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渡部亮次郎のメイル・マガジン 頂門の一針 第949号
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平成19(2007)年10月01日(月)
北朝鮮経済制裁を延長へ:共同通信
ビルマの出来事、日本の役割:平井修一
田中首相訪中同行記:渡部亮次郎
中国の家電普及率:日経マーケット・アクセス
中国の児童人身売買:大紀元日本
話 の 福 袋
反 響
身 辺 雑 記
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第949号 発行周期 不定期(原則日曜日発行)
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北朝鮮経済制裁を延長へ
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町村官房長官「拉致で進展ない」
共同通信
政府は30日、北朝鮮に対する同国籍船舶の入港全面禁止や全品目輸入禁
止など、10月中旬に期限を迎える日本独自の経済制裁を半年間延長する
方針を固めた。北朝鮮による日本人拉致や、核開発問題を進展させるに
は「対話」とともに引き続き「圧力」が必要と判断した。
町村信孝官房長官は30日、都内で記者団に対し、北朝鮮との関係につい
て「基本的に拉致問題で何ら進展がない。制裁をやめたり、緩和する客
観情勢にはない」と表明。その上で「(拉致問題に)前進があれば条件
は変わるが、今の時点ではそう(継続の方向)だ」と強調した。
北朝鮮籍保有者の入国原則禁止、高級食材など24品目の輸出禁止、ミサ
イルや大量破壊兵器開発との関係が疑われる口座の凍結を継続すること
についても「同じだ」と述べた。 2007/09/30 12:55
南北会談で韓国が拉致提起 外相、中国に影響力要請
【ニューヨーク29日共同】高村正彦外相は29日午前(日本時間同日夜)、
ニューヨーク市内で韓国の宋旻淳外交通商相と会談した。宋氏は10月2
日からの南北首脳会談で、北朝鮮による日本人拉致問題を取り上げる方
針を表明。
高村氏は拉致、核問題を包括的に解決し日朝国交正常化実現を目指す意
欲を示し、韓国の支援を要請した。
宋氏が拉致と核問題の関係をただしたのに対し、高村氏は「拉致問題が
核問題の足を引っ張ることは決してない」と強調。宋氏は南北首脳会談
後、盧武鉉大統領に随行した韓国政府高官を日本に派遣し、会談内容に
ついて説明すると伝えた。
高村氏はこれに先立ち中国の楊潔☆外相とも会談し、ミャンマー情勢沈
静化に向け軍事政権に対する中国の影響力を行使するよう要請。楊氏は
「(反政府勢力と軍政の)双方が自制して事態が改善することを期待し
たい」と述べるにとどめた。
両氏は東シナ海のガス田共同開発問題を早期決着させるため、日中双方
が努力することで一致。楊氏は日本側が解決案を示すよう求めた。日中
首脳会談の早期実現に向け、外交ルートで調整することを確認した。
(注)☆は竹カンムリに后の一口が虎
2007/09/30 00:28 【共同通信】
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ビルマの出来事、日本の役割
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平井 修一
ビルマ(ミャンマー)軍政が牙を剥いた。日本人カメラマンは記者章を
首からぶら下げていたが、「カメラを構えているものを優先的に攻撃せ
よ」という指示があったのだろう、至近距離から射殺された。中共と同
じく、軍事独裁政権というものの凶暴性が世界中に発信された。
この事態をどうすべきか、世界中が困惑しているようだ。国連は何もで
きずにビルマ国民が危険にさらされている状態を放置している。
かつてカンボジアでポルポト独裁政府が数百万の国民を虐殺するのを拱
手傍観したように世界はビルマを見殺しにするのか。
国連に軍事力がなく、かつ、中共、ロシアという悪の帝国が足を引っ張
るから、国連は無力、張子の虎のようだ。
国境を接する中共は国際社会から軍事政権への影響力を行使せよ(事態
を軟着陸させろ)と言われている。
しかし、「2003年5月のスーチー女史拘束を受けて、米国が対ミャンマー
制裁法を新たに制定したことが国内産業への打撃となり、経済の鈍化を
招いている」(外務省)軍政を経済的かつ軍事的に応援してきたのは中
共だから、今さら「圧政をやめよ」などと言えるのか。
たとえ言ったところで「六四天安門に倣ったのだ。さもなければ政権が
崩壊してしまう」とやぶ蛇になるだけだろう。
隣国のタイはどうか。昨年、自らが軍事クーデターを起こしたばかりで、
とても干渉する余裕はないだろう。そもそも「軍政とタイ発電公社
(EGAT)とが共同して、ビルマ・タイを流れる国際河川サルウィン川に
複数の大型水力発電ダムを造る計画が進んでおり、2007年内にも建設が
始まろうとしている。
生産される電力の大部分はタイに輸出される予定」(burmainfo.org)
というから、国益の観点からも軍政と喧嘩はできまい。植民地時代に英
国の手先となってビルマ族を圧迫した少数民族のタイへの流入問題もあ
ってナイーブにならざるを得ない。
インドもパキスタンとの紛争を抱えており、ビルマには首を突っ込みた
くはないだろう。
ビルマの輸出相手国上位はタイ、インド、中国、日本、英国、ドイツ
(2004年度)だ。この6カ国プラスビルマの「7カ国協議」で軍政に民主
化を促すように仕向けるフレームを創れないものか。
日本は戦前、ビルマの英国からの独立を支援し、ともに戦った。ビルマ
は今でもその恩を忘れていないという。「ビルマ人はアジアを結合せし
めアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発
見せり。ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感
謝を永久に記録せんことを希望するものなり」(バーモウ・ビルマ元首
相の「独立宣言」)
福田政権でも「主張する外交」「自由、人権、民主の価値観外交」は継
続されたい。ビルマの歴史に再び日本の名を刻んで欲しいと願っている。
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田中首相訪中同行記
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将来の近きライバルと予想
渡部 亮次郎
以下は初の訪中から帰国直後、あるミニコミ紙(発行:昭和47年10月28日)
に執筆したものである。書棚の中から33年ぶりに取り出してみて「中国
は将来の"近きライバル“」と既に分析していたのを発見した。今月29日
が日中国交正常化への共同声明の調印日である。わたしはNHKを代表して
同行した。以下、同行記である。
『百聞は一見に如かず』と言うが、『群盲、象を撫でる』ともいう。
「中国見たまま」といったところで滞在期間がわずか6日間。目的が田中
首相の「同行」であってみれば私の「一見」が「百聞」以上のものだと
はいえない。
まして、同行記者80人の一員として、ぞろぞろ田中首相に従って歩いた
だけであってみれば「象を撫でない盲」にも劣る「訪中記」である。
しかも共産国ならどこでもそうであるように、猛烈な取材規制を受けな
がらの取材だったのであるから、お恥しい次第ではある。
端的にいって、田中訪中同行記者について中国側が初め言ってきたのは60
人。このうち首脳に3メートルまで近づける「近距離」の記者、カメラ記
者、 TVカメラマン、政府公式カメラマン、TV中継カメラマンは各2人で
計10人。それ以外(大部分)は会談場の玄関口でシャットアウトされる
「遠距離組」と言うものだった。
時として、いま西山事件【注】にもある如き方法さえ用いて、嘗て大平
外相をして「人の腹の中に手を突っ込む奴ら」と言わしめたほどの「マ
スコミ・アニマル」である当方としては大いなる不満を表明し、外務省
情報文化局を通じて規制緩和を要求した。
その結果、「推測記事がある程度、書かれるのは仕方がない。同行記者
数は20人増の80人とする」という最終回答があっただけで、“規制“は
緩まなかった。
パズルを解く記者たち
共産国のことだから、さらに「公共建造物の撮影、人民へのインタビュ
ー、家庭訪問、指定区域以外への外出について事前許可なくして行って
はならない」のは当然であった。
帰国後、週刊誌が「林彪事件や台湾問題について人民の反応も取材でき
なくて、何が同行記者か」と叩かれたが、事情も知らずして、80人の怠
け者が北京や上海をブラブラしただけと言う論評にはハラが立った。
正直な話「テメエ、やってみろよ」と言いたい。尤も例によって中国礼
賛が先に立って、規制を受けた取材であることなど、少しも書かなかっ
た方にも罪がある。
このように、田中訪中同行記者団は「見ざる聞かざる言わざる」の三重
苦に悩まされての取材だったが、中国の現状を見れば、こうした規制も
止むを得ざる措置だった、と言えなくもない。
テレビは白黒方式!のが全土に10万台(公式)しかない。7,500人に1台
の割合。1人民公社に1台あるかないか、というのが現状である。しかも
放送時間は夜7時から3時間だけ。
今日の事象は翌日の夜でなければ放送されない。中国側も「歴史の新し
い始まり」と高く評価した日中共同声明の調印式という「大ニュース」
でさえ、たしか翌日の夜まで放送されなかったはずだ。
中国人にとって、日本で言えば天皇以上である毛沢東主席と田中首相と
の”世紀の会見“でさえ翌28日の夜7時にならなければ放送されなかった
のだから。
ラジオはかなりある。だが日本のように実況放送されてない。今日のニ
ュースを今日中に伝える事はない。新聞はどうか。まず各戸配達は無い。
昼ごろスタンドに買いに行けば朝刊(人民日報)が手に入る。(だが面
白い記事などどこにも無い)
革命(建国)以来23年経ってこの有様であるから,以前はもっと低水準だ
ったと思われる。その間に人民と言う名の大衆は「ニュースとは翌日に
ならなければ分からぬもの」と思い込むようになった。
だからニュースに餓えるということも無くなったのではなかろうか。そ
ういうふうにまた指導者たちも思い込んでいるから、日本から80人もの
記者が来ることさえ驚きなら、相手のハラに手を突っ込むほど、手を変
え品をかえて接近取材をするなんて、思いもよらないことなのである。
万里の長城で、この規制を乱し「総理!そこで止まって、こっちを向い
て笑って」とカメラマンたちが田中首相に注文をつけるのを見ていた中
国人たちは「日本のマスコミというのは政治家を"指導“するのか」と驚
く、というよりもあきれていた。
田中、周恩来による首脳会談が4回、大平、姫鵬飛による外相会談が3回。
特別番組として田中の毛沢東"謁見”があった。しかしこれらの内容は誰
1人新聞記者が見ても聞いてもいたわけじゃない。
例外を除いては「発表することは何もありません」という二階堂官房長
官の"発表"をもとに、ああでもないこうでもないと組み立てた"推理小説
“である。
とはいっても前もって相当に勉強はして行ったから、発表の後交わされ
る二階堂氏とのやり取りから、さながらクロスワード・パズルを解くよ
うに会談内容を組み立てて行ったから”小説"とも言えない。
4回に及んだ首脳会談は、その都度、何を議題にしたのかは、もちろんい
まだに明らかにされていない。だから現地にいるときも、しつこく聞き
出すわけだが、首相をして「この人はなんでもしゃべる」と言わせた二
階堂氏も「なんとも申し上げられません」という返事を繰り返すのみ。
二階堂氏の顔色や目つきや、口許を見てのパズル解きであった。東京に
いるときなら、会見の後の夜討ち朝駆けの奇襲取材はお手の物なのだが、
北京では、二階堂氏は会見が終わるや否や雲を霞と迎賓館に閉じこもっ
てしまう。
仮に迎賓館に追いかけようにもタクシーが無い(制度としてない)し、
おっかけたところで門前の衛兵に阻止されてお終い。それでは電話でと
言っても、電話番号は公開されていない。
諦めず、夜の公式宴会で近付こうとしても不可能。テレビでご覧の通り、
丸テーブルに座ったまま誰も動けないからこれまた不可能。仮に立って
行ったって、3メートル以上は近づけない。
日本が得た成果は?
こんな状態であるから、例えば共同声明の調印式が予定より15分も遅れ
た理由が帰国まで分からなかった。日本と現場中継のマイクロ回線が繋
がっているから、東京から、どうしたんだと、やいのやいのと言ってく
るがどこにも聞きようが無い。
やっと、上海から帰国の途についた機中で田中首相から「中国側が3軍へ
の了解連絡に手間取ったため」と説明されてやっと分かった(政府が軍
に了解をとる、共産主義国家ならではだ)。
ついでながらもう富士山が見えるころになって田中首相は「会談は到着
当日、25日午後の1回目がヤマだった」と明かした。つまり過去における
日本軍国主義の残虐行為を水に流して再出発という日本。
対する中国は深い反省を要求して、初めから激しくぶつかりあった(の
ちに明らかになったことだが、過去の反省については、この日の夜に開
かれた招宴での田中挨拶の淡白さに中国側が激怒)結局「反省」の一札
をとられたのだった。
そう言われて共同声明を読めば、日本が得た成果は皆無である。なるほ
ど戦時賠償請求の放棄を得た事は成果だろうか。この事は1954{昭和29)
年7月、園田直、中曽根康弘、西村直己の各氏が強行訪中した際、中国首
脳から既に明かされてれていたものだ。
まさに「加害者の敗戦国」が「被害者たる戦勝国」にこてんぱんにやっ
つけられた正常化だったといえよう。もちろん日中正常化とはこういう
もんだとは予め分かっていた。だから慎重派と言う反対派があったのは
当然だった。
それを「それ急げ、やれ急げ」とマスコミが叫び、「いや、もっと慎重
に考えながら・・・」と言う慎重派がさながら非平和愛好家のように見
られると言う今の風潮は一考を要しよう。
熱しやすく冷めやすい大和民族の気風に乗っかって、戦後27年の懸案を
あっという間に処理して見せた田中内閣ではあるが、後世の史家がこれ
をなんと評価するか、興味深いところである。
日本人よ目を開け
中国について私は本だけで36冊読んで行った。忙しい取材の合間である
から4年ぐらいかけて読んだ。担当した自民党の派閥や領袖も中国問題に
ついては、取材でいわばハト派の河野一郎派から中間的な森、園田派、
タカ派の福田赳夫派(旧)やら賀屋興宣、岸信介、重宗雄三の各氏と言っ
た幅広い体験をして行った。
今(1972年)の日本人の主婦はマイホームととか電子レンジとか別荘を欲
しがっているが、中国の家庭の3種の神器は1に自転車、2にミシン、3
がラジオだと言うことだった。
着ているものも婦人ですら一種の国民服とでも言うのか嘗ての日本陸軍
の上着の色をグレイにしたものに同色のズボン。化粧は誰もしていない。
膨らみの足りない人は男と区別がつかない。
街に首都と言えどもタクシーは無い。バスはどれも満員。飛行機はおろ
か汽車にさえ乗ったことの無い人も多いはずである。まさに何十年前の
日本だろう。北京の中心部から少し行くと人糞を担いだ農民を何人も見
た。
しかしまた泥棒はもちろん犯罪ない(ことになっていたか)。高望みし
なければ明日への心配は無いかもしれない。しかし人間は高望みがいわ
ば本能である。(中略)
それよりもこれからの中国はどうなるか、日本との将来はどうなるかを
考えてみることの方が大事だろう。「資源の輸出国にも、消費物資の輸
入国にもならない」と周恩来首相は言った。
当面は日本の工業技術を輸入して近代工業国の建設に邁進するであろう。
技術知識の吸収は旺盛である。砂に水を吸わせる如くである。それはさ
ながら明治維新の先輩たちが西欧列強から知識を吸収しながら建国した
日本と同様であろう。
だが、知識を吸収した中国は遠からず世界市場で日本の強敵となって立
ちはだかるはずである。その時の用意はいま美酒に酔いしれている日本
国民にあるだろうか。疑問である。(了)
主宰者談:この後すぐ、周恩来、毛沢東の順にこの世を去った。見透か
したようにトウ小平が復活して4つの現代化政策と開放経済体制と、事実
上の資本主義体制に切り替え、異常な経済発展と軍の膨張を進めている。
田中首相の予想を上回った。
(注)西山事件とは毎日新聞政治部記者西山太吉氏による、沖縄返還交渉
にからむ外務省機密漏洩事件。西山記者が、かねて肉体関係を結んでい
た外務省外務審議官付き女性職員から交渉にからむ機密文書のコピーを
入手。
記事にせず、社会党(当時)横路孝弘議員に渡して衆議院予算委員会で
政府を追及させた。蓮見女史と共に西山記者は逮捕、起訴され執行猶予
付きの有罪判決が確定した。
事件をモデルにして『大地の子』『白い巨塔』『盆地』などの著作のあ
る小説家山崎豊子氏(毎日新聞出身)が『運命の人』を平成17年1月号か
ら月刊誌「文藝春秋」に連載した。
他方、西山氏は逮捕から33年経った2005年4月に行動を開始した。
<1972年の沖縄返還交渉に伴う日米間の密約を示す文書を入手して報道
し有罪判決を受けた元毎日新聞記者の西山太吉さん(73)が2005年4月25日
「密約を否定した当時の判決は誤りで不当な起訴で名誉を棄損された」と
し、約 3400万円の国家賠償を求め東京地裁に提訴した。
密約は「沖縄返還に伴う土地の復元補償費400万ドルを、米国に代わって
日本が肩代わりする」というもの。西山さんは71年、当時の外務省職員か
ら文書を入手して一部を報じ、72年に同職員とともに国家公務員法違反で
逮捕・起訴され、最高裁で懲役4月、執行猶予1年の有罪判決が確定した(1審
は無罪)。
しかしその後、00年に日米間の合意事項を示す文書が米公文書館で見つか
り、02年には密約が発覚しないよう、沖縄返還協定発効後に日米政府が口
裏合わせをした公文書も見つかっていた。> (毎日新聞のサイト)
2005・09・27「頂門の一針」184号 再掲
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中国の家電普及率
━━━━━━━━
日経マーケット・アクセス
中国農村部のテレビは100世帯当たり85台・
中国は面積が広く、人口も膨大なため、家電の市場として見る場合、一
言で「中国」という言葉で片付けられない状況にある。特に都市部と農
村部での貧富の差が大きく、家電の普及率にもその影響が大きく表れて
いる。(日経マーケット・アクセス)
中国国家統計局(National Bureau of Statistics of China)によると
2005年のテレビの100世帯当たり普及台数は、都市部で約130台、農村部
で約85台と差はあるものの、どちらも普及率は高い。ほぼ各家庭に1台と
いう状況だ。世帯数から考えるとテレビの設置台数は約4億台、そのブラ
ンドは中国メーカーが大半を占める。
一方、ここ数年で急速に普及しているのが携帯電話機だ。都市部で100世
帯当たり約130台に達し、農村部でも約50台普及している。農村部は00年
にわずか4台だったことを考えると、普及ペースがいかに速いかが分かる。
このペースが持続すれば、10年には農村部でも100世帯当たり約100台に
達することになる。携帯電話機でシェアの高いブランドは、テレビと異
なりフィンランド・ノキア社や米モトローラ社などの海外メーカーだ。
農村ではほとんど普及していないパソコンとデジカメ
逆に中国で普及が進んでいない機器は、パソコンとデジタル・スチル・
カメラ(デジカメ)だ。特に農村部の普及率が極端に低い。中国の都市
部でパソコン普及率は100世帯当たり50台弱だが、農村部では4台しかな
い。
デジカメも100世帯当たり都市部で約40台、農村部では2台しか普及して
いない。ロシアの人口1万人未満の町村と比べても、その低さが顕著だ。
中国の農村部の100世帯当たり普及台数を普及率とほぼ等しいとすると、
05年の中国農村部の携帯電話機普及率は約50%、急速に普及しているこ
とから06年には少なく見ても60%前後だろう。
ロシア農村部の普及率(38%)と比べると、約20ポイントも高い。しか
し、パソコンとデジカメの普及率は、06年でも中国農村部でそれぞれ4%
と2%程度、ロシア農村部の11%、4%と比べると中国は半分しか普及し
ていない。パソコンとデジカメがテレビや携帯電話機ほど生活必需品に
なっていない状況がよく分かる。
パソコンとデジカメの潜在需要は膨大
中国では働き口の多い都市部に人口が集まる傾向にある。05年に都市部
の人口は約5億人まで膨らんだ。都市部は富裕層も多く、必要とあればテ
レビや携帯電話機のように先進国並みに普及することは前述の通りだ。
すなわち、パソコンやデジカメ需要に火がつけば、大きな市場が期待で
きる。さらに農村部へと市場が拡大すれば、まだ普及していないだけに
その潜在需要は膨大だ。普及しているテレビや携帯電話機よりもむしろ
これから普及するパソコンなどの方が、今後の成長は大きい。(菊池 珠
夫)[2007年5月21日]
━━━━━━━━━
中国の児童人身売買
━━━━━━━━━
英テレビのドキュメンタリー、中国当局、放送阻止の構え
【大紀元日本9月26日】英テレビ「チャンネル4」が10月8日に放送予定に
している中国国内の児童人身売買および誘拐に関するドキュメンタリー
について、駐英国中国大使館は、事前にドキュメンタリーを提出し中国
当局の検閲を受けていないとして不満を示し、同ドキュメンタリーの放
送を阻止する構えだ。
英「タイムズ」によると、題名が「中国で盗まれた児童」のドキュメン
タリーは「チャンネル4」の制作チームが中国現地で秘密裏に撮影したも
ので、中国国内における児童の人身売買および誘拐の現象が普遍的であ
ることを示した。
制作チームはさらに、子供を失った親と子供を売った親の両方のインタ
ビューに成功し、誘拐された男児は女児より多い。男児は将来的に女児
より稼げるからだ。また、買う側はほとんど子供のいない家庭だという。
売春関係者に売り飛ばされた子供もいるという。
一方、裁判所を通じてドキュメンタリーの放送を阻止しようとしている
中国大使館は、英メディア監督部門「英国情報通信庁(OFCOM)」と連絡も
取り、チャンネル4の株主会に抗議の書簡をも出すと強調した。
事前に中国大使館へドキュメンタリーを提出しなかったことで、中国当
局が不満を示したことに対して、チャンネル4は中国大使館へ事前に映像
を提出する義務はないと回答した上、国連人身売買問題顧問ケビン・バ
ルス(Kevin Bales)氏がドキュメンタリーの中で、中国では毎年少なく
とも7万人の児童が誘拐または売買されていることを示す計3ページの証
拠書類も提出した。
中国大使館の報道参事官・趙上森氏は、チャンネル4に宛てた書簡の中で、
児童の人身売買は中国の一人っ子政策とは無関係だとし、ドキュメンタ
リーにある一部の内容は「極めて大きい欠陥があり、無知または簡単す
ぎるのだ」と指摘した。また、「中国に対してあれこれと批判すること
は良い結果をもたらさない」と脅かした。
これに対して、チャンネル4は、今回のドキュメンタリー放送終了後に、
中国大使館に対して適切な回答をすると示した。
チャンネル4は、1982年に英国で四番目のテレビ局(民放としては2番目)
として開局。今回のドキュメンタリーの制作チームによると、実は90年
代の半ばころに中国で一人っ子政策に関するドキュメンタリーも制作し
た。
中国国内で2番目に生まれた子供は孤児院に置いて行かれたり、遺棄され
たりした状況の内容だという。このドキュメンタリーは当時、中国政府
および英保守党政府間の外交衝突を引き起こしたという。
(記者・周成、翻訳/編集・余靜) (07/09/26 10:27)
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話 の 福 袋
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◎香川県民の56%「在宅死」希望−終末医療調査
終末期医療のあり方について、香川県民の半数以上が在宅死を希望しな
がらも、そのうち、現実に希望がかなうと考えているのは約2割にとど
まることが四国新聞社の調査で分かった。希望がかなわないと思う最大
の理由は家族への配慮。国は医療費抑制のため在宅での看取りを推進し
ているが、介護する家族の負担が重荷になっていることがあらためて浮
かび上がった。
調査は7月中旬、無作為に電話番号を抽出する電話調査法で行い、20歳
以上の868人から回答を得た。
調査結果では、終末期に死を迎える場所としてどこを希望するかとの問
いに対し、56・6%が「自宅」と回答。ほか「病院」が20・6%、「老人福
祉施設」が9・7%、「その他」が13・7%だった。
ただ、自宅を選んだ人のうち、「在宅死の希望がかなうと思う」と答え
たのは22・2%にすぎず、「思わない」が29・6%、「分からない」が48・1
%に上った。
希望がかなわない理由については、「家族への負担を考え遠慮する」が
38・9%と最多で、「家族による介護が期待できない」(28・5%)、「自
宅で適切な医療が受けられるか不安」(19・4%)などと続く。
男女別でみると、在宅死を希望する割合は男性62・4%に対し、女性は51
・8%と10ポイント以上低い。在宅死の希望がかなうと思わない割合も女
性の方が6ポイント高く、男性よりも厳しい見方をしている。
2005年の厚生労働省人口動態調査の県内分によると、医療機関で亡くな
った人の割合が81・7%だったのに対し、自宅で亡くなった人は11・2%だ
った。四国新聞 2007/09/30 09:33
◎122頭上場 高値維持/牛枝肉市場
全農青森県本部は29日、十和田市の十和田食肉センターで、本年度2回
目の肉牛産地枝肉市場を開いた。県内農家が手塩にかけて肥育した黒毛
和種122頭が上場され、平均取引単価(1キロ当たり)は前回比35円高
の2044円と高値を維持した。総取引額は1億21235万円だった。
同市場は「あおもり和牛」の銘柄確立を目的に2000年度から年2回開か
れている。通算15回目の今回は去勢牛77頭、雌牛45頭が上場された。競
りには県内外の食肉業者29社が参加し、肉色や脂肪の付き具合など
品質を見比べながら次々と落札していった。
東奥日報 2007年9月30日(日)
◎総務相が飯南で「くるまざ対話」
しっかりと、田舎の思いを受け止めました−。増田寛也総務相が29日、
地方に足を運び、その実態や住民らの声に耳を傾けて政策に反映させる
「くるまざ対話」の第一弾として、島根県飯南、邑南両町を訪れた。
飯南町花栗では、生産者ら約70人が手作りの野菜などを販売する産直市
「ぶなの里」を視察。スタッフらに「皆さんが頑張れば、地域が元気に
なる」と激励した。
自公政権は、7月の参院選で大敗。その要因となった都市と地方の「格
差解消」は、先に発足した福田政権にとって「至上命令」だけに、地方
再生担当相も兼ねる増田総務相の責任は重い。
一方で、数カ月前まで岩手県知事を務めており「地方」は得意分野。そ
の経験の上に立ち、行脚と対話を重ねる中で、再生策が見つかるか?。
山陰中央新報 30日
◎ とくしま動物園、夜間公開に3700人
夜の動物の生態を観察できる「夜の動物園」が29日、徳島市内のとくし
ま動物園で始まり、家族連れら約3700人が詰め掛けた。
午後6時の開園と同時に大勢が入園。ライトアップされた園内では、雄
たけびを上げて活発に動き回るライオンや、獲物を狙うかのように敷地
内をうろつくオオカミ、鮮やかなピンクが映えるフラミンゴの群れに子
供たちは興奮気味。
昼間とはひと味違った動物の様子を楽しんだ。昼間と同様、元気に草を
食べるキリンのイッペイにも多くの来園者が集まった。
助任小4年の日下芽衣さん(10)は「ちょっと怖かったけど、昼間とは
違う動物の行動が分かって楽しかった」と話した。
また、こども動物園ではヒツジやヤギ、リスザルなどが人気を集めた。
モルモットやウサギとのふれあいやボランティアによる紙芝居もあり、
園内は閉園時間の九時までにぎわった。
夜の動物園は今年で5年目。10月6日、13日、20日(いずれも土曜日)
にも開かれる。徳島新聞 2007/09/30 10:33
◎「くんち373年展」 長崎歴史文化博物館で開幕
1634(寛永11)年、長崎市の諏訪神社の大祭として始まった長崎くんち
の歴史と文化を一堂に紹介する「くんち373年展」(長崎歴史文化博
物館主催、長崎新聞社、NBC長崎放送、長崎伝統芸能振興会共催)が
29日、同市立山1丁目の同館で始まった。10月21日まで。
開場式には諏訪神社の大神照彦宮司ら約70人が出席。大堀哲同館長は
「三百七十三年間絶えることなく受け継がれてきた長崎くんちは、第一
級の芸術ともいえる。長崎刺繍(ししゅう)の高度に発達した匠(たく
み)の技を見てほしい」とあいさつ。主催者らがテープカットし、開幕
を祝った。
会場には、踊り町から借りた17点を含む約70点を展示。豪華絢爛(けん
らん)なエビの刺繍が施された「船大工町川船船頭衣装」(福砂屋所蔵)
をはじめ、タイやタコなど29種の魚介類を長崎刺繍で表現した万屋町傘
鉾垂(かさぼこたれ)刺繍などが並び、精巧な伝統工芸を鑑賞すること
ができる。
大神宮司は「長崎くんちの発展史としてだけでなく、くんちから生まれ
た文化の広がりが分かる展覧会」と話していた。長崎新聞 30日
◎中国国防専門家、遺体バラバラ事件
【大紀元日本9月30日】中国著名国防専門家・!)小華氏(42)=南京理工大
学マイクロ波エンジニアリング研究センター主任、南京大学教授=は9月
12日、少し前に杭州で殺害され遺体はバラバラにされ、車の中に遺棄され
たという。
情報筋によると、容疑者はすでに拘束されたが、身元はまだ確認できて
いないという。一方、中国政府関係メディアは今回の事件に関して一切
報道はしていない。
米VOAによると、被害者・!)氏は今年の中国工程(エンジニア)院メン
バーの候補になっていたという。また、香港の中国人権民主運動情報セ
ンターによると、!)氏の研究項目は中国軍部の最先端の衛星、空中警告
予測機および最新型航空機の関連技術に関わっており、当局はすでに調
査チームを設立し、事件の真相調査に取り組んだという。
しかし、政府側は情報公開していないため、政府関連メディアもこの事
件についての報道はない。
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反 響
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1)毎号、知識の源にしようと懸命に読んでおります。「読ませて頂
いております」といった語調を、大谷英彦氏が嫌っておりましたが、私
も何とも言えない「嫌らしさ」を感じます。
アウンサン・スーチーのこと、福田総理のこと、奄美大島のこと等々、
情報というか物事には裏表があると痛感して読みました。これは"Every
coin has two sides."という英語の諺を受けたもので す。
お恥ずかしながら会社引退後に某大学の社会学のゼミで、こともあろう
に「マスコミに就職希望の学生のために」と題して一コマ語ったことが
ありました。その際に強調したことがこの「コインの両面」でした。
それはマスコミが好む論調に「真実は一つ」があります。私はその欺瞞
性を説いたのです。いや、正そうとしましたのです。私の持論は「出来
事は一つであり、それを見る者の主観、知識、認識、場所、角度、道具、
経験、文化によって、認識できた、見えてきた真実の絵は全く異なって
くる」なのです。
人によって見えた真実が異なってくるから、マスコミ希望ならば物事を
正しく見分ける目と自らの立場を確立することに努力せよ」などと、天
をも怖れぬことを、汗をかきながら語ってきました。
さらに、情報を受ける側=読者や視聴者がその立場を鮮明にしていれば、
話は違ってきますが。しかし、後刻所謂知識人に聞けば、この自ら編み
出しと自負していた考え方は、名前すらも覚えていませんが、ある学者
だったかが確立した有名な理論だったそうでした。「無学者は論に負け
ず」と、不勉強を恥じました。
39年間の国内外の会社員歴と、その後の自由業歴で学んだことから考え
たことは、場合によっては剽窃と捉えられかねないものだと知り、汗顔
の至りでした。
だが、私の恥は兎も角、スーチーさん礼賛や、(今のうちだけかも知れ
ない?)福田首相支持的な言論は、如何なものかと思います。我が国と
雖も、全国的に民度が平均して高いとは言えないと危惧します。
そのような「コインの片面」だけを捉えたマスコミや所謂識者の言動が
何をもたらすかを、マスコミは良く考えて貰いたいと思います。だが、
中には確信犯的に自社のよって立つところを明確にしている新聞もあり、
その信者がまた多いことも「コインの片面」かと思わずにはいられませ
ん。
このような経験論的な考え方から、日米相互理解の目を覆わせられるよ
うな不足を少しでも解消せねばと考えて行動してきました。ある大学の
講師は「その相互の認識不足振りは、40年連れ添っても解り合っていな
い夫婦間のようだ」と皮肉を言われました。これを聞いて抱腹絶倒して
いる場合ではありますまい。
「コインの両面」論から外れました。思うに、マスコミとは難しい仕事
をしています。これこそが伝えるべき面だと思ったことが、とんでもな
い裏側だったり、あるいは最初から裏側を見せて与論誘導したりせねば
ならぬ場合があるなどと。今後とも宜しくお願い致します。 前田正晶
2)海外暮しも30年を越えました。現在メルボルンで暮らしておりま
すが、今回のハノイ喜怒哀楽を読んでちょっと違和感を持ちましたので、
一言だけ。
国際的な事故報道の中で『自国民は被害を受けていない』とマスコミが
報道するのは、僕が知っている限り、日本に限ったことではなく、殆ど
の外国のマスコミの報道姿勢も同じです。
ここオーストラリアのマスコミも海外で事故が発生する度に「オースト
ラリア人は死傷者の中には含まれていない模様」と報道していますし、
事故の場所にたまたま旅行や仕事で行っている人の身内の人たちは「含
まれていない」報道で、ほっとしていると思います。
勿論報道姿勢によっては問題があるでしょうが、自国民の事故者なしの
報道はあってもいいのではないかと思っています。
とかく「日本人は・・・」と自分達を良い面でも悪い面でも特別視する
傾向が日本人には多いように感じていますが、日本人も外国人も文化・
風習での違いはあっても、人間としての基本的な感情にはどこの国の人
も違いはなく、従ってマスコミの取材方法、報道方法も国によって大き
な違いはないものだと 30年間の海外生活の中で知らされたことでした。
(KS生)
3)いつも有意義なメルマガありがとうございます。ちなみにアウン
サンスーチーのことについて、より本当の事を教えていただけないでし
ょうか。
約10年ほど前、スーチー女史の取材録のようなものを古本屋で見つけ一
気に読み終えた時に感じた内容と、このメルマガでいうところの英国に
よる再植民地化の先兵のような記述にどうしても納得がいかないのです。
どうかよろしくお願いいたします。 (46歳・フリーランス)
4)948号拝読。
[ウィキペディアによる「経歴」に「1988年4月、ビルマをイギリスの植
民地にするために戻る」とある。するとアウンサンスーチーはビルマと
言う独立国をイギリスの植民地に戻すと言うとんでもない事をするため
に国内の混乱を狙う運動の指導者なのだ。]
[なるほど・ザ・ニュース 取材/ジャーナリスト・金子保知軍事政権は
1990年、総選挙を実施しました。結果はスーチーさん率いるNLDが議席の
8割以上を獲得という、文字どおりの圧勝でした。しかし、軍事政権は
政権の委譲を拒否。
1度も議会を開くことなく、以後5年間に渡ってスーチーさんを自宅軟
禁したのです。自宅軟禁とは一歩も自宅から出てはいけないし、誰も自
宅に入れてはならないというもので、つねに軍事政権に監視されていま
した。この間、1991年には、非暴力の活動が評価されスーチーさんに
「ノーベル平和賞」が授与されました。]
[http://www.scdb.org/index.html ビルマ民主化支援会 2003年5月30日
北ビルマ・ザガイン管区を遊説中のアウンサンスーチーさんとNLD一行
を、軍が計画的に襲撃(ディペーイン虐殺事件)。少なくとも70名が死
亡、200を超える人々が負傷・行方不明となり、また不当に逮捕・拘束さ
れた。アウンサンスーチー書記長、ティンウー副議長も逮捕され、2005
年2月4日現在も自宅拘束中。]
[ビルマ?人権状況に関する国別報告書(2005 年版)米国国務省民主主義
・人権・労働局 2006 年 3 月 8 日
1990年には総選挙がおおむね自由かつ公正に行われ、民主化政党が総議
席の8割以上を獲得したが、軍政はこの結果を認めていない。]
私としては何が何だか判らないのであります。(北海道)
主宰者より:アンブロサクソンは結構汚い。昔とは言え、植民地を沢山
持っていて収奪し、人民を苦しめて平気だったことからしてその犯罪性
が証明される。軍事政権は納得できないが、宗主国英国の罪に比べれば
未だ小さい。昔の罪に慄いて軍事政権を止めさせられないのが大国では
ないのか。
父親がイギリスと戦って独立を目指したというのに娘はなぜイギリス人
と結婚したか。どうして父親を侮辱する娘が軍事政権反対を叫んだから
と言って立派なのか。
ノーベル平和賞を与えられた人だからと言って平和主義者とは断定でき
ない。古くは佐藤栄作、金大中どうです。とにかくスーチーはミャンマ
ーを英国の植民地に戻そうというのだから歴史に逆行している。
軍事政権がいかに独裁だからと言っても植民地の方がいいというのは納
得できない。相手の厭がる靖国参拝はしないという福田康夫とどこか似
ていないか。
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身 辺 雑 記
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東京湾岸は10月が雨天で明けた。建国記念日といわれている今日の人民
の気持はどうだろうか。ミャンマー派もっとだろうか。それにしても祖
国を再び植民地にしようとする気が知れない。
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渡部 亮次郎 <ryochan@polka.plala.or.jp>
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