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とあるカトリック教会の日曜礼拝で実際に話している「日曜説教」をお届けします。朝5時配信です。




こうじ神父 今週のお説教 No.342

発行日: 2008/2/16

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感謝を込めて☆彡
●メルマガ「こうじ神父・今週のお説教」をもとに、文庫本の形で説教集を印刷
しました。「取って食べなさい」というタイトルです。2004年に発行した「B年
説教集」と「C年説教集」は残り200冊ですが、2006年12月に発行した「A年説
教集」はまだまだあります。もしよかったらメールでご一報ください。
●文庫本は、B年のみ700円、C年とA年は800円の頒布価です。冊子小包で郵送
しますので、送料込みの代金を「ぱるる」に送っていただければ幸いです。参考
までに、1冊のみの送料は210円、2冊で290円、3冊で340円となっています。
●説教集をご希望の方は、必ず郵便番号、住所、氏名をお知らせ下さい。よろし
くお願いいたします。
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(参考)実際の声を確かめながら読みたい方はこちらをクリック
↓↓説教者の意図が、より自然に伝わます。↓↓
 http://hanashi-no-mori.news-site.net/voice/80217.mp3 

(音声ファイルは、MP3形式です。再生ソフトをを用意してください。)
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こうじ神父
「今週の説教」
08/02/17(No.342)
‥‥‥†‥‥‥‥
四旬節第2主日
(マタイ17:1-9)
私たちがここにいるのはすばらしいことです
‥‥‥†‥‥‥‥

私たちは、当たり前になっていることにはなかなかその良さが分からないという
ことがあります。伊王島・高島の海はお世辞抜きで抜けるような青い海です。そ
してその美しさやすばらしさは、私たちにとっては当たり前なので、観光客が船
の乗り降りの時に「きゃー、海がきれい」と言っているのがかえって不思議に思
えるくらいです。

もう一つ例を挙げると、伊王島・高島は高齢者が多い町です。何を今さらと思わ
れるかも知れませんが、ミサに来ておられる高齢者、あるいは島内で見かける方
であっても、私はある時「いいなぁ、あの歳まで生きていて」と思うことがある
のです。

どういうことかと言うと、私は父方の祖父母も母方の祖父母も私が成人式を済ま
せる頃にはいなくなっていたからです。ですから、祖父母に当たる年齢の人が生
きておられることは、私にとっては当たり前のことではなくて、生きているだけ
でうらやましいことなのです。

なかには、杖がなければ歩いて回れない人もいらっしゃるでしょうし、ひんぱん
に病院に通うので、毎日気が重いという人もいるかも知れません。けれども、年
を重ねても今日一日何とか生きることができるのは、当たり前のように思えて、
当たり前ではないのです。事実、私の祖父母は4人とも会いたくても会えないの
ですから。

福音に入りたいと思います。3人の弟子が特別にイエスと山に登り、イエスの神
々しい姿を見ることになりました。「顔は太陽のように輝き、服は光のように白
くなった」(マタイ17・2)私たちは肉眼で太陽を見ることはできません。それ
ほどの輝きをイエスは弟子たちの前で現したのです。「主よ、わたしたちがここ
にいるのは、すばらしいことです」(17・4)。ペトロがこのように話すのも無
理もないことです。

ところで、私たちははじめに、当たり前のことにはなかなかその良さが分からな
いということを考えました。ペトロは、光り輝く姿のイエスを見て、そのすばら
しさを言葉にしたのですが、よく考えれば、もっと当たり前のこと、イエスと共
にいること、イエスと寝起きし、町や村を巡って神の国を告げ知らせ、ときには
人々に理解されずに辛い思いをしてきたこと、これらのごく日常の出来事が、も
ともとはすばらしいことなのではないでしょうか。

つまりペトロは、光り輝く姿を見ていなくても、本当は同じ言葉をイエスに言う
べきだったのです。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。
お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのた
め、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです」(17・4)。

もしかしたらマタイは、イエスと共にいること、そのことがすでに「すばらしい
こと」であると理解していたのかも知れません。それと同時に、ペトロがまだそ
の点では十分に理解していなかったということも、ここでは匂わせているのかも
知れません。

たとえそうであっても、弟子たちはその後イエスの最期の場面までお伴していく
なかで、イエスと共にいること、そのことがすでに「すばらしいこと」だったの
だと気付いたのです。その気づきがなければ、弟子たちはのちに殉教するほどの
固い絆をイエスと結ぶことはできなかったはずです。

ペトロの体験は、私たちにも今の信仰生活について考えさせます。イエスのそば
にいる人は、当たり前と思っていることのなかに、すばらしいものが詰め込まれ
ていると気付くべきなのです。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらし
いことです」。

イエスのそばにいる私たちが、当たり前と思って見落としているすばらしい宝は
何でしょうか。ここであらためて確かめ合いましょう。私たちが、自信を持って
人に知らせるために、また、信仰を面倒だと思ったり放っておいてくれと投げや
りになっている人にも、持っている信仰のすばらしさを思い出してもらうために、
気付かないでいるすばらしい宝を確認しておきましょう。

何と言っても、私たちが受けた最高の恵みは洗礼です。洗礼は、私たちが神の子
とされる恵みです。神が私たちの父となり、私たちが子としてもらう決定的な恵
みです。神が人間と結んでくださる絆がどれほど深いか、預言者イザヤが教えて
くれます。「女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を
憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも/わたしがあなたを忘れ
ることは決してない」(イザヤ49・15)。

ある時期は、受けた信仰のすばらしさに気が付かない時もあるでしょう。高校生、
大学生になる時期、高校を卒業して社会に飛び込んでいく時、親が側にいること
や親の影が見え隠れすることを極端に嫌う時期がやってきます。この時期は親に
かまってもらうのがうっとうしく、ついて回ったり先回りしたりすることを嫌が
るものです。

そのように、高校生から大人としての一歩を踏み出し始める頃は、天の父の存在
がうっとうしく感じたり、ことさらまじめに祈ったりミサに行ったりすることを
拒否する時期があるのだと思います。中田神父も、ある時期そういう気持ちにな
ることは、分からないでもありません。

ただ、だからといって肉親の父が高校生から二十歳になる時期に子どもを見捨て
たらいったいどうなるでしょうか。その後の人生が狂ってしまうことにもなりか
ねません。そのことを知っているので、親はどれだけ子どもに嫌がられても関わ
り続けるわけです。

父である神も同じことです。私たちが青春期に信仰を嫌って遠ざかっても、神は
決してその人から離れたりはしません。親から受けた命がすばらしいように、神
から受けた命、洗礼の恵みもすばらしいものなのです。それは、親が決して子ど
もを見捨てることがないのと同じく、神が人を見捨てないことで分かります。

神はご自分の命を与えた子どもたちを決して見捨てません。ぜひ、洗礼の恵みの
すばらしさを、時間がかかってもいいから、自分たちの子どもに、日頃教会との
交わりを避けている人に、本人が気付くまで教え導いてほしいと思います。

人が神からいただく恵みはすばらしいのです。人が神と関わっているという事実
は、すばらしいことなのです。当たり前と思って、驚きも感動もないかも知れま
せんが、「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです」と声を上
げるのに十分すぎるくらい、私たちは神からの恵みを受けて生きているのです。


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ちょっとひとやすみ
‥‥‥†‥‥‥‥

▼ひょんなことから知ったこと。ドコモのFOMA(フォーマ)は、一度に受信でき
るメールの文字数が5000文字なのだそうである。それならと、パソコン用の説教
のメルマガをケータイのアドレスで登録して、パソコン用の原稿(約3000文字)
のままケータイにも配信してみた。すると難なくFOMAではパソコン用のメルマガ
を受信することができた。
▼ケータイは非常にすぐれた機器である。買い物の支払いもエディ機能で「チャ
リーン♪」と済ませることができるし、空港のチェックインでも最近利用できる
ことが分かった。長崎市内のバスでも、バス専用のスマートカード機能をケータ
イに持たせることもできるようだし、他社のではあるがキーボードまで備えた電
話機も見たことがある。
▼そう考えると、これから進歩していくのはもしかしたらパソコンなのではなく
てケータイなのかも知れないと思った。パソコンはどんなに小さくしても持ち歩
けるものではない。ノートパソコンもあるが、少なくとも私は持ち歩いて家に帰
ってきた頃にはすっかり肩が凝っているという苦い経験がある。大学ノート一冊
の重さと厚さのノートパソコンは、しばらく登場しそうにもない。
▼そうすると、発想の転換が必要になってくるかも知れない。説教のメルマガを
本当の意味で手のひらに届けるためには、パソコンへの配信ではなく、ケータイ
に届くほうをもっともっと研究しなければならないのかも知れない。FOMAの利用
者は、ケータイメルマガの利用者のほぼ9割に達していると聞く。これだったら、
本来の3000文字説教の配信先を、積極的にケータイユーザーに広めていく方向で
進めていいと思う。新しい展開が見えてきそうだ。

‥‥‥†‥‥‥
今週のセンテンス
‥‥‥†‥‥‥
第18回目。言語能力の習得は、歩行能力の習得とはまったく異なる。
http://hanashi-no-mori.news-site.net/80217.jpg
詳細は、ホームページ:http://hanashi-no-mori.news-site.net/にて。

‥‥‥†‥‥‥‥
‥次の説教は‥‥
四旬節第3主日
(ヨハネ4:5-15,19b-26,39a,40-42)
‥‥‥†‥‥‥‥

 
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