こうじ神父今週の説教 |
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
感謝を込めて☆彡
●メルマガ「こうじ神父・今週のお説教」をもとに、文庫本の形で説教集を印刷
しました。「取って食べなさい」というタイトルです。2004年に発行した「B年
説教集」と「C年説教集」は残り200冊ですが、2006年12月に発行した「A年説
教集」はまだまだあります。もしよかったらメールでご一報ください。
●文庫本は、B年のみ700円、C年とA年は800円の頒布価です。冊子小包で郵送
しますので、送料込みの代金を「ぱるる」に送っていただければ幸いです。参考
までに、1冊のみの送料は210円、2冊で290円、3冊で340円となっています。
●説教集をご希望の方は、必ず郵便番号、住所、氏名をお知らせ下さい。よろし
くお願いいたします。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
当メルマガをご購読いただき、ありがとうございます。
(参考)実際の声を確かめながら読みたい方はこちらをクリック
↓↓説教者の意図が、より自然に伝わます。↓↓
http://hanashi-no-mori.news-site.net/voice/80224.mp3
(音声ファイルは、MP3形式です。再生ソフトをを用意してください。)
‥‥‥†‥‥‥‥
こうじ神父
「今週の説教」
08/02/24(No.343)
‥‥‥†‥‥‥‥
四旬節第3主日
(ヨハネ4:5-15,19b-26,39a,40-42)
その人があなたに生きた水を与えます
‥‥‥†‥‥‥‥
イエスは言います。「『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っ
ていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与え
たことであろう」(4・10)。イエスのこの言葉に、私は2005年8月に公開され
た映画「マザー・テレサ」の1つの場面を重ねて考えました。
オリビア・ハッセー演じるマザー・テレサは、駅で倒れて動けなくなっている人
に目が留まりました。その人は身動き一つしませんでしたが、この人を通して
「もっとも貧しい人々の中に、『水を飲ませてください』と言っているイエス・
キリストを見た」と告白しています。彼女のこの体験が、その後の生き方を決定
づけました。
マザー・テレサは、インドのもっとも貧しい地域の人々に奉仕するという生き方
を通して、イエスが言う「生きた水」をいただくことになったわけです。「水を
飲ませてください」と言ったのは目の前の人であると同時に、その人の中におら
れるイエス・キリストであった。
そのことが分かってからは、むしろ彼女の方からその人(目の前の人と同時に、
イエス・キリスト)に頼み、その人(さきほどと同じ)は生きた水を与えてもら
うことになりました。こうしてイエスの言葉「『水を飲ませてください』と言っ
たのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人は
あなたに生きた水を与えたことであろう」(が完全に理解できたのだと思います。
マザー・テレサはよく次のようなことを言っていました。「わたしは毎朝、祭壇
の上から小さなパンのかけらの主をいただいています。もう一つは、町の巷の中
でいただいています」。この話は「二つの聖体拝領」と言われるようになりまし
た。一つは朝ミサで拝領するご聖体、もう一つは町に出て、行き倒れの人を探し
てその人に接することでイエスに触れるというのです。
マザー・テレサが言った「町の中でいただくもう一つの聖体拝領」は、そのまま
イエスの言葉と一致しています。マザー・テレサは毎日町のどこかでのどの渇い
ている人、食べ物に困っている人、そのほかにも見捨てられている人に十分なお
世話をして、人々の中におられるイエス・キリストから、「生きた水」をいただ
いていたのです。
私はマザー・テレサの取った態度の中に、福音宣教の大切なカギがあると思いま
した。つまり福音宣教とは、何も通りに立って聖書の本を片手にイエス・キリス
トの生涯を話して聞かせることばかりではないということです。イエス・キリス
トが人々に示したのと同じことを、私たちの身の回りで実行するなら、それがす
でに福音宣教になるということなのです。
もう少し説明を続けましょう。例えばイエスは、「悪人に手向かってはならない。
だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。あなたを訴えて下
着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。だれかが、一ミリオン行くよ
うに強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。あな
たから借りようとする者に、背を向けてはならない」(マタイ5・39-42)と言い
ました。
このイエスの言葉を、繰り返し言うことも福音宣教かも知れませんが、むしろ生
活の中でこのイエスの戒めを実行することが、より力強く福音宣教していること
になるということです。同じように、「あなたがたも聞いているとおり、『隣人
を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、
自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためであ
る。」(マタイ5・43-45)。この言葉を繰り返すよりも、生活の中でその通りに
生きることが、確かな福音宣教なのだと思います。
実は私たちの身近なところにも、今週の福音朗読と似た場面がたくさんあるので
はないでしょうか。「手を貸してください」「席を譲ってもらえませんか」「教
えていただきたいことがあるのですが」。井戸の側でイエスがサマリアの女性に
語りかけた言葉に当てはめて考えると、「『○○してください』と言ったのがだ
れであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに
(恵みや報いを)与えたことであろう」となります。
生活のあちこちに、サマリアの婦人が直面した場面があるということです。私た
ちがそれらを逃す手はありません。ごく身近な場面で、出会う人の中にイエスを
見いだし、自分から進んで近づくことによって、福音の教えに生きる場があるの
です。それはそのまま福音宣教にもなるし、第二の聖体をいただくことにもなる
のです。
遠い井戸まで出かけなくとも、もっとも貧しい人々のもとへ出かけなくても、今
生活している目の前で、イエスは「わたしに水を飲ませてください」と言ってい
ます。もっと大胆に、「主よ、その水をください」(4・15)と願いましょう。
出会う人々の中におられるイエスに、「生きた水」を与えてもらいましょう。
‥‥‥†‥‥‥‥
ちょっとひとやすみ
‥‥‥†‥‥‥‥
▼明治村の見学で撮影したデジカメ画像をようやく現像に回した。できあがった
ものを模造紙に貼って、大明寺教会で展示することにしたが、模造紙に貼る仕事
を教会学校の子どもたちに手伝ってもらうことにした。実はこうして教会学校を
1回サボったのだが。
▼模造紙の上には、あらかじめ割り付けのためのスペースをマジックで囲んで用
意し、そこに割り付けて欲しい写真も無造作に置いて子どもたちに配置を考えさ
せることにした。模造紙は2枚あり、1枚は犬山市の国宝犬山城と大明寺教会以
外の明治村の写真を配置することにし、1枚を明治村の大明寺教会聖堂だけに重
点的に使用することにした。
▼もろもろの写真を貼る模造紙には明治村とこうじ神父が書いたが、大明寺教会
を特集する模造紙には子どもに題字を書かせようと思い、「誰か書いてみないか。
○○、書いてみるか?」と向けると、まんざらでもなさそうだったので任せるこ
とにした。すると、「大」は問題なく書いたのだが、続けて「寺」と書いてしま
ったから大騒ぎ。「大明寺教会って、まともに書けないわけ?」とほかの子ども
から突っ込まれ、たじたじ。上から紙を貼り、「明」と書いて続きを書かせた。
花を持たせようと思ったのが裏目に出てしまった。
▼区画ごとに写真の配置を決め、分担してセロハンテープで貼り付けるのだが、
写真の配置をやってみたい者はいるかと聞くと、みんな尻込みしてなかなか手を
出さない。この子が良かろうと思う子がいた。「やってみるか」と言うと、迷わ
ず写真をにらみ、パパパと配置を決め、「さああとは貼り付けてくれ」と指示を
飛ばし始めた。あの子には特別なリーダーの資格があるのかも知れない。
‥‥‥†‥‥‥
今週のセンテンス
‥‥‥†‥‥‥
第19回目。私たちはなぜ夢を忘れてしまうのだろうか。
http://hanashi-no-mori.news-site.net/80224.jpg
詳細は、ホームページ:http://hanashi-no-mori.news-site.net/にて。
‥‥‥†‥‥‥‥
‥次の説教は‥‥
四旬節第4主日
(ヨハネ9:1,6-9,13-17,34-38)
‥‥‥†‥‥‥‥
この記事の発行者<<前の記事
|
次の記事>>
|
最新の記事
