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頂門の一針 1132号  08・03・24(月)

発行日時: 2008/3/24

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 わたなべりやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」 1132号
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         平成20(2008)年3月24日(月)

 
                                   一歩遠ざかった台湾:古澤 襄

                               チベットの「文化殺戮」:服部充男

                          鯨(げい)は身をたすく:山堂コラム208

                                 「ワッハ上方」は?」:毛馬一三

                                   プライバシー訴訟:渡部亮次郎

                         話 の 福 袋
                         反     響
                         身 辺 雑 記


□■■□  ──────────────────────────□■■□
第1132号            
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一歩遠ざかった台湾
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        古澤 襄

2008.03.23 Sunday - 19:21 comments(0) trackbacks(0) by 古沢襄 

親日だった台湾が一歩遠ざかった気がする。相手の国内事情だし、反日
になるわけではないから気にしても仕方ない。オーストラリアで親中国
政権が誕生した時にも、同じ感じがあった。隣人の家庭事情だから、反
日にならないかぎり過剰に反応する必要がない。

私は国民党が圧政を敷いた台湾しか知らない。外省人の国民党は親日と
はいえない。付き合った人たちは、台湾で生まれ育った本省人。差別政
策に苦しみながら日本人には親近感を持っていた。その本省人が台湾の
九割をしめている。

台湾の留学生は外省人のほとんどがアメリカの大学に行く。英語はペラ
ペラだが、日本語は片言。大陸反攻を呼号していたから、中共に対する
敵愾心が根深い。

その外省人も第2世代、第3世代の時代になった。中国に対する警戒心
よりも、大陸との経済的な結びつきを強めようという実利主義が強くな
っている。

一方、本省人の中には日本の大学に留学する者がかなりある。日本語が
ペラペラ、親日どころか早稲田大学の校歌や応援歌を私たちより知って
いる。それなのに日本の方が中国に傾斜して、台湾とは距離を置くとい
うのが田中内閣以降の日本である。

新たに台湾の総統になる馬英九はアメリカ留学組である。独立志向が強
かった陳水扁に手を焼いていたアメリカは歓迎している。同じように中
国は馬英九当選を歓迎しているが、全面的に心を許している筈がない。

馬英九は「チベットでの事態が悪化すれば、われわれは五輪に選手を派
遣しない可能性も検討する」と述べた。さらに、台湾で行われた天安門
事件の追悼イベントに参加したこともある馬氏は「中国が人権について
行ってきたことを強く批判する」と語った。このあたりはアメリカ好み
のポーズだが、どこまで本心なのか分からない。

台湾がこれからどういう路線をとるもであろうか。一気に親中国・反日
本になるとは思えない。むしろ国内政策に閉じこもる気がする。政治的
には台湾独立志向を押さえ込み、経済的には中国との結びつきを強める
のではないか。日本との関係は、あまり念頭にないのだろう。

杜父魚ブログの全記事・索引リスト(3月21日現在1684本)



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チベットの「文化殺戮」
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          服部 充男

ラサ騒動をめぐってマスコミ取材のカメラの前で語られたダライ・ラマ
の言葉「文化殺戮( cultural genocide)」について考えてみたい。

文化殺戮という文字面だけ読んでも何のことか大方の日本人には理解で
きないだろう。

この言葉の裏にはダライ・ラマのインド亡命以来、祖国チベツト及びチ
ベット人が中国共産党支配により蒙った苦難と屈辱の歴史が秘められて
いる。

毛沢東が蒋介石を台湾に追いやって1949年に中華人民共和国の建国を宣
言するや1年にして早くも中共軍によるチベットへの怒涛の侵略が始ま
り戦力に劣るチベット側を瞬く間に制圧される。

中共は1951年5月には「17ケ条協定」をチベットに押し付けチベット全
域を完全に植民地化してしまった。

ダライ・ラマが1954年の第1回全人代に招かれた時、毛沢東は若いダラ
イ・ラマにこう囁いた、「君、宗教はアヘンだよ」と。

この言葉には自らは宗教を敵視する共産主義の一派である毛派のリーダ
ーとしてラマ教の最高指導者を侮辱し貶めようという魂胆が透けて見え
る。

ダライ・ラマはこの時の毛沢東の言葉に深く傷付くと共に共産主義と毛
沢東に決定的不信感を抱いたに違いない。

以降、漢族がぞくぞくとチベットへ押し寄せチベット人の食料を収奪し
たため食料事情を悪化させていく。土着し始めた漢人による収奪は食料
だけでなく豊富な天然資源にも及ぶ。

チベット人にとって更に深刻な問題は学校教育において北京語を強制さ
れ、宗教はアヘンなりの政策によりチベット人の精神的よりどころであ
るチベット仏教を捨てることを強制されるというアイデンティティの危
機にさらされたことであろう。

この事情を大東亜戦争敗戦後の日本にあてはめてみると、戦勝国の人間
がどんどん日本へ押し寄せ日本人の食料を奪い、学校では英語を強制さ
れ、天皇は退位させられ日本人は神道も仏教も捨ててキリスト教に改宗
せよと迫られた状況に相当するのではなかろうか。もしこんな状況に陥
った時、日本人だったらどうするだろう。

チベットでは遂に1959年3月10日、ダライ・ラマ法王の身を案じたラサ
市民が一斉蜂起し中共軍が容赦無き弾圧を加えた。法王は中共軍の撤退
とチベットの主権、独立を訴えたが、これに対して中国側はさらに徹底
的な弾圧を加えたため、身の危険を感じた法王はインドへの亡命を余儀
なくされる。

法王の後に続いて、約10万人のチベット人たちが祖国を離れ、インドや
ネパールなどへ亡命した。彼らはチベット人としての民族のアイデンテ
ィティーを守り抜き、チベット仏教とダライ・ラマを中心とするチベッ
ト文化の伝統を保持し、いずれチベットに戻り独立を果たしたいという
切実な願いを胸に生きている。

しかしチベットの悲劇は終わることなくますます苛烈をきわめていく。
毛沢東の権力闘争に端を発する文化大革命により悲劇は頂点に達する。
この時期におこなわれた紅衛兵らによる仏教寺院の徹底的破壊と略奪、
僧侶に対する迫害によりチベット本土の仏教文化は壊滅的ダメージを蒙
ったと言われる。

文化大革命が終わりチベット仏教文化の観光資源としての価値に気づい
た中共は自分たちが破壊した仏教寺院の修復を行って観光客を呼び込も
うとしているがそこには宗教に対する敬意という精神的契機は皆無であ
ろう。

3月10日という日はチベット人には絶対に忘れることが出来ない記念日
であり、今回の記者会見でダライ・ラマが発した言葉

 「文化殺戮(cultural genocide)」

には過去40年にわたりチベット人に加えられた中共による圧政の現実と
自らの文化に対する深い思いが込められていることに気づかねばならな
い。

ところで今回の暴動に対して胡錦濤は「ダライ・ラマ一派の策動だ」と
決め付けたことに対してもダライ・ラマは一言「Who is liar?」と返し
ている。

日本の政治家で他国のリーダーからの言われなき非難に対して堂々と、
しかも英語でここまで反論できる人間はいるのだろうか。むしろこの方
が目下の日本人の問題ではなかろうかとTVに映るダライ・ラマの姿を見
ながら考えさせられた。 (投稿)



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鯨(げい)は身をたすく
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        山堂コラム208

世界広しといえども野犬がいないのは日本と北朝鮮くらいのもの。日本
では保健所が持って行ってしまうが、北では野犬いればたちまちとっ捕
まえて犬チヂムにして食っちまうから。

韓国でも犬は食う。ソウル五輪のころ「外国人(欧米人)の前で犬食う
な」という御触れが出た。それが食っている何よりの証拠。

中国人は「猫」も「蛇」も、いやいや、「猿」だって食うらしい。足が
4本あれば「机」以外なら何でも食う。羽があるなら「飛行機」以外は
何でも食う―――それがチャンの風習、伝統。

2、3年前に中国で「サーズ」とかいう伝染病が発生して大パニックに
なった。この伝染病もチャンが猫か狸か、そんなもの食うから罹る病気、
と当時喧伝されたものだ。

いまのところ犬や猫を食うことに対する欧米人からの文句や反対運動は
起きていない。しかし時間の問題。日本が南極海などでの調査捕鯨を止
めたら次は間違いなく「犬食うは野蛮」「猫食うは野蛮」と言いはじめ
る。

ヤツばらは「緑の何とか(GP)」とか「海の何とか(SS)」とか、
もっともらしい名前を掲げて環境保護団体を称しているが、なあに所詮
は「商売」なのである。

大きく派手に髑髏を描き、大音響のスピーカーで捕鯨船を囲んで走り回
り妨害する。いわば「街宣車」が「海宣船」になったようなもの。ただ
我が国の街宣車は「北方領土返還」とか「日教組阻止」といった高邁・
真剣なる看板を掲げている。だからあまり儲からないだろうなと思うが、
あっちのは儲かる。

ズバり「鯨獲るな」「鯨食うな」である。理不尽でバカバカしいが単純
明快。高邁でも何でもないが、宗教で思い込ませてやる騙しだから派手
にやって衆目を集めれば効果があがる。パトロンもすぐつく。

「日新丸」にまとわりついて世界中に名を馳せたあの反捕鯨団体の頑丈
で速そうな抗議船。海賊船以外の何物でもない。ジャック・スパロー。
過激に危険そうにやればやるほど欧米や豪州の女子供ら拍手喝采。ヤツ
ばらの凱歌はますますあがる。

オラは長年にわたって「鯨とって何が悪い」「毛唐にとやかく言われる
筋合いはない」と一貫して日本国・農水省と同じ主張をしてきた。IW
C(国際捕鯨委員会)での議論も、反捕鯨側の主張は非科学的で勝手な
言いがかりに過ぎない、と今でもそう思っている。

そうは思っているのだが、バカの一つ覚えのように唱える日本側の主張
で事態は一向に改善する気配がない。むしろ反捕鯨の火に油を注ぐだけ
の効果しかなかったのではないか。声高に反論すればするほどヤツばら
の思う壷で、あっちの土俵に引きづり込まれてしまっている。正直言っ
てそういう気持ちも最近胸をよぎる。

ここらでちょっと一眠り。「日本の調査捕鯨をとりあえず止めてみる」
という選択肢も、あるのではないか、とも思うのだ。

敗戦後の食糧難、大洋漁業の活躍で飢餓からわれらガキを救ってくれた
「鯨肉」。塩鯨にベーコンにオバイケ・・・食い物の恨みは恐ろしい。

その日本が一番大変だったころの恩を裏切るような複雑な思い入れはあ
る。しかし現在の日本では鯨肉がなくても誰も飢えるわけでない。鯨食
わなくても普通の国民は誰も困りはしない。きくところによると、捕鯨
止めると日本で困るのは捕鯨団体に天下りする農水省の役人だけなのだ
そうだ。まあそういうところだろう。

日本で困るのは農水の天下り役人だけとして、外国にはちゃんと困るの
がいる。そう、当の反捕鯨団体SSやGPだ――日本が捕鯨を止めれば
彼らもメシの食い上げ。すぐに運動の深刻な方針転換を迫られる。方針
を転換して冒頭の「犬食うな」「猫食うな」だ。

ただこれには大いなる落とし穴があって、「犬猫食うな」ではゼニには
絶対にならないということ。犬猫食う国の、欧米の環境保護団体など屁
の河童。そんな抗議なんぞ、はなから相手にしない歯牙にもかけない。
馬耳東風のチャングの誓い・・・

反捕鯨のヤツばら、おまんま食っていけるのは、それをまともに相手に
する日本の捕鯨だから。反対運動にも真面目に相手になるし対応する。
そしてパトロンからはゼニもたんまり入る。冗談じゃねえ。

だからこそオラは思うのだ。いっそのこと調査捕鯨なんぞ一旦止めてみ
たらと・・・食い物の恨みは恐ろしい。兵糧攻めをくらうヤツばら、数
年も経ずしてみんな揃って言うようになるだろう。「おおい、日本。捕
鯨再開してくれえ」と。(了)



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「ワッハ上方」は?
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          毛馬 一三

ワッハ上方(大阪府立上方演芸資料館)が、新生橋下徹大阪府知事の下
で、府行財政改革にからみ、「存続」が危ぶまれている。

橋下知事は、破綻同然の府財政を何とか再建するには、「収入の範囲内
で予算を組む」しかないと、就任初府議会で宣言。そのためには府職員
の人件費の大幅削減は勿論のこと、公共事業の見直しや図書館以外の府
立施設の撤廃・売却などの検討をすると言い放った。

歴代知事が手を付けなかった財政改革に大鉈を振るい、明るい大阪府の
未来を築きたいという決意表明には、新知事の熱意としてそれなりに伝
わってくる。

2月17日、新知事は行動を開始し、早速「ワッハ上方」を視察している。
その際、「上方お笑い殿堂」の役割には一応の理解を示したというが、
<日経新聞「先望鏡」(中沢義則編集委員)によると、超多忙な知事の
情報不足もあって、運営の問題点に関する質疑は、とんちんかんだった
>という。

大阪府は「ワッハ上方」が入居しているテナントビルの賃借料を年間2億
8千万円支払っている。当然知事は「値引き交渉はどうなっているのです
か」と訊いたらしいが、賃借値下げ交渉の窓口は大阪府生活文化部なの
に、当事者能力のない視察先のワッハに問い質している。

就任ホヤホヤの橋下知事の脳裏の中に「高賃借料」だけが去来し、それ
自体が存続可否の判断基準になっているのは分からない訳でもない。

しかしどうしてそんな高額な賃借料を払って「ワッハ上方」を大阪府が
開設したのは何故か、その秘めたる経過を、知事が分かった上で結論を
出してもらいたいと願う府民は多い。

筆者は、2006年5月に小説「ワッハ上方を作った男たち」(西日本出版社
刊)を出版している。この「ワッハ上方」の発想が芽生えた昭和63年9月
から、完成した平成8年11月14日までの10年余の間、この立ち上げに携っ
た男たちの思いと流した汗の軌跡のドキュメントだ。

そこで、拙著の中で触れた、府の財政に絡む「賃貸料」のことを、ここ
で改めて触れておきたい。

テナントビルの主・吉本興業は、当時の大阪府の「大阪伝統文化の象徴
お笑い資料館」を作りたいとのたっての懇請に共鳴して、投資した金額
は、土地取得費約100億円、ビル建設費約50億円の計150億円だった。無
借金の健全経営だった吉本興業は、これをなんと自社の転換社債発行で
賄っている。大阪府に一切頼らなかったのである。

当時の吉本興業は、営業収入でみると平成5年度160億円、平成6年度191
億円、平成7年度212億円と業績を順調に伸ばしているものの、平成4年度
148億円の営業成績とほぼ同額の資金をここで調達することは、信じがた
い決断だったことは明らかだ。

さらに驚くべきことは、いわば大阪府のオーダーメイドともいうべき新
築ビルへの「ワッハ上方」の入居に、「保証金・敷金」を一切要求せず、
オフィスビルの家賃以下という破格の条件で、同「笑いの殿堂」を受け
入れたことだ。

これは上方文化の保存と振興を図る公的施設としての機能を永続させた
いという大阪府首脳の叩頭の姿勢に、吉本興業が深く理解を寄せ、渾身
の気概を以って協力を惜しまなかったのが、この経過の真の姿だった。

大阪・難波千日前という繁華街で館を構える以上、それ相当の経費が伴
うことは当然であり、しかも今後建物の老朽化にともなうメンテナンス
に要する経費が増えることは当然だから、現状の家賃ベースで維持する
だけでも相当な負担が、家主側に生じていくことは当たり前のことだ。

拙著の中で触れた国立民族学博物館の石毛直道館長(当時)の言葉が、
今でも甦る。

<ちょっと財政が苦しくなると、すぐ打ち出されるのが文化の切捨てな
んです。演芸のようなものは、一番下の文化だと思われがちですが、ほ
んとうは人間の生活文化だけに、他の高尚なものより、もっと大切なも
のです。

それが都市の個性を作っているわけですが、他の予算に比べて文化予算
は微々たるもの。これからは文化というものに力を入れ、すぐには役立
たないものの、文化を大切にすることこそが尊敬される国とか自治体と
言われるようになる筈です>。

「笑い」をテーマにした博物館は世界に5ヶ所あるが、芸人のビデオテー
プや遺品を集め、後進のためのホールを設営しているのは、大阪にしか
ない。しかも大阪府の公共施設だから、遺品を寄付、私蔵品を寄贈した
いと願う府民が、この「ワッハ上方」を支えているのである。「ワッハ
上方」の収蔵品は、年毎に増え今では5万7千点という。

橋下知事は、極めて合理的な思考回路の持ち主のようだ。財政再建に死
活を求める橋下府政には拍手を送ることに躊躇を惜しむものではない。
しかし大阪文化が渇望しているこの「ワッハ上方」の存続については、
財政改革とは別次元のテーマとして、知事の合理的思考を妨げるものに
なるとは思わない。そう信じたい。(了)



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プライバシー訴訟
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        渡部亮次郎

プライバシーとは、個人の私生活に関する事柄(私事)、およびそれが
他から隠されており干渉されない状態を要求する権利をいうと言われな
くとも今やプライバシーは日本語同然、誰知らぬ者の無い「日本語」だ。

しかし、「日本語」としては新しい存在であり、超著名な作家が元東京
都知事候補に訴えられて、しかも敗訴するまでは、日本人の殆どが無視
してきた根源的な権利だったのである。

つまり自決した作家三島由紀夫が、日本で最初のプライバシー侵害裁判
の被告であり、日本人が、人間に、そんな権利があることを知った始ま
りだった。それが1961(昭和36)年3月15日に訴えられたプライバシー裁
判だった。

英単語「Privacy」をカタカナ表記したもので、「私事権」と訳されるこ
ともある。

日本国憲法には明文規定はないが、第13条(個人の尊重)によって保障
されると解されている。日本では「宴のあと」事件の際にプライバシー
という言葉が使われたことから注目され、人格権として認められるよう
になった。

1961年3月15日、元外務大臣・東京都知事候補の有田八郎は、三島の『宴
のあと』という小説が自分のプライバシーを侵すものであるとして、三
島と出版社の新潮社を相手取り、慰謝料と謝罪広告を求める訴えを東京
地方裁判所で起したのである。

有田八郎(ありた はちろう、1884年9月21日―1965年3月4日)は新潟県
佐渡郡真野町(現在の佐渡市)出身の男性外交官、政治家である。息子
圭輔も外交官になり園田直外相当時(1972年から74年ごろ)は父同様、外
務事務次官だった。

八郎は山本家に生まれ、有田家の養子となった。実兄の山本悌二郎は立
憲政友会所属の政党政治家で、田中義一内閣及び犬養内閣で農林大臣を
務めたことで知られている。

戦前は「欧米協調派」に対する「アジア派」の外交官として知られ、近
衛内閣時代に東亜新秩序の建設表明をした。日独伊三国同盟には最後ま
で反対したが戦後は公職追放。追放解除後は戦前と対照的に革新陣営に
属し日本の再軍備に反対したことで有名である。

<原告の主張
 
 1.被告平岡公威は三島由紀夫のペンネームをもつ小説家であるが、
雑誌「中央公論」の昭和35年1月号から同年10月号にわたって「宴のあ
と」と題する小説を連載執筆したのち、被告佐藤亮一を発行者、被告新
潮社を発行所としてこれを1冊にまとめた同一題名の小説の刊行を許諾
し、被告新潮社は昭和35年11月15日付で右初版15,000部以上を刊行しそ
の後も重版を刊行発売している。

 2.「宴のあと」の梗概は『「野口雄賢」という妻を失った独身の60
才を過ぎた外交官出身の男でかつて小国の公使をつとめたことがあり、
外務大臣にもなり戦後衆議院議員に立候補して当選したが2度目は落選
し、「革新党」の顧問となっていたが同党から推されて東京都知事選挙
に立候補した。

この野口は都知事選挙の有力候補であつたので「保守党」の対立候補の
擁立は人選難に陥り、現職の都知事は辞めそうでなかなか辞めない有様
であったところ、野口の妻「福沢かづ」の経歴、行状を誹謗した怪文書
「野口雄賢夫人伝 山漁人著」がばらまかれたため野口は山の手方面で
人気をおとし、また選挙資金を調達するため料亭「雪後庵」を売却する
ことも「佐伯首相」に妨害されて野口は選挙の終盤戦で資金がなくなり、
反対に保守派からは買収の金が流れ出し、

さらに投票日の前日に「野口雄賢危篤」のビラがまかれたりして結局都
知事選挙は「敵の謀略と金の勝利」に帰し「20万ちかく引き離され」て
野口は惜敗した。野口の妻福沢かづは少女時代から「苦労のかずかず」
を重ねてきた女で著名な料亭「雪後庵」の女将であったが野口と結ばれ
妻の座にすわり都知事選挙のために野口にかくれて「雪後庵」を抵当に
入れて資金をつくるべく奔走し同料亭は休業するに至った。

しかし怪文書がばらまかれ選挙が野口の敗北に終ったのち野口に背い
て「雪後庵」を再開するため野口とは遂に離婚した。』というのである。

 3.(一) このように「宴のあと」に登場してくる主要人物には
「野口雄賢」と「福沢かづ」という仮名が用いられているけれども以下
に指摘するようにこの小説が一般読者に与える印象としては「野口雄賢」
が原告、「福沢かづ」が畔上輝井をさしていることは明らかであり、そ
の効果は原告及び畔上輝井の実名を挙げた場合と異らない。

(中略)

 7.このように「宴のあと」は原告の私生活をほしいままにのぞき見
し、これを公表したものでありこれによって原告は平安な余生を送ろう
と一途に念じていた一身上に堪えがたい精神的苦痛を感じた。

そこで「宴のあと」の作者、発行者、発売者である被告等は共同して原
告に精神的苦痛を与えたものとして、原告に対し損害を賠償すべき義務
があるが、原告の損害を填補するには被告等が共同で請求の趣旨第1項
記載の謝罪広告を掲載し、且つ慰藉料として少くとも金100万円を支払わ
なければならない。

よって被告等に対し共同して請求の趣旨記載のとおりの謝罪広告および
慰藉料ならびに後者に対する本件訴状各送達の後である昭和36年3月
26日からその支払済まで年5分の割合による民法所定の遅延損害金の
支払を求める。>

裁判所は原告の主張を全面的に認め、「プライバシー」は流行語にもな
り日本人に定着した。画期的な裁判だったのである。

裁判は、「表現の自由」と「私生活をみだりに明かされない権利」とい
う論点で進められたが、1964年9月28日に東京地方裁判所で判決が出て、
三島側は80万円の損害賠償の支払いを命じられた。この後、1965年に有
田が死去したため、有田の遺族と三島との間に和解が成立した。

なお、当初この件で三島は友人である吉田健一(父親の吉田茂が外務省
時代に有田の同僚であった)に仲介を依頼したものの上手くいかず、こ
の事が後に三島と吉田が絶交に至る機縁になったといわれている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2008・03・23



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話 の 福 袋
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 ◎デング熱流行で47人以上が死亡=ブラジル

【大紀元日本3月23日】ブラジル政府20日の発表によれば、リオデジャネ
イロでデング熱が発生し、すでに47人の死亡が確認された。実際の死亡
者数はこの数倍と考えられている。

1時間ごとに50例以上の新たな病例が報告され、リオデジャネイロ地区の
公立病院の病室と医療物資の不足が心配される。

リオデジャネイロ連邦大学伝染病教授・米哥?斯基氏は、これは大災難で
あると指摘し、すでに感染している人が再び感染し、死亡者数は増加し
続けていると話した。

 
 ◎中国雲南省:M5・0の地震発生、1万5000人が被災

【大紀元日本3月23日】中国国家地震台ネットの測定によれば、21日20時
36分、中国雲南省盈江県のミャンマーと国境が接する地区(北緯24・5度、
東経97・6度)でマグニチュード5・0の地震が発生した。

中国のニュースネットによれば、震央は盈江県政府所在地から西南に
41km、ミャンマーとの国境にそう遠くない浪速村と銅壁関郷一帯で、こ
の地震の後に多くの余震が発生し盈江県を震撼させている。

盈江県最新の統計データによれば、この地震により7件の家屋が倒壊、損
壊した家屋3654件、壁の亀裂385m、塀の倒壊68m、壊された小中学校の校
舎20棟であった。
 

 ◎桜の箸 並木「育ての親」へ  故岩堀さん家族に贈る 

福井市足羽川の堤防強化工事で撤去された桜並木を思い出に残そうと、
「さくらのおはし」を製造した福井商工会議所青年部(福井YEG)は
22日、同並木の植樹、保全活動に尽くした故岩堀貞雄さんの家族に完成
した箸(はし)を贈った。

岩堀さんは、福井観光協会(現福井市観光協会)の初代事務局長。同協
会発足記念事業として1953年、桜の木の植樹を発案し、先頭に立って足
羽川堤防などの桜並木の整備に取り組んだ。退職後も毎日のように堤防
に通い、桜の木の世話を続けたという。

この日は、福井YEG商いの和委員会の松井良平委員長(28)と石川裕
夏副委員長(34)が、岩堀さんの長男邦雄さん(81)宅=同市照手四丁
目=を訪問。「YEGのメンバーがデザインから加工まで手掛けた、メ
ードイン福井の若狭塗箸です」と箸を手渡した。

邦雄さんは「(箸の持ち手の先にデザインされた)桜の花びらがいいね。
おやじが大事にした桜をこういう形で残していただき、感謝の気持ちで
いっぱい」とお礼を述べた。

また、父親の功績やエピソードなどが紹介された「平成さくら新聞」を
感慨深げに眺め、「足羽川の桜の景色を50年後も残したい」などと語っ
た。 福井新聞 3月23日午前10時05分


 ◎浅井長政ゆかり「和リンゴ」復活へ  湖北町の住民団体が接ぎ木  
 
 戦国武将・浅井長政ゆかりの「和リンゴ」を復活させようと、滋賀県湖
北町の住民団体が22日、同町伊部の小谷山山ろくで、リンゴの枝の接
ぎ木作業に汗を流した。「小谷城和りんご」と名付け、特産品化を目指
す。 

実の直径が4、5センチと小さな和リンゴは、平安時代から全国各地で
栽培されていたとされるが、西洋リンゴの普及でほとんど姿を消してし
まったという。 

湖北地方では約450年前、古橋村(現木之本町古橋)の三珠院からリンゴ
を献上された長政が礼状を記している。昨年7月に町民ら約100人で「小
谷城和りんごを復活する会」(柴垣勇会長)を設立、「彦根りんごを復
活する会」の協力を受け、栽培を始めた。 

この日は10アールのほ場で作業を行い、約70人が参加。300本の台木の先
端に和リンゴの穂木を接いでテープで固定した。3年後に2メートルほ
どの高さに成長するといい、柴垣会長は「長政の居城だった地を栽培拠
点にし、町内各地に植樹したい」と話している。  
Kyoto Shimbun 2008年3月23日(日) 
 
 
 ◎東北、トヨタ製造拠点に 宮城にエンジン工場
 
トヨタ自動車が宮城県に乗用車用エンジン工場を新設する方向で最終調
整に入った。関東自動車工業岩手工場(岩手県金ケ崎町)と、2010年に
宮城県大衡村で稼働するセントラル自動車(神奈川県相模原市)の新工
場にエンジンを供給する。エンジンは多数の部品で構成されるだけに、
地元企業の参入機会が増えると期待されている。

セントラル自動車の立地に伴い、既に1次サプライヤーのデンソー(愛
知県刈谷市)が福島県、トヨタ紡織(同)が宮城県に進出することが決
まっている。エンジン工場の立地が加われば、東北が東海、北部九州に
次ぐトヨタグループの生産拠点となり、関連産業の集積規模が拡大する。

車の生産は関自工岩手工場とセントラル自動車を合わせ、年間50万台近
くに上り、エンジン工場の進出を受け入れるのに十分な生産規模と言え
る。

トヨタ関係者はエンジン工場の宮城進出の理由として(1)2つの完成
車工場で生産する世界的な小型車の増産への対応(2)物流コストの削
減(3)人材確保のしやすさ(4)災害リスクの分散―を挙げる。原油
高で小型車の需要が高まり、トヨタのエンジン工場もフル稼働の状態で、
生産拠点を拡充する必要性にも迫られていた。

エンジン工場は、仙台北部中核工業団地(宮城県大和町)にあるトヨタ
自動車東北の敷地に建つとみられる。セントラル自動車が立地する第二
仙台北部中核工業団地の東側で、車で数分間の至近距離にある。

生産はトヨタ自動車東北が受託する方向で調整中。操業はセントラル自
動車が稼働する10年に始める公算が大きい。1500ccクラスの小型乗用
車のエンジンを年間20万基供給する。

エンジン工場の進出で、部品の現地調達率は大きく上昇し、地場企業に
とっては受注拡大のチャンスが広がる。

日本政策投資銀行の渡部速夫東北支店長は「エンジンは多数のパーツで
構成され、地元の企業が部品製造の受注を狙うには、トヨタの要求水準
まで技術力を高められるかどうかが課題だ」と指摘している。

宮城県の村井嘉浩知事は「完成車とエンジンの生産が実現すれば、ほか
の自動車メーカーの宮城を見る目も変わってくる」と波及効果を期待す
る。 
2008年03月23日日曜日  河北新報


 ◎新名神の功と罪 滋賀県…客増加、三重県…目立つ渋滞

新名神高速道路の亀山ジャンクション(JCT、三重県亀山市)−草津
田上インターチェンジ(IC、大津市)間が開通して23日で1カ月。滋
賀県内の観光施設にはぐんと近くなった中京圏からの来客が増えている。

一方で、三重県内では亀山JCTに接続する東名阪自動車道の渋滞が目
立つように。春の行楽シーズンを前に、開通の功罪が見てとれる。

陶芸体験や遊歩道の散策が楽しめる滋賀県甲賀市信楽町の「県立陶芸の
森」は、信楽ICから車でわずか10分。開通で目立って観光客が増加。
同館総務課は「開通前の平均来場者数は1日750人程度だったが、現在は
平日でもその2倍以上」と驚く。中日新聞 2008年3月23日 朝刊



━━━━━━━
反     響
━━━━━━━


 1)貴誌のみならず,マスコミや評論家諸氏において,現時点での日
銀総裁の不在問題について福田・小沢両氏の無策を批判しています.私
もそう感じておりましたが,私が最も長期にわたって購読しているメルマ
ガ「国際ニュース解説」発行者の田中宇(さかい)氏がマスコミ等をを否
定(どころか「国賊的」とまで批判)する内容を述べておられます.

もちろん福田・小沢両氏が彼らの任務・職責を果たしているか否かは別
問題としてありますが,貴誌「反響」欄で「町の投資家・NNの権兵衛」
さんがコメントされた様に,もう少し掲載意見に多様性があってもよい
のではないかと改めて感じました.以下,田中宇氏のメルマガ最新刊
「米露の接近,英の孤立」からの引用です.

田中宇氏のサイト:http://tanakanews.com/

<引用開始…

日本政府は、日銀総裁を4月上旬まで空席にすることにしたが、この戦
略は正しい。米金融界は今後4月前半にかけて崩壊していくだろうから、
ちょうどその時に、日本は日銀総裁がいない状態だ。

前回も書いたように、これは米政府から米国債の大量購入を頼まれるの
を防ぐため、福田首相と小沢民主党党首が談合して日銀総裁を決められ
ない状態にした疑いがある。

敗戦以来、日本政府は、アメリカから強く頼まれたことは断れない状態
にある。「日銀総裁が空席なので、決められません」「野党が反対して
ますので、できません」と言うぐらいが最大の戦略である。

日本のマスコミは、日米欧で協調してドルを支えねばならない時に日銀
総裁がいないのは福田政権の失策だ、という論調だが、これは国賊的な
間違いである。

米政府自身がドルを下落させている時に日本などが買い支えても、一時
しのぎ以上の効果はなく、結局買った米国債やドルが下がり、日本人の
税金が無駄遣いされるだけだ。

EUの中央銀行(ECB)は「米連銀は自らの失策の結果、金融崩壊を
激化させているのだから、ECBが連銀に協力して利下げする必要など
ない」と傍観する姿勢をとっている。日本政府も、同じ気持ちだろう。

対米従属の日本は、EUと同様の露骨さでアメリカを批判できないので、
代わりに日銀総裁空席作戦などで、米からの要請の回避を目論んでいる
のだろう。
http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2008/03/18/cnusfed118.xml
…引用終り>2008/3/23  大阪


 2)20日の19時10分に3日間の目まぐるしい九州の旅から帰ってきまし
た。

2日目の朝から青島で豪雨に見舞われ、ずぶ濡れの青島神社参拝から運命
の歯車が狂い始めました。

雨・風・霧で苛まれ、高千穂峡は何とか見えたものの阿蘇もやまなみハ
イウエーもただバスが走るだけでした。

しかも行き先ざきで温度の上下に遭い、今朝の湯布院散策では雨が止ん
でいたものの寒さに震えました。

今日の13時に博多駅に着いた時には雨も上がって気温も上昇、何のこと
やら。

鹿児島から宮崎を北上して思ったことは、農業、林業、おそらく漁業で
地元民が苦労して上げた収入を、銀行、保険、JA(しかも彼らは組合員
ものを売っている)等がかすめ取っているのではないかということ。道
路を整備しろなどと言う前の問題が大きすぎる気がしました。

我が国の農業は産業の規模に達せず、後継者もなく苦労しているところ
にこれらの搾取組織が取り囲んでいる気がしました。

しかも山また山では林業もアメリカの規模にはなり得ず、進出し来た大
手製造業の工場も少なく、ハンデばかり。北海道よりも条件が悪いとい
われる意味がよく解りました。

東国原知事が如何に頑張っても、所詮は小売業の一部が活気づくだけで、
根本的な解決には結びつかないかと危惧しました。

では、どうすれば良いのかは、私が考えることではないでしょう。あの
知事を持ち上げ持て囃して何の役に立つでしょう?

昨年の東北旅行、静岡県内の旅でも痛感したことですが、観光事業の促
進も結構ですが、バスを迎える駐車場の整理を高齢者がぽつんと座って
やっている有様や、高千穂峡の御茶屋でバスの駐車場に案内してくれる
シャトルバスサービスの手配を声を枯らして若者がやっている姿を見て、
地方の苦しみをあらためて認識した旅でした。日本は何としても内需の
喚起ではなく、内需の創造を真剣に考えねばならないのでしょう。
以上 前田正晶 


 3) はじめまして。ブッシュ政権に批判的な側の共和党員にとって、
イスラエルの言いなりになり、戦争制止の交渉でも全く無視され、逆に
学校や病院まで爆破したイスラエルの悪質な侵攻を増長させたライスで
は逆効果です。それがあるとすれば、マケインは間抜けだ。

まるで、ロックフェラー財団が秘密結社の力を集結してブッシュ大統領
の時のように、助言役キッシンジャーに影の権力の「根まわし」を始め
たかのようだ。ライスは彼らの手の内にある。共和党、最低の組み合わ
せだ。

3人とも大統領を簡単に操る気ではないだろうか。マケインが賢いこと
を祈る。

日本は企業は要警戒になるから守備を固めた方が良いかもしれません。

Commented by shinjitsu 



━━━━━━━
身 辺 雑 記
━━━━━━━


よんどころない旅から3日ぶりに23日午後帰京。東京は櫻が開花。散歩で
世話になる公園は連翹も満開で黄色が綺麗出し、欅も緑を増して急に春
が本格化した。

旅の間中、体調管理に神経が疲れた。特に食事時間を一定するのに苦労
した。団体旅行は私にはもはや絶対無理である事を思い知らされた。い
い経験だった。

「週刊」の筈が「日刊」になって久しい。主宰者の生活ペースもメルマ
ガ中心になっていたが、初めて休刊。ペースが乱れた。早く取り戻した
い。休刊中にも拘らずのご投稿に感謝いたします。

ご投稿、ご感想、ご意見を待っています。
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渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>

 
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大陸片隅浪人在厦門「一歩遠ざかった台湾:古澤 襄」「チベットの「文化殺戮」:服部充男」を拝読、「100歩遠ざかった祖国・07年安部政権崩壊」「日本の「文化殺戮完了」by GHQ」と改めて実感しております。祖国への回帰を標榜した安部政権を潰したのは日本国民自身、GHQに文化殺戮され”米国製新憲法”を後生大事にする人々なのです。(ただただ詠嘆のみ)<チベット人に対する最大の侮辱、人権侵害!!>「五輪前どうにも邪魔な生き仏」(朝日新聞平成20年3月20日声欄・朝日川柳)に、反歌「人権屋正体見たり枯れ朝日」(駄作)
日時:2008年3月24日


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