出たっきり邦人・アジア編 |
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□■□■ 出たっきり邦人・アジア編・332号 06・11・10 □■□■
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のんきぃのんの現在進行バンコク駐在妻らいふ
その14
「クーデターとパティワット」
あれだけざんざん降っていた雷雨(スコール)がそういえば最近ないな、と
思うと、ある朝、起きて窓を開けると、風がさわやかで涼しい。
おお、やった、ようやく乾季がやってきたぞ。
今年の雨季は本当に雨が多かった。
もちろん、南国の雨なので、日本の梅雨のように一日中降るということはな
いのですが、夕方になるとバケツをひっくり返したようにどどどどどーっと
降る。おまけに天変地異かと思うような、耳をつんざく雷。
今年は各地で洪水の被害も多く、都心を貫く大河チャオプラヤー(メナム)
も危険水域に突入。ひやひやしているうちに、乾季がやってきてセーフ、と
いう感じです。
5月から10月末の雨季に対して、乾季はだいたい11月から2月。この時
期は本当に全然スコールが降りません。朝夕の大気も涼しく、おしゃれなタ
イ人はセーターや長袖のジャケットを着込む。
いや、日本人からしたら半袖で十分なんですが。
雨が降らない乾季はまたオープンエアの季節でもあり、期間限定のビアガー
デンがあちこちで開きます。
乾季はまさしくタイのベストシーズン。
「旅行するならこの時期がお勧めですよ」
と旅行会社に言われた方もいるのではないでしょうか。
そうそう、こんなうきうきした季節の到来をお祝いするかのように盛大に行
われる伝統行事があります。
それが「ローイクラトン」。
ローイは「浮かべる」、クラトンは「灯篭」。
ローイクラトンは、タイの灯篭流しのお祭りです。行われるのは旧暦12月
の満月の夜。今年は11月5日になりました。
夕方、街に繰り出すと、あちこちの屋台で手作りのクラトン(灯篭)を売っ
ています。クラトンはバナナの幹を輪切りにした台に、バナナの葉を使って
ハスの花のように美しく仕上げてあり、紙の花で色とりどりに飾られた真ん
中には、必ず線香とロウソクが差してあります。
道端で、大きなクラトンを買います。80バーツ(240円)。
小さいのは40バーツから、豪華なのはそれこそ何千バーツまで。
願い事の大きさに合わせて買うのでしょうか。
クラトンを流す水辺は、一番人気はもちろんチャオプラヤー(メナム)です
が、ここは大人気なのでいつも大混雑。
本来は水辺なら、どこでもいいのです。
川や池や運河、マンションならプールに浮かべるところもあります。
近くの公園に赴くと、もう大勢の人が池にクラトンを浮かべに来ていました。
自分のクラトンにも火をともし、水にそっと置いてみました。
正式には小銭も入れて、自分のかなえたい願い事を心の中でつぶやきます。
日がだんだん落ちて辺りが暗くなっていき、ロウソクの火を灯したたくさん
のクラトンが、風にすーっと流れて岸を離れていきます。
まるで光るハスの花の群れのよう。
その様はとても幻想的で風情があり、恋人たちの行事と言われるのも納得で
す。空を見上げると、雨季が終わって雲ひとつ無い夜空に、こうこうと満月
が輝いていました。
さて、すっかり遠い昔のような気がしていますが、先々月は、タイ発の大ニ
ュースが世界を駆け巡りました。
「タイでクーデター!」
その日、夫は珍しく早く9時過ぎに帰ってきました。
「知り合いのタイ人からケータイに電話があったんだよ。
なんか大変なことが起こっているみたいだから、早く帰ったほうがいいって。
なんかニュースある?」
その時はテレビも平常そのものでした。
でも思えばそれが、第一報でした。
その頃、戦車が列をなして都心方面に向かい始め、その異様な光景を目撃し
た人の携帯から携帯へ、情報は瞬く間に飛び交っていたのです。
第二報。真夜中1時半過ぎ。
電話の音でたたき起こされました。
日本人学校の連絡網でした。
「軍部が政権をおさえて国の機能が停止したようです。
明日の学校は休校になります。」
私がクーデターという事実を知ったのは、この真夜中の緊急電話でした。
ちなみに、日本人学校の連絡網は、最初から最後まで、「クーデター」という
言葉を使いませんでした。
まるで周りを掻くように、「今回の政変」。
軍部の声明が出たのが夜の11時。
その二時間後という日本人学校の対応は、かなり早かったといえましょう。
危機管理のしっかりしている日本の企業は、もっと対応が早かったらしい。
そして、在タイ日本大使館の緊急メールが発信されたのは明けて朝10時。
「遅い!」
という一部の批判もごもっとも。
子どもをインターに通わせている台湾人の友人は、
「学校からなんて、なーんにも連絡なかったよ。さすがに今日はないだろう、
と朝こっちから電話したら、もちろんありませんよって感じヨ。
さすが、日本人学校はしっかりしてるねぇ」
と妙に感心されてしまいました。
しかし、正直なところ、タイ人には「クーデター」という言葉の強さほどの
自覚はなかったかもしれない、と思います。
タイの外側では「クーデター」「クーデター」と大々的に報道され、「クーデ
ターの割には静かで流血がない」のような書かれ方でしたが、タイ国内では、
実は「クーデター」という言い方をしていません。
「パティワット(革命)」と呼ぶんですね。
パティワット(革命)の報が流れたとたん、反タクシンの牙城バンコクでは
みな万歳しかねないばかりという感じだったそうですが、バンコク市民の支
持率は、驚異の70パーセント台だったとか。
なにしろ、タクシン氏はゾンビもびっくりの不死身の首相。
彼は非常な実力者なのですが、とにかく、腐敗の噂が絶えなかった。
日本なら普通、倫理にもとる株取引がばれちゃった時点でアウト、首相引退
のはずです。
ところがのらりくらり、絶対に辞めない。
怒ったバンコク市民団体が、再三の大規模なデモを繰り広げるも、効果なし。
批判の収束を狙ったのか、解散総選挙を行い、タクシン与党は圧倒的な勝利。
この選挙も、本当に公正に行われたかどうか怪しいという批判があるのです
が、とにかく
「これで文句ないでしょう」
とばかりに、首相続投を宣言。
ところがここでおそらく、国王陛下から
「いい加減にしなさい」
と釘をさされたはずです。
勝利の翌日に国王陛下に謁見し、直後に涙を浮かべて
「首相を辞める」
声明を出したからです。
タクシン辞任表明、のニュースは国際社会にも割と大きく報道され、
「やれやれ、やっと辞めるか」
と誰もが思いました。
ところが、テレビを見るとびっくり。
「あれれ???なんでまだ辞めてないの???」
そのあと数ヶ月もずるずると、後任がいないからと「暫定首相」の肩書きで、
やっていることは首相そのものでした。
6月のプミポン国王在位60周年式典も首相として仕切っていました。
そのうち、「やっぱりあの選挙、ちゃんと公正にやってなかったでしょ」と裁
判所からやりなおしを命じられると、なんと
「やっぱりもう一回、首相やっちゃおうかな」
という発言になってしまったのです。
「いい加減にしろ〜!!!!」
というのが、今回のクーデター、というわけです。
残念ながら、選挙による民主主義がうまく働いていないこの国にとって、軍
部の介入という最終手段は、おそらくブレーカーのような働きをしている、
という解説をしていたメディアもあります。
タイ的には、
「クーデターをいいとは言わないが、必要悪のものだった」
と言うところでしょう。
ただし、この手段は、非常にイメージが悪いという大欠陥があります。
タイ国内、特にバンコク都下では、腐敗した政治家を一刀両断した痛快な「革
命」なのかもしれませんが、外から見れば、形はあくまで「クーデター」。
「民主的な選挙で選ばれた首相を、暴力で追い出した」
という見方しか、ありえない。
なぜなら、国際的には、「選挙は民主的」という絶対的な前提があるからです
よね。しかし、選挙民主主義が万能なシステムかというと、そうでもない、
ということが、タイのお国事情を見ているとよく分かります。
いくら批判されようと、腐敗を指摘されようと、自分の地盤をがっちり固め
ている政治家は、何回選挙をやっても勝利して出てくる。そして、その選挙
自体も本当に公正かどうか、はなはだ怪しい、というわけです。
言葉というのは、本当に力があります。
同じ出来事なのに、タイの中では、「パティワット(革命)」としか呼びよう
がありません。しかし、タイの外に行くと、オセロの駒を全部黒にひっくり
返したように、それは「クーデター」になるのです。
いずれにしろ、無理やり首を切られた格好のタクシン氏ですが、あれほど権
勢を誇ったのを思えば、9月19日の一夜を境にしてのその立場の変わりよ
うは、ちょっと気の毒にも思えてしまいます。
タクシン氏は、確かに清廉とは程遠く、都市部とマスコミには非常に受けの
悪かったワンマン首相でしたが、とっても有能だったことに、疑問の余地は
ありません。
タイの経済の躍進は、彼の手腕の成果に他なりません。
富める都市部に置いていかれた格好の農村部に、30バーツ医療や融資貸付、
一村一品運動など、現実的で実行可能なアイディアを次々実現していき、今
でも、農村部では絶対的な人気があります。
この30バーツ医療(誰でも医療を受けられる)も、タクシン氏なきあと、
存続はかなり厳しい。
タイの躍進に少なからず功績があった人物への処遇が、ほとんど国外追放。
(氏は帰国を希望しています)
そして仲間の投獄。
プロジェクトの白紙撤回。
タクシン与党(愛国党)の事実上の消滅。
オール オア ナッシング。
いやはや、政治の世界は厳しい。
栄華盛衰、おごれるものは久しからず。
宮尾登美子の「平家物語」を読んだことがありますが、
栄華を誇った平家の転落が始まったのは、富めるだけ富んでいた平家なのに、
さらに欲をかいて、さる領地をもらえなかったことに不満を持ち、天皇を拘
束する暴挙に出たことから。
首相になって5年、おそらく利権絡みで富めるだけ富んで、力量を思う存分
発揮したはずなのに、まだやれる、まだやりたい、と粘りに粘って、引き際
の潮の流れを読めなかった。
日本語には、なんてぴったりの言葉があるんでしょう。
そう、人間、引き際が肝心。
もしきちんと引けていたら、故国を追われることもなく、功績をなしにされ
ることもなかっただろうに。
そして、「もう遅れた国じゃない」とがんばって発展してきたタイも、「クー
デターだなんて、やっぱり、野蛮な国ねぇ」と後ろ指さされることもなかっ
ただろうに。
本当に、ちょっぴり、残念です。
のん@バンコク
ご意見・ご感想はこちらまで。
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*次回は11月17日(金)揚州さん・上海からの配信です。お楽しみに!
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