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2008-9-1
NYニッチ激コラム
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NO.282 今月のニッチ
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「ジャマイカの記憶・ジーン」 Text by Sally
この夏は嫌で嫌で延期していたスピーチクラスをどうしても取らねばならなった。シラーっとした20代の生徒たちの前で話すのって結構憂鬱。
しかし。予想に反し、私はクラスメイトのほとんどが40歳以上の子持ち女性という、やけにアットホームなクラスに恵まれた。夏は働いている合間に来るパートタイムの生徒が多いせいだ。
スピーチの中でジョークを放てば、ドリフのおばちゃんたちのように、狙い通りに笑ってくれる。おおっ、なんて話しやすいんだ!おかげで、いつもよりはずっと緊張が少なかった。
不思議なことに、その女性陣はほとんどがジャマイカンでナースという共通点もあった。休憩となると、誰かしらマンゴーだのパパイヤだのの皮をむき始め、みんなに配りながら仕事や子どもについてのおしゃべりが始まった。
その光景はまるで、ナースステーションかママさんバレーボールチーム。
中でも一番目立っていたのが、ブルックリンのある病院の婦長を務めているという、ジャマイカンのジーン。50歳とは思えないほどの鍛えられた筋肉と鋭い目を持ち、髪は短く声は低い。授業中はよく発言し、クラスでプロジェクトをやれば、パワフルに仕切りまくり。
そんな責任感の強いジーンも、なぜか昼の12:00になると、たとえ授業が途中であろうとも必ずバッグをつかんで教室から出て行った。毎回だ。
一体どこの行くのかと聞いてみたら、なんてことない、外のベンチでだんなとランチをするのだと言う。
ジーンは大学の近くに住んでいる。家で仕事をしているだんなは、毎日昼になるとランチを作って大学に来て、ジーンと仲良くベンチに並んで食べる。何てマメなだんな!と思いきや、それには訳があった。二人はオーガニックフードしか食べないのだ。
大学のカフェテリアはオーガニックとは無縁。だんなにとっても、近所はファーストフードの店ばかり。それでいつもオーガニックフードを持参して二人で食べているのだった。
実は、ジーンはこのせいで、他のジャマイカン女性たちからちょっと敬遠されていた。よく「オーガニックじゃなきゃ食べ物じゃない」みたいな言い方をするからだ。そういうとき、傍らでカフェテリアのフレンチフライを食べているクラスメイトにとっては、ちょっとカチンときちゃうんだよね。
一度、ジーンを除くジャマイカンナースの面々がランチを食べているところにまざったら、彼女たちはちょうどジーンの悪口を言っていた。
「婦長だからっていばっちゃってさ」
「彼女はどうも他のジャマイカンと違うわ」
「お金があれば私だってオーガニックフードを買うわよ!」
…うーん。やっぱり国境を越えても、女が集まるとこうなるなあ。「お金があれば」というのは同感だけど。
翌日、ちょうどカフェテリアに行く途中に、ジーンとだんなの前を通りかかったら、「サンドウィッチが余分にあるからどお?」と誘われ、今度は彼らとランチを共にすることになった。
ビーフも野菜もパンもすべてオーガニックのサンドウィッチをいただきながら、私は、彼らの徹底した食生活、さらにはリサイクルやコンポストの話も聞いた。
「私にとっては、別に今のエコブームに乗ってのことじゃないのよ、ごく自然なことなの」と、ジーン。
彼女は9歳までジャマイカにいた。ジャマイカにいたときは、燦々と降り注ぐ太陽だけで育ったフルーツや、獲れたてのやしの実を常に味わっていた。そして木ややしの実の皮などを利用した家庭用品に囲まれていた。
「それがアメリカに来てびっくりよ!なんたるごみの山、そして不健康な食べ物!」
それでもジーンはティーンエイジをアメリカで過ごすうちにだんだん消費社会に染まっていった。自分もファーストフードを食べ、プラスティックを使うことや使い捨てに慣れてしまった。
しかし、25歳のときに転機が訪れた。ジーンは、ジャマイカに帰省中、ビーチであるイギリス人男性から声をかけられた。
ビーチにナンパはつきもの、いつもはそんな男どもには見向きもしないジーンだったが、なぜかとても話しやすいその男性に魅かれてしまった。二人はあっという間に恋に落ち、その後ニューヨークで再会。それが今のだんなさまである。
ジーンは結婚を機に、「だんなと出会ったジャマイカの自然は、やはり自分にとってかけがえのないもの」と改めて思い出した。そして、そこから食材にこだわることやものを無駄にしないという生活に変わったのだそうだ。いや、「回帰」というべきか。
ジャマイカが大好きなだんなの方も、そういったこだわりの生活に賛同した。もっとも、以前は今のようにオーガニックフードが手軽に手に入るわけではなかったので、「完全オーガニック生活」はできなかったそうだが。
しかし、こだわり始めると止まらないのが人というもの。ジーンは数年前に、自慢の長いドレッドヘアもばっさり切って、今は出家した尼さんのよう。
「ドレッドはジャマイカンのしるしみたいなもんだからさすがに迷ったけどね。でも水やシャンプー、時間もお金もをびっくりするくらい節約できたから、今はよかったと思っているわ。」とジーン。
さらに、この夫婦は携帯電話も使用しないそうだ。
「友だちもお隣さんも、やっぱり顔を合わせて話すべきよね。子どもの頃はみんなそうしていたし、とても暖かい雰囲気があったもの。」
健康、環境、そしてコミュニケーションと、現代人がおろそかにしそうなことを、ジャマイカの記憶をもとに、ジーンはだんなとともに徹底してこだわっているのだった。
他のジャマイカンのクラスメイトは、どうも仕事柄ジーンを「口うるさい婦長」と捉えてしまうようだ。でも、田舎育ちの私は、ジーンの話すジャマイカの記憶が、自分の子どもの頃の思い出に似ていたので、なんだか彼女のこだわりがわかるような気がした。
それにしても、授業を抜け出すのはよくないけどね、ジーン!
★ジーンの生まれた国:ジャマイカ(Jamaica)
1670年に英領植民地となる。1962年独立、首都キングストン。人口約270万人のうち、アフリカ系黒人が91%を占め、人々は英語を話す。
ニューヨークではブルックリンに多くのジャマイカン、またはジャマイカン・アメリカンが住む。
*Data:外務省HP http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jamaica/data.html
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