国家主権の概念に明確な規定を
しています。1954年4月29日の中印条約の最初に明瞭にこう表現されてい
ます。
* 領土主権と領土保全の相互尊重
* 相互不可侵
* 内政に対する相互非干渉
* 平等と相互の利益
* 平和的共存
中国の公式声明は執拗に「絶対の主権」と「妥協への不同意」を固持し
ています。江沢民・前主席がアルゼンチンへの訪問において、彼のカウ
ンターパート(対等地位の人物)に述べた言葉、「中国の主権と領土保
全に関わる原則へのいかなる外圧にも決して屈しない」は典型的例です。
この堅いガードは、西洋列強と日本による中国の「屈辱の世紀」を思え
ば納得できます。
●自治区と台湾は内政問題
絶対的主権に対するこの強い擁護表明は、国家主権を考案した西洋列強
間のムードが変わったとき、一挙に引き起こされます。主権は1648年に
ウェストファリア条約で(神聖不可侵のものと)祭りあげられてから数
百年よく機能したシステムですが、主権を限定的に解釈する人々は、国
家の数がほぼ200までに増え、国境を越えて相互依存が急速に進んでいた
世界の国々の関係を管理するには不都合になってきていると主張してい
ます。
工業化と繁栄へ国の速度を上げるためにトウ小平が改革・開放の方針を
打ち出した後の10年間には、中国もこの主権の限定を受け入れるかもし
れないという兆しもありました。
国際法の専門家は、彼らが主権で譲歩するか、および「融通性のある主
権」についてどう考えているか分析しました。この限定主権の裏付けと
しては、1982年の国連海洋法条約(UNCLOS)のために議論に参加したい
という中国の意思がありました。
その意思決定は、初めは限定主権という考えを拒絶していたのですが、
ハグアン鉄道債訴訟で米国裁判所で債権者から身を守るため、また、英
国から香港を返還させるため不完全な主権取り決め(一国二制度)を承
認しました。
1989年春、天安門広場をはじめとする中国の100都市のデモを制圧すると、
北京は再び強硬姿勢に戻りました。北京の特定の懸念は明らかな理由が
あり、平和的共存の第3の原則、すなわち主権国家の内政不干渉です。
北京は「イラクのクウェート進攻は国内事情で、国連平和維持活動は主
権国家への内政干渉だ」と反発しました。
「クウェートは国際社会に認められた主権国家である」と指摘されると、
中国スポークスマンは「その認識には2つの誤りがあり、クウェートは主
権を構成していない」と答えました。
アメリカ合衆国によって率いられる北大西洋条約機構(NATO)がコソボ
の民族浄化を停止させるためにユーゴスラビア連邦共和国に対して空爆
を開始したとき、中国は活発に抗議しました。
コソボは主権国家であり、アメリカとそのNATO同盟国はコソボの主権を
侵害しており、「それは人権上、許すことのできない憂慮すべき問題」
と主張しました。この先例で分かるように、北京は中国から独立を試み
るチベットまたは新疆のような不安定な「自治区」や、台湾独立への干
渉を「内政干渉」と見ているのです。
これと同時に、世界貿易機関(WTO)への加盟が工業化と繁栄を促し
利益をもたらすとの望みから、北京政府は、その「経済主権」に対する
制限に同意しました。
また、北京は絶対的国家主権に対する類似した制限を含むいくつかの
「航空宇宙利用条約」にも批准し、常に安全保障理事会で拒否権により
保護されているものの、いくつかの国連活動にも参加しました。
しかし「領土主権」についての立ち位置(スタンス)は頑強なままでし
た。それにもかかわらず、中国はインドネシアから東ティモールが、ユ
ーゴスラビアからコソボが独立するのに黙って従いました。
その両方のケースから、台湾の正式な独立承認への含みがあることが見
て取れます。
●一方的に領有宣言
中国の海洋・航空法に関する国家主権への考えに関して見ますと、過去
20年にわたって多くの関心が注がれてきました。
1992年に全国人民代表大会は、南沙諸島(Paracels)、西沙(Spratleys)、
台湾、釣魚島(尖閣)域を含む、いろいろ異議を唱えられている島に関
して一方的に主権を宣言する法律を可決しました。法律は、中国人民解
放軍(PLA)が中国領海を保護すると主張し、これらの島の周辺地域を含
みます。北京政府は「我が国の歴史的な海」と海洋権益を主張し、これ
らの海における外国軍艦の無害通航を制限しました。
一方で中国は200マイルの排他的経済水域(EEZ)を主張しました。アメ
リカと他の国は、これらが国連海洋法条約(UNCLOS)議論と一体なのだ
と中国に対抗しました。これらの島々は1992年までに6カ国から主権が主
張されています。
3年後に、インドネシアはうんざりするような交渉の末、ナツナ諸島に関
し合意に達し、インドネシア外務省幹部の海事法専門家は不満を言いま
した。
「彼らはナツナ諸島は中国の歴代の国家遺産であると我々に話します。
彼らは議論、討議をしません。彼らは中国の王朝について話しを続ける
だけです。我々は彼らが何を要求しているかについて困惑するばかりで
す」
1996年、UNCLOS条約に調印する前に、中国は南沙諸島の管轄権を海岸線
から37万平方キロメートルとしていたのを30万平方キロメートルまで主
張を後退させました。しかし、インドネシアの外務相は、これはたまた
まそうだっただけで、中国はもともと集合国家であり、それが原則かど
うかは分からないとコメントしています。
アメリカ合衆国のスタンスは、西太平洋の通商路を通しての商業の自由
な流れが不可欠な国益であるということです。したがって、北京が航海
と上空飛行の国際的な権利を侵害するような措置をとることは、アメリ
カの当局にとって大きな関心事です。
政府関係者は、UNCLOS規則が軍艦の無害通航を禁じないと指摘して、軍
艦がこれらの権利を行使するために事前通知の必要はまったくないと明
瞭に表現しています。しかし、中国がUNCLOS条約を批准したとき、それ
は上記の1992年の国内法を持ち出し、すべての諸外国の軍艦が中国の領
海の無害通航を行使する前に中国から事前の承認を得ることを要求され
ると主張しました。
UNCLOSの310項によれば、国家あるいは実行支配者は「条約の条項の法律
的効果を除外あるいは修正することを意図しない、と条約を批准、署名
する際に宣言または声明をする」とあります。
このためにアメリカは、中国の求める事前通知を認めないのです。オー
ストラリアも台湾海峡へ軍艦を通知なしで派遣しており、北京の抗議に
対して、「無害通航権を行使したまで」と答えました。
中国はその排他的経済水域で軍の船と航空機に関して類似した主張をし
ましたが、EEZの資源の開発をしない限りUNCLOSは船と飛行機の航行を制
限していません。これらの意見の違いの危険な結果は、2001年4月1日に
アメリカのEP-3偵察機と中国のF-8戦闘機の衝突に見ることができます。
両者は、アメリカの飛行機が飛んでいた中国海岸からの距離について同
意しています。ワシントンはその空域は飛行する権利があると主張し、
北京はその主張を拒絶しています。
中国と日本間の領海を含む海洋問題に関して進行中の紛争があり、たと
えば中国潜水艦が両国が領海とする海域に現れました。
2005年に、日本の管轄権の下にあり沖縄県に含まれる尖閣諸島(北京は
「中国の釣魚島」と呼んでいる)に石垣市の市長が訪問することに抗議
し、「釣魚の島々は台湾省基隆市から92マイルで、古代から中国の領域
の一部だ」と言っています。
中国の経済発展と軍の近代化が相前後して進んでおり、中国の隣人たち
は主権問題に関して忍び寄る中国の独断的主張に懸念しています。この
独断的主張は、ごく最近では、台湾海峡を通って新しい商業的な航空ル
ートを開く予定という北京の発表においても目立ちました。
ルートは、香港と上海を結ぶもので、ちょうど海峡の中央の非公式の境
界線の中国側を通るものですが、それは中国、台湾が1950年代から通常
避けていた地域です。
●情報統制にほころびも
サイバースペースに関して、インターネットは通常、政治的コミュニケ
ーションの世界的な均質化のための重要なパワーと考えられています。
国境を越えた考えの自由な流れを促すことによって、インターネットは
国を越えた公共の空間をつくり、西側の自由主義・民主主義の価値の拡
大に寄与し、紛争抑止をもたらすことになると期待されています。
これは国家主権の正反対のものです。ネットのより熱心な支持者による
と、その結果は国境の溶解です。すなわちサイバースペースには中央政
府が存在できません。
中国当局は、しかし、現実空間からサイバースペースまで彼らの支配を
拡大しようとしました。本質は情報分野における国家主権(国家統制)
をつくるためです。目標は「中華長城防火壁」(Great Firewall of
China)と呼ば れているネット監視により中国国内のサイバースペース
を外国のサイバースペースから切り離すことです。
結局、ネット上で何が議論でき、何が議論できないかについて指定する
という法規は可決されました。これらは西側のネットワークセキュリティ
技術を応用しており、何万人から成る官僚機構によって管理されていま
す。
規則を破る人々は逮捕され、厳しい禁固刑が与えられました。それでも
情報統制は決して完璧ではありませんでした。
国家主権に関して中国の官庁間で異なった見方がありますが、大部分の
外国のアナリストは、いくぶん異なっている見解は全体の調和を保つと
思っています。
しかし、これを裏付ける確かな証拠はありません。我々がこれらの異な
る方針の声明を比較して確かめることができるわずかな違いは、通訳・
翻訳の違いだったりします。
前述した米国のE-P3偵察機と中国の戦闘機の衝突のケースは、その実例
となるかもしれません。例えば中国共産党中央委員会の新聞、人民日報
は憤激を伝え、露骨なアメリカの攻撃に直面して亡くなった中国のパイ
ロットのヒロイズムを強調する軍隊寄りの声を伝えましたが、外交当局
のコメントはそれらよりソフトなものでした。
これが人民解放軍が、軍、党、政府に「こうあるべし」と主張したかど
うかは不明です。怒りの世論を緩和するためか、米中関係に回復できな
い損害を与えることがないうちに事件を落ち着かせるためなのか、ある
いは、意見の本物の違いが政府のハト派と軍のタカ派にあるのか。
●間抜けな日本、危うい米国
主権に関する中国の言辞は一貫して強硬ですが、最高の国益であると認
めるとき、あるいは相手側が不変のままのときには、中国は譲歩する姿
勢も見せました。
しかし、妥協がなされるときでも、それは例外とされ、原則に戻るオプ
ションを保持しています。1992年の全国人民代表大会が上記の広域の領
有権主張法を可決したあと、こんな事件が起きました。
これらの領有権主張は日本が主張する領域を含んでいたので、日本外務
省は強い異議を表し、長い2つの国の歴史で初めてになる天皇の訪中が危
ぶまれると暗示しました。中国外務省は「(法律は作っても)政策は変
わらない」と答えました。天皇の訪問はなされました。しかし、法律は
残ります。
国家主権に関する北京の継続的な強硬路線の一つの理由は、国内でナショ
ナリズム(国家主義、愛国主義)を意識的に醸成した結果として、主権
の問題に関していささかでも弱さを見せれば中国共産党の権威と合法性
を徐々にむしばまれることになりかねないというリーダーシップ喪失の
恐れがあるかもしれません。
もう一つの理由は、強硬路線は通常の交渉技術として有効ということが
あるかもしれません。「中国はアメリカ合衆国がばらばらにしてはいけ
ないもろい大国である」という仮説は、アメリカの交渉者の側の自主規
制を誘導するかもしれません。これは、結局はアメリカの安全保障を危
うくする自滅的な戦略です。(以上)
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ハノイ諸行無常
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渡邉 由喜
一月ほど前のこと、「お花見いいなぁ」と今年8歳になる息子が言うの
で、「え、桜見たことないの?」と聞いて気が付いた。彼の人生はほと
んどハノイ。「見たことない」と憮然と答える彼に、「可哀想だね」と
答えた私。変な返答だが本音だ。桜のように綺麗な花を見たことないと
は、なんと可哀想なことか。
彼が1歳になる数ヶ月前、久し振りに桜を見たのを最後に、7年もご無
沙汰だったのが、今年は義母見舞いのための一時帰国で終わりかけた桜
に家族で対面した。
息子がほぼ初めて見る桜に「綺麗だね」を連発したことを義母に報告し
た。1週間後、義母も桜のように静かに散った。
少し前から東京はモクレン、辛夷、レンギョウ等々、木の花が綺麗だっ
たのだろう。会社勤めの途中にあったハナミズキはそろそろ満開だろう
か。
日本のハナミズキの頃、ハノイではバンラン(Bang Lang)が満開にな
る。サルスベリの仲間で別名「友情の木」というらしい。大きな樹に見
事に咲く薄紫と白の花だが、この花を見たあたりからハノイは灼熱地獄
となる。ちなみに今は冬に咲いていたポインセチアの赤が薄れて目立た
なくなる季節。
ポインセチアというと、日本ではクリスマスの頃に街に溢れる鉢植えで
お馴染みだが、私は何年か前、こっちで生まれて初めてポインセチアの
木を見て驚いた。
あれは3mもの高さまで大きくなるひょろひょろの木なのだ。そうと知
ってみると、あちこちポインセチアがあるではないか。赤くなるかは運
次第らしい。全部が全部赤くなるわけではない。
バンランが咲き始めるのが今月で、バンランの終わり頃に火炎樹が始ま
る。まさに火のような赤い花がまるで木を燃やしているように咲く。
私はこの火炎樹が好きで、この時期になるとなるべく上を向いて歩く。
ハノイに来て何とか慣れた頃、初めて見た花が火炎樹だったと思う。や
っと花が目に入る余裕が出来た頃だったのかもしれない。
歩いているだけで喉がやられる埃だらけの街でも、その赤は決して衰え
を見せない。これでもかと咲き誇る火炎樹は、ある意味ベトナムのシン
ボルのような気さえする。
赤というよりむしろ朱色。艶っぽいが清潔感のある赤だ。そしてこの頃、
ベトナムの独立記念日、メーデーと一年でも数少ない祭日が連続して、
街のあちこちに国旗を見ることが出来る。
日本ではもう見ない国旗掲揚の風景だ。真っ赤の地に黄色い星一つ。三
十数年前ようやく勝ち取った本当の独立の記念日。それからも実はアメ
リカによる経済制裁等々、道は平坦ではなかったが、ようやくここまで
来た。諸行無常。 ハノイ喜怒哀楽(66)
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話 の 福 袋
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◎ 自民“戦犯”探しに躍起…伊吹「古賀氏の責任」言及
衆院山口2区補選で自民党候補が大敗を喫した27日夜、党執行部は後期
高齢者医療制度を最大の敗因として挙げた。しかし、党内では“戦犯”
として福田首相はもちろん、選挙の指揮を執った古賀選対委員長らの名
前がささやかれるなど、福田丸の結束は一気に緩みかねない状況になっ
ている。
「古賀さんだけの責任じゃない」
自民党の伊吹文明幹事長は27日夜、幹事長室に入る前にこうつぶやき、
「古賀氏の責任」に言及した。
候補者として国土交通省OBの山本氏を選んだのは古賀氏だったからだ。
古賀氏と山本氏は20年来の知己で、古賀氏は「勝てば政局の流れが変わ
る選挙」「当選後は古賀派に入れる」と明言、党の総責任者として選挙
区に入り陣頭指揮をとっていた。
その結果、山本陣営は総工費約170億円ともいわれる岩国市の民間空港再
開や、道路建設を訴え、地元県議や建設業者などの組織を締め付ける選
挙戦を展開た。
それだけに自民党若手は「道路で世論の厳しい声にさらされているのに、
国交省の役人を連れてくるセンスは信じられない。結局、利益誘導と組
織固めという古い自民党の手法しかない古賀氏の限界であり失敗だ」と
厳しく批判する。
山口を地元とする有力議員にも矛先が向く。安倍前首相には「思ったほ
ど人気がなかった。本人は復権したいと思っているだろうがムリだ」
(地元関係者)、高村正彦外相には「いつものことだが、動きが悪い」
(政府関係者)との不満がくすぶっている。
一方、医療制度に派閥として異論を唱えた山崎派の山崎拓元副総裁にも
不満の声は渦巻いている。
自民党ベテラン秘書は憤った表情でこう話す。
「野党は反対するのが仕事だが、自民党からも反対が出ては、有権者も
『おかしい制度なのでは』と疑心暗鬼になる。執行部内では『山拓は何
を考えているんだ』との声が出ていたと聞く」
伊吹氏は27日夜、「(医療制度で)本来の制度とは違うキャンペーンを
張った」とマスコミに責任転嫁する発言まで行ったが、自民党中堅議員
は「結局、福田首相を誕生させたのは、自らの権威を守りたいだけ
の守旧派の面々。これでは自民党はもたない」と嘆いた。夕刊フジ
2008/4/28 17:00
◎ 甲府一高の強行遠足、男子20キロ延長「質実剛健にかなう行事に」
山梨県甲府一高(新津元校長)は、2002年10月に女子生徒2人が死傷し
た事故を受けて距離を短縮していた伝統行事「強行遠足」について、男
子のコースを延長することを決めた。
新津校長が29日のPTA総会で保護者に報告した。コース変更は事故で
短縮後初めてで、男子は昨年度より約20キロ長い約75キロとなる。女子
のコースも延長するか検討を継続する考え。同校は「伝統行事が無事に
行われるよう生徒の安全に十分配慮したい」としている。
事故は2002年10月の第76回大会で発生。同校1年の女子生徒=当時(16)
=が同月3日昼、ゴール地点から約3・4キロ手前の長野県小海町の町道で、
近くに住む会社員少年=当時(18)=の乗用車にはねられて死亡、別の
女子生徒も負傷した。
事故を受け、同校は翌年の強行遠足を継続するか検討。存続を求める保
護者が約8割に上り、同校はのぼり旗を沿道に設置するなど安全対策を
強化するとともに、夜間の走行を避けるため男子は103キロから54キロ、
女子は46キロから31キロに大幅短縮して実施してきた。
一方で、体力の限界に挑み、精神の成長を図る強行遠足の趣旨を実現す
るため、同校は数年前からコース延長も検討。職員や保護者らで協議を
重ね、今年10月4、5の両日に実施する第82回大会で、男子のコースの
み延長することを決めた。
男子のコースは同校から小海までの約75キロで、4日午後10時にスター
ト。夜間走行は6年ぶりで、同校は巡回車両を増やすほか、救護・検印
所やゴール地点で通過確認ができるICタグや蛍光たすきを生徒に身に
着けさせる。
新津校長は「生徒全員が完走できるよう安全対策を徹底し、学校の伝統
的精神である『質実剛健』にかなう行事にしたい」と話している。
山梨日日新聞 2008年04月30日(水)
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反 響
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1)北京オリンピックは、五輪史上最大の汚点となるだろう。
聖火リレーの出発点を辞退した善光寺の判断は、金メダル級の賞賛に値
する決断であった。
北京オリンピックの聖火リレーは、人権無視の中国政府の実態を世界に知
らしめ、韓国の首都・ソウルでの騒動は歴然たる動かぬ証拠となった。
この事実は、オリンピック史上に永久に記憶されるだろう。
この聖火リレーの映像は、中国がいかに閉鎖的な国であるか、そして、
現実にチベット自治区の市民をいかに圧政下に置いているかを、中国政
府自身が自ら証明し世界に知らしめたことを、その衝撃映像が如実に物
語っている。
そして、正念場のチベット自治区内を通る聖火リレーがいかなる展開に
なるかを予測させ、その実態が明らかになれば、北京オリンピックは
「中止」と言う、オリンピックの歴史始まって以来の大事件となる可能
性すら秘めている。
それにしても、オリンピック委員会のロゲ会長は何をしているのか?中
国政府の圧力(袖の下)で何も言えないのではないだろうか?選手の薬
物摂取(ドーピング)程度の軽い(?)問題ではないはずだが。
液晶テレビを新調し、北京オリンピックの開催を楽しみにしていたが、
興味は著しく半減、観る気も失せつつある。
ロゲ会長よ、「ロゲんかせにゃいかんぜよ」と叫びたくなる。一市民
2)とりわけ前田正晶様
時,恰もゴールデンウィーク。いつになくまとまった自分の時間が取れ
そうなので,これまで引っかかりを感じていたことを書いてみようとい
う思いに至りました。
前田さんのカタカナ語問題がとても気になっていました。
長い間,私自身の考え方との違いを思いつつ,いつも読ませて頂くだけ
で,そういう御意見もあるのかといった事実だけを読み取るようにして
いました。
しかし,その乖離はますます広がる一方で,このまま前田さんのカタカ
ナ語問題を読み続けていることに自身の蟠りが募っていきそうな,その
ような気がして,失礼を省みずお尋ねさせて頂こうと思い至りました。
また,そうすることが,前田さんのカタカナ語問題の御指摘が御指摘の
みで終わらず,ささやかな反応にもなり,前田さんの御指摘がより生か
されることになると思います。
さらに私自身の思いが誤解だということを自身で納得できれば,何より
も私自身の蟠りの氷解に繋がります。
したがって,これは前田さんの御指摘とそれに関する私自身の疑問が中
心となるところから,長文の記述にもなろうかと思いますので鼎談会の
構成員の方々には関心の他になり,時には煩わしく思われるかもしれま
せん。その節はお許しください。
まず,前田さん御自身が
★私はそれがその方の意見であるので、私の主張と異なるのは止むを得
ないことと考えることとしました。議論はそこまでで終わりでしょう。
★
と,意見・主張の違いの存在が議論の終結になるとしながら,「私の主
張」が限りなく続くような気がするので,議論は終わっていないという
意味で,愚見をお伝えしようと思います。
で,余り以前の御指摘まで遡るよりは,比較的近い御主張から当方とし
て疑問に思ったことをお伺いさせて頂こうかと思います。
2008/04/18 (金) 7:42送信添付カタカナ語嫌いの弁:
まず,「カタカナ語嫌い」というタイトルですが,個人のものの好き嫌
いは,当にその人の好き・嫌いであって,事実というより優れて意見だ
と思います。
人は多くのものを好み,同時に嫌いいなものも多く持ちます。それらは
その個人の趣味嗜好に類するもので,他人がその是非を論ずべきもので
ないものでもあります。
しかし,自らの好き嫌いを以てことの理非を論ずるとしたら,それは我
田引水に陥る危険もあるのではないでしょうか。
「私は大根が嫌いである。大根は白くて,水分が多すぎる。その上,味
も辛い。故を以て大根は食品としての価値は低いというのが私の主張だ。」
式の自身の好き嫌いで価値を断定してしまう,長嶋,大相撲のように・
・・を例にするのは少し当方の誇張し過ぎとは思いますが。
★タモリという自らを「芸能人」と繰り返して言う芸人がいますが、彼
のミュージカル嫌いの弁を取り上げます。彼は「芝居の最中に突如とし
て歌い出す必要がないのではないか。その意味が解らない」と言います。
因みに、彼は早稲田在学中にジャズ研にいたそうで、音楽には詳しいよ
うです。★
確かにタモリという芸能人はいますが,彼がミュージカル嫌いであるこ
とがどれほどの意味があるのですか? タモリ以外でミュージカル好き
の芸能人は相当いると思いますが・・・。
「芝居の最中に突如として歌い出す必要がないのではないか。その意味
が解らない」というタモリの思いは思いとして理解できますが,それは
彼自身の個人的な思いであって,それが「芝居の最中に突如として歌い
出す」ような必然性の否定をよりどころとしているとしたら,一面的に
過ぎませんか?
そのような必然性のないさまはミュージカルに限らず,オペラや我が国
の古典芸能である能や歌舞伎にも多々ありますし,芝居の最中に必然性
のみを求めること自体が芝居のおもしろさや深みなどを損なうのではあ
りませんか。
因みに,ということでタモリが早稲田のジャズ研にいて,音楽に詳しい
ようだということですが,音楽に詳しい故に主張が正しいというのでし
ょうか。この音楽に詳しいことが何と関わり合うのか,不明です。換言
すれば,「突如として音楽に詳しいようだと言い出す必要がないのでは
ないか。」(必然性がないのではないか)という気がします。
抑もここにタモリを登場させ,引き合いに出すことの”必然性”が理解
できません。昔,「学校の先生が言っていた。」と言ったときの「先生」
は権威があったし,効果も説得力もあったが,その延長線にタモリがい
るとも思えません。
文芸も音楽もある種の表現方法とみた場合,そこに一々の必然性を求め
るより,表現者の自由なり芸術性(個性でも)を感じるということは誤
りですか。その上で個人的にそれを好むか,嫌うかはあるとしても。
もちろん,それを前田さん自身は「嫌い」なのだと仰っているのは分か
りますが,名画といわれる絵画にだって「芝居の最中に突如として歌い
出す必要がない」・・・必然性のない突飛と思えるような描写は数多あ
るし,私たち日常の生活の中にも「必然性」のない・・・
あるいは突飛とも思えるものはいくらでもあるのではないかと思います。
長谷川一夫にしろ山本富士子にしろ,美男美女に違いありませんが,彼
らについているホクロのようなもの,あのホクロだって美男・美女の必
然性でもないでしょうから。
★時々は彩りで入れてみることは、これまで通りに続けます。★そうで
す。「彩り」効果ってありますよね。ミュージカルの中の歌,あれも考
えようによっては「彩り」と言えなくもないのではありませんか。
★私は他人が書かれたカタカナ語交じり文を読むと「ここでカタカナ語
を使う必然性がないのではないか」と思わせられる場合が多いのも嫌う
ようになった・・・★
でも,その他人も偶には「彩り」でカタカナ語交じり文を書いてみよう
として書いたとしたら・・・それでも嫌いますか。「彩り」で書いてい
るのか,そうでなく書いているのかその見極めは?
投稿回数抜群の前田正晶さんの主題がカタカナ語に関するものが多いと
ころから,かつてカタカナ語に関する仕事で経験した当方の考えを述べ
させて頂き,前田さんをはじめ鼎談会の皆さんのお考えを伺い,もって
自己研鑽のよすがとしたく思います。
したがって,前田さんに論争を挑むなんて大それた考えはありません。
疑問に思ったことを直截に伺わせて頂こうとするものです。
当方の考え方は少々長くなりますので,場合によっては不定期ながら数
回に分けて,ここに書かせて頂こうと思います。よろしく御指導くださ
い。
閑話休題
前田さんの「カタカナ語」考に対して関係があると思える語として,私
なりの「外来語」考を述べてみたいと思います。
「外来語」考
はじめに
前田さんの「カタカナ語」考は一一がもっともであり,英語に堪能でな
い私にも”英語では”おそらく御指摘のとおりであろうと思っています。”
英語では”。
でも,前田さんの御指摘は日本国内で,多分,日本人が日本人向けに発
している日本語の中のカタカナ語であっても(あるのに)”英語”の立
場から御指摘しておられる。その典型は >最悪でも「ペイトリオット・ミ
スル」であって欲しいであり,
>カタカナ語の悪影響を少しでも排除して成功への道路を整備して上げた
いと考えたのです。としつつ, >例えば「ホリデー」とされているのが
実はholidayで、発音記号を見ても実際にネイティヴ・スピーカーの発音
を良く聞いても「ハラディー」となっているものである。
また
>理由はそれに耳が馴れてしまうと外国人の話し方についていけなくなる
ことと相手にも聞き取って貰えないことが多くなるからです。
と,説き,更に御指摘は「リサイクル」を「リーサイクル」と言うべき
とか,他にも夥しい例示を列挙する一方で
>日常の日本人同士の話の中で「英語ぶった発音」をしないようにしなけ
ればならないと自戒すると同時に、他人にもそのように強制したいもの
です。カタカナ式発音で良いと思います。
原語のままでは「気障」であるだけでなく聞く人によっては不快感を覚
えるからです。とあるのを読んで訳が解らなくなり,愕然としました。
で,暫く遠ざかっていましたら,
>今朝からペンシルベイニア州での民主党の予備選の成り行き・・・を読
んで,「ペンシルベニア州」でなく「ペンシルベイニア州」と綴られて
いるのを見て,「英語ぶった発音」をしないようにしなければならない
と自戒」している方が「ペンシルベイニア州」と。となると日本語とし
ても理解できなくなり,敢えて拙稿を試みることにしました。
前田さんの「カタカナ語」考は,全て使用する場合の相手を,英語を母
語とする外国人としているということ。全て英語との対比でお考えにな
っているということで,「日本人同士での日本語」ということを顧慮し
ないのが何としても理解できません。
これらを知って,ある意味,得心しました。ならば,当方は「カタカナ
語」を英語との対比という極めて狭い,限定的なものでなく,日本語に
おける「外来語」として考えていたからです。そこでその一考をしてみ
ようという気になりました。
その中で私の考える「片仮名語」を,腑に落ちなかった前田正晶さんの
「カタカナ語」と対比して考えてみようとした次第です。
お断りしておきますが,私は,固より国語学者ではありません。嘗て仕
事として携わった国語施策,分けても「外来語の表記」という内閣告示
をまとめる過程で得た知識から,往事のメモや文献を頼りに,自身で納
得した事柄を拾い出したものです。
したがって多様な考えや事例の全てを客観的に整理してはいません。そ
の多くは他人様の考えであって,自ら思索したものではなく,自身で納
得したものだけを自説に都合良くまとめたものです。
「外来語」考
第1章 外来語とは
第2章 外来語と外国語の関係
第3章 外来語が担う日本語の中の意義と役割
第4章 外国語が外来語になるときの発音の変化
第5章 外国語が外来語になるときの語形の変化
第6章 外国語が外来語になるときの意味の変化
第7章 外国語が外来語になるときの文法的な変化
第1章 外来語とは
日本語で用いる語は,その出自から元々あったと考えられる語と,外国
語から入った語との二に大別できる。前者を「固有語」といい,後者を
「借用語」と国語学上では分けて呼んでいる。例えば「ことば」は固有
語であり,「シーズン」は英語からの借用語であり,「言語」や「叢書」
といったら中国語からの借用語となる。
日本語に限って見ると,借用語は更に二に大別できるとされている。一
つは古代以来の中国から借用したもので「漢語」という(現代音による
ものはそれに含まれない)。
もう一つは,中国語以外の諸言語からの借用と,中国語から現代音によ
って借用したもの,つまり「外来語」である。近代以降に中国語から借
用したものの例としては「電脳」などが漢語であり,「麻雀,牌,餃子,
シュウマイ,ラーメン」などが「外来語」とされている。
日本語の固有語は,漢語を意識して「和語」とも言われ,「やまとこと
ば」とも言われる。
江戸時代末期までの日本語は,殆ど和語と漢語で成り立っていたという。
しばしば片仮名で表記される外来語の大部分は欧米の諸言語から借用し
たもので「洋語」と言われる。
ところで固有語にしろ,借用語にしろ,本来のものから形を変えたり,
新たな語を生んだりする。「ことば」という語も二つの和語「こと
(言)」と「は(端または葉)」とから生まれたと考えられる。
「言語」という語は古代中国語からの借用であり,日本語の元々の読み
は呉音読みの「ごんご」又は漢音読みの「げんぎょ」であったという。
近代になってその両者をないまぜにした「げんご」が一般的になった。
漢語「叢書」は同音であることによって「双書」と記すこともあるが,
中国では「叢」と「双」とが異音であるので置き換えることは出来ない。
この種の本来の形を変えたり,新たに造られた語が日本語の中には多数
ある。そのうちで借用語を基にして造った語は,「和製漢語」や前田氏
の嫌う「和製英語」などと呼ぶことがある。
「返事」は和語「かえり(返)ごと(事)」の音読みによって出来たも
のであり,「哲学」という語は, philosophy の翻訳として造られたもの
のである。ともに「和製漢語」である。
これを前田氏は「和製英語」と同様に”とても聞いてはおれない語”と
して,「国語を尊重しよう」との立場から「何よりも私は「日本語を大
事にしよう」と、「外国語を学ぼうとするならば、先ず自国を正しく勉
強して理解することから始めよう」と主張しておきたい」との考えにど
う繋がるのであろうか。
固有語・借用語あるいは和語・漢語・外来語と分けるのは出自によるが,
和製の語にもこの分け方は適用することが出来る。
和製でも,本来の語から種々の性質を受け継ぐので,出自の分け方が意
義を持つ。出自を基にして,和製の語にも拡張した分け方を「語種」と
いうようである。
したがって,和語・漢語・外来語はそれぞれ語種の呼び方でもある。前
述の「言語」という語は読みはどうであれ漢語である。語種としての漢
語は,音読みの語としてまとめることが出来,「字音語」ともいう。
「和製英語」は語種としては外来語である。
ここで繰り返し言うが,「和製英語」は「日本語」の中の「外来語」と
いう語種であり,「英語」ではない。「英語」でないものを「英語」の
中で遣って”おかしい,おかしい”と言っていることが実に不思議であ
って仕方ない。
「『ことば』考シリーズ」や「シンポジウム『外来語』を考える」とい
うような和語・漢語・外来語を組み合わさって出来た語は,語種として
は国語学上,「混種語」と言い,更に日本語における外来語に中には,
異なる外国語に由来する語が組み合わさったものがある。
例えば「プラスアルファ」は英語とギリシャ語,『カフスボタン』は英
語とポルトガル語との組み合わせで出来た語である。
前田氏は「漢字・平仮名・片仮名・ローマ字と多くの言葉」というが,
「漢字」は「漢字」であり,「平仮名」も「片仮名」も,まして「ロー
マ字」も全てが「文字(記号)」そのものであって,「言葉」ではない。
したがって「文字」と「言葉」を峻別しないで「プラスアルファ」は
「プラスサムシング」と言うべきだと考えは,指摘する以前に日本語の
特質を展開する上で,著しい支障となる。
日本語に限らず諸言語は,多かれ少なかれ,借用語を持っている。とり
わけ英語は多く,中国語やフランス語は少ないと言われている。
日本語も借用語が多い言語である。日本が歴史上,中国の文化・言語か
ら圧倒的な影響を受け続け,近代以降は欧米の文化・言語をから大きな
影響を受けている。
しかも日本語と中国語・欧米諸言語とは性質が著しく異なっている。そ
の上,中国語と欧米諸言語との間も著しい異なりがある。
その中で現代日本語が存在している現実を凝視した上で,「パトリオッ
トミサイイル」は「ペイトリオット・ミスル」と,「ホリデー」は「ハ
ラディー」と,「リサイクル」を「リーサイクル」とい言わないと「国
語を尊重しよう」との立場立てないとか「何よりも私は「日本語を大事
にしよう」という気であるとかに繋がらないような気がする。
百歩譲って「駅前留学」生相手なら理解できても,鼎談会向けの発信と
して受けている当方には却って日本語を混乱させてしまうのではとさえ,
思われる。
中国語を勉強しているわけでもない人に,中国語では日本人が遣ってい
る「手紙」や「白水」などを言ったり,書いたりしたらトンでもない間
違いだよと言っているように聞こえて仕方がない。
日本語では語種のそれぞれに性質があり,相互に共通したり対立したり
している。その観点から日本語を考えなければ,現状をよく知ることも,
ひいては歴史を辿り将来像を描くこともできないと思う。
「和語」はもともと日本語にあった「と考えられる」としか言わざるを
得ないように,日本語そのものがどのように成立したかは未だ殆ど解明
されていない。
「和語」といっているものでも突き詰めると必ずしも日本語古来の語と
も言えないものがある。例えば「さけ(鮭)」(アイヌ語に由来?),
「てら(寺),ほとけ(仏)」(古代インド語を起源?),「うま(馬),
うめ(梅)(中国語に由来?)など。「絵・え」,「菊・きく」,「幕
・まく」,「銭・ぜに」などは日本語に馴染んでしまい和語のようにも
思えるがこれらは漢語だと言われている。同様なものに「よう(様)」
は助動詞の語幹となり,「ふう(風)」,「ほう(方)」なども和語の
ように感じる漢語の遣われ方だとされている。
漢語のうち,特に仏教に関する語としての「仏陀」,「達磨」,「袈裟」,
「三昧」などはむしろ古代インド語を起源とする外来語とする説もある。
ポルトガル語から「カステラ,パン,ボタン,基督,歌留多,煙草,襦
袢」など,スペイン語から「メリヤス・莫大小」,オランダ語から「コ
レラ,メス,ガラス,コップ,ゴム,コーヒー,ビール」,ロシア語か
ら「イクラ」などがあり,逆に「昴,バラ」など和語であっても外来語
のように感じる語も少なくない。
等々についてももっと言及したかったが,余りに小さいギョクを包むに
しては,長すぎる褌のような長文になるので避けた。
ただ,ことほど左様に多くの他言語の影響を受けている日本語の一々の
語を取り上げて,前田さんは,英語のみの見地から「カタカナ式発音
(ローマ字読み):これは英語学習上の問題」だとしたり,「極言すれ
ば」としながらも「美しくない」ともしていますが,前者については英
語をマトモに勉強する人ならば「リサイクル」は「リーサイクル」と発
音することを何の支障もなく理解するでしょうし,後者について言えば
「リサイクルに回した方が良いよ。」などと日本語で言ったからって,
美しくないと感じるとは限らないような気がする。
「ビール」がオランダ語で正確にはどう発音されるのか浅学にして知り
得ないが,「ビール」は英語では「ビヤ」と言うのに「ビール」と言っ
たら通じない,なんて指摘されだしたら,日本語には英語に限らずその
種の外来語は星の数ほどあるであろうから,日本語そのものがけったい
なものになってしまうような気がしてならない。
第1章 了
第2章以降は御反応を待って・・・
いつも挨拶ならぬメールを御婦人のスカートの丈のように注意をお払い
になる大谷さんや渡部亮次郎さんに限らず,このメールをお受け取りに
なった皆様,この褌文をお読みになったらさぞかし呆れかえられると思
います。
これでも構想文を3分の1程度につめたものです。やはり十七文字や三
十一文字では書き尽くせません。こうして末尾に書いても遅かりし由良
之助ですが,前文にも述べましたとおり,打ち捨ててください。七五三
掛
3)七五三掛哲郎様
大作ですね。第二章以降を期待しております。言語にもその国の歴史を
垣間見ることができます。現代中国には明治期の和製漢語がないと共産
主義自体が成立しませんね。
> 「ビール」がオランダ語で正確にはどう発音されるのか> 浅学にして
> 知り得ないが,「ビール」は英語では「ビ> ヤ」と言うのに「ビール」
> と言ったら通じない,なんて> 指摘されだしたら,日本語には英語に
> 限らずその種の外> 来語は星の数ほどあるであろうから,日本語その
> ものが> けったいなものになってしまうような気がしてならない。さ
て、ビールはオランダ語では「Bier」でビーァと発音をするようです。
香港でのビールの思い出を一つご披露しましょう。
昼時の香港の食堂、日本人はいません。ビールを飲んでいる香港人もい
ません。
唸声が「ビール」と言っても通じず、「ビア(英語)」でもダメ、「ピー
チュー(北京語)」これもダメ、「ビージャウ(広東語)」残念ながらこれ
でもダメ、最後は店に貼ってあったビールのポスターを指差してやっと
分かってもらえました。
店員氏は、まさか昼からビールを飲むと思わなかったことと、何よりも
唸声の発音が悪かったようで・・・。ちなみに飲んだビールは「香港サ
ンミゲル」、当時(返還少し前)これが香港の普及版でした。
「唸声の気になるニュース」毎日更新中
http://datefile.iza.ne.jp/blog/唸声
4)七五三掛様 各位
メール拝読致しました。私のためにここまでお手を煩わせ、深いご指摘
を戴き言葉もありません。有り難う御座います。恐れ入りました。
添付致しましたものに、英語で仕事をしてきた経験からの私の考えを述
べておきましたのでご一読賜れば幸甚に存じます。
今後とも宜しくお願い致します。
以上 前田正晶
七五三掛様
私は長い間英語に馴れて、英語で仕事をしている間に「おかしいな」、
「不思議だな」、「これはどうかな?」と感じたことを1990年から書き
始めていました。
毛頭大論文ではなく、軽いエッセーとして書いていました。それなりに
「面白い」と評価してくださる方もおられて、続けました。正直に反省
すれば「どうだ!」という気持ちがあったでしょう。
それだけに今回の理路整然としたご指摘には言葉もありません。ここま
で綿密に私の言うことの不整合性のご指摘があって恐れ入りました。有
り難う御座います。浅学菲才を恥じます。
そんな浅学菲才の者が広く読んでくださる場に書くなと、お叱りを受け
そうですが、書くことと自分の考えを発表できる場が楽しみで書いてい
たのであって、ここまでのご指摘を受けるとは予想しておりませんでし
た。何か反対に申し上げるだけのものも、最早残っておりません。
だが、2〜3ヶ所、そこはご指摘とは違う考えでしたと申し上げたいこと
を書いておきます。そこまでで宜しくお願い致します。七五三掛さんの
メールから引用します。この引用は確たる論拠がある訳ではなく、通読
した中から思いつきで選びました。何とぞご寛容のほどを。
*引用その1
「まさかOxfordの発行している辞書が2,3種類ということではないと
思うのですが,天下の英語人・前田さんに言われるとさすがに心配にな
りました。
前田さんは「シャープ製の電子辞書」と書いておられましたが,控えめ
にそうお書きになっただけで,おそらく小生の持っているいい加減な
Oxfordではなく,本格的なOxfordの辞書,数点に当たられて「載ってい
ませんでした。」と断言されたのだと思います。
で,当方がいささか不安を覚え,随分前の記憶だけで「登載されている
語でもあります。」としてしまっただけに改めて確認しました。」
私の弁明:そこまでの精密なことをしておりません。手元にあるシャー
プの電子辞書は古いのか、不備なのかと非常に不安になりました。その
点を書き添えるべきでした。
因みに、電子辞書は目下引き受けております海外ニュースの業界専門誌
の週刊誌版用の和訳に手っ取り早く効果があるので買い求めたものです。
今や紙の辞書はこの仕事には使っておりません。時間の節約です。
*引用その2
「>理由はそれに耳が馴れてしまうと外国人の話し方についていけなくな
ることと相手にも聞き取って貰えないことが多くなるからです。と,説
き,更に御指摘は「リサイクル」を「リーサイクル」と言うべきとか,
他にも夥しい例示を列挙する一方で>日常の日本人同士の話の中で「英語
ぶった発音」をしないようにしなければならないと自戒すると同時に、
他人にもそのように強制したいものです。
カタカナ式発音で良いと思います。原語のままでは「気障」であるだけ
でなく聞く人によっては不快感を覚えるからです。とあるのを読んで訳
が解らなくなり,愕然としました。で,暫く遠ざかっていましたら,>今
朝からペンシルベイニア州での民主党の予備選の成り行き・・・を読ん
で,「ペンシルベニア州」でなく「ペンシルベイニア州」と綴られてい
るのを見て,「英語ぶった発音」をしないようにしなければならないと
自戒」している方が「ペンシルベイニア州」と。となると日本語として
も理解できなくなり,敢えて拙稿を試みることにしました。」
私の弁明:「発音ぶる」のは日本人同士の会話の中でいけないと戒めて
いるのであって、書き物の中で「発音ぶる」ことを指摘されるとは想定
もしていませんでした。それも言葉足らずでした。
私は話す際には「ペンシルバニア州」と言います。その点は厳密にやっ
ていると思います。「リーサイクル」とは言いません。「リサイクル」
はそこまで書いたかどうか記憶はありませんが、日本語として戸籍を得
ているものの中だと考えております。従って日常的には「リサイクル」
として使います。
*引用その3
「ただ,ことほど左様に多くの他言語の影響を受けている日本語の一々
の語を取り上げて,前田さんは,英語のみの見地から「カタカナ式発音
(ローマ字読み):これは英語学習上の問題」だとしたり,「極言すれ
ば」としながらも「美しくない」ともしていますが,前者については英
語をマトモに勉強する人ならば「リサイクル」は「リーサイクル」と発
音することを何の支障もなく理解するでしょうし,後者について言えば
「リサイクルに回した方が良いよ。」などと日本語で言ったからって,
美しくないと感じるとは限らないような気がする。」
私の弁明:私は経験的に英語をまともに勉強して、教えられてこなかっ
たと思われる方が多いと感じていましたので、こう言いました。確たる
学術的根拠等はありません。
20年以上も多くの外資社員と大手商社や大手需要家の方と国の内外で接
触あるいは共に出張して、そういう問題があるなと感じましたので、そ
う書きました。学校教育の英語は目的が違うとは再三書いてきました。
このことは、英語を学び始めるのは中学に入ってからで十分だという、
日本語の学習が先だという考えと同じです。
以上の通りです。軽い気持ちで書いたことを怪しからんと言われれば、
一言もありません。「英語を勉強し、英語で話せるようになれ」という
風潮に不信感を抱き、自分の経験から「英語とは」と思うことを書き連
ねてきました。七五三掛さんがその何処にも価値がないとまで言われて
いるのではないと思いますが、こういう考え方をする者をお認め頂けれ
ば有り難いのです。
以上
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身 辺 雑 記
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「反響」蘭で大論争。極めて上等な論議。世界的にも水準の高い論争。
ロハで聞く?読むのは勿体無い。こんなに長い「反響」は初めて。
この号の配信が遅れたのは前日が多忙だったため、家人の菩提寺(茨城県
鹿嶋市の根本時=松尾芭蕉の句碑所在時として有名)に一同で墓参後、く
だん亭で懇親会をしたため。
30日の東京は真夏日。今年初めて半袖ポロシャツで午後の散歩に出たが
それでも汗を掻いた。すぐ夏になるのでは無い。厭な梅雨がまず来る。
散歩人にとって5月〜9月は残酷な季節だ。
ご投稿、ご感想、ご意見を待っています。読者:3428
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