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「日本史なんて怖くない」

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「日本史なんて怖くない」戦前歴代内閣の出来事4

発行日: 2005/2/3

■「日本史なんて怖くない」No.547  2005/02/03 ━━━………‥‥‥☆
                          毎週月・木曜日発行

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□□□□□□□□□□□□□□【目 次】□□□□□□□□□□□□□□□□
 ● 今回の内容         ★ どの内閣の出来事でしょう
 ☆ センター試験追試の解説
 △ 次回と出来事の答え     ■ 最後にひとこと
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 総読者数:3566人(前回配送時)  まぐまぐ:1824人
  カプライト:526人  melma!:865人  めろんぱん:351人
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■ 今回の内容 ■
┃戦前歴代内閣の出来事(4)
 第15代首相は、前内大臣兼侍従長で65歳の桂太郎である。しかし、組閣直後
から第一次護憲運動が起こり、開会された議会も数度停会となった。1913年2
月10日、尾崎行雄の弾劾演説があり、その翌日に退陣を表明した。


 第16代首相は、海軍大将で60歳の山本権兵衛{ごんべえ}である。山本は、
薩摩出身で、戊辰戦争に従軍した後、海軍に入った。海軍軍令部を参謀本部か
ら独立させるなど手腕を発揮した。第二次山県内閣から第一次桂内閣まで海相
を務め、日露戦争を指導した。第一次内閣では、第二次西園寺内閣が陸相が単
独辞職して、後任陸相が得られなかったことから、1913年に軍部大臣現役武官
制の現役条項を削除した。そして、シーメンス事件が起こって、貴族院が海軍
軍拡予算を否決し、その責任を取って総辞職した。


 第17代首相は、76歳の大隈重信である。第二次内閣では、第一次世界大戦が
始まった。1915年1月、中国に二十一か条の要求を提出した。戦場がヨーロッ
パで、日本に影響がなかったことから大戦景気と呼ばれる好景気となった。そ
して、1916年9月、労働者保護立法の工場法がようやく施行された。しかし、
農商務相から内相になった大浦兼武{おおうら・かねたけ}の選挙干渉や買収
事件が発覚し、一度は全閣僚が辞表を出したが、内閣の改造で乗り切ったもの
の、元老の支持を失って総辞職した。


 第18代首相は、陸軍大将で64歳の寺内正毅{てらうち・まさたけ}である。
寺内は、長州出身で、幕末の内乱に従軍した後、陸軍に入った。主に軍政で活
躍し、陸相を歴任し、陸軍大将、元帥となった。韓国統監として韓国併合を進
め、初代朝鮮総督となった。内閣を組閣し、官僚内閣を復活させた。この内閣
では、1917年1月に西原借款が始まった。4月、アメリカはドイツの無制限潜
水艦作戦でアメリカ人を乗せた船が撃沈されたことを理由に、ドイツに宣戦布
告した。11月、アメリカと石井・ランシング協定を結び、日本の中国での特殊
権益を認めさせた。1917年3月に起こったロシア革命に干渉するため、8月に
シベリア出兵を開始した。この時、米価高騰から米騒動が起こり、その対応へ
の責任を問われた内閣は、寺内の病状悪化もあって総辞職した。


 第19代首相は、政友会総裁で62歳の原敬{たかし}である。原は、岩手出身
で、井上馨の推薦で官界に入り、陸奥宗光の死後に官界を去った。毎日新聞社
社長を経て、政友会の創立に加わり、第四次伊藤内閣逓信相となった。1902年
から衆議院議員に連続当選し、政友会の組織強化に努め、実力者となった。第
一次・第二次西園寺、第一次山本内閣内相を経て、1914年に3代目の政友会総
裁となる。1918年に内閣を組織し、平民宰相と呼ばれた。3年余り政権を維持
したが、1921年11月に暗殺された。この内閣は、政友会を与党とし、自らも衆
議院に議席を持つ本格的な政党内閣である。

 1918年11月に第一次世界大戦が終わり、翌年1月にパリ講和会議が始まり、
6月にヴェルサイユ条約が調印された。それに基づいて、1920年1月に国際連
盟が成立した。しかし、ヴェルサイユ条約にあった民族自決の適用を信じて、
1919年3月に朝鮮で三・一独立運動が起こった。また、二十一か条の要求破棄
が認められなかったことで、同年5月に中国で五・四運動が起こった。また、
戦争が終わり、ヨーロッパでも経済が復興し、1920年3月に戦後恐慌が始まっ
た。5月に尼港事件が起こった。

 国内は、1918年12月に大学令、高等学校令が出された。そして、同月に吉野
作造{さくぞう}や麻生久{あそう・ひさし}らが黎明{れいめい}会を結成
した。1920年1月、森戸辰男{もりと・たつお}の論文が危険思想に当たると
して東京帝大助教授を休職となった。森戸事件である。女性の地位向上を目指
し、3月に新婦人協会が結成された。5月に日本で最初のメーデーが行なわれ
た<注>。1921年10月に日本労働総同盟が結成された。しかし、11月4日、原
が東京駅で刺殺されて総辞職した。


 第20代首相は、政友会総裁で67歳の高橋是清{これきよ}である。高橋は、
江戸出身で仙台藩士高橋家へ養子に出された。14歳で海外流浪、日本でも職を
変え、1889年に農商務省に入った。その後、ペルーでの事業に失敗した。1892
年に日本銀行に入り、日露戦争の外債募集に成功、日銀総裁、第一次山本内閣
蔵相を経て、政友会に入った。原暗殺後、首相兼蔵相、政友会総裁となる。第
二次護憲運動に参加し、爵位を捨てて衆議院議員に立候補して当選した。護憲
三派内閣農商務相となる。政友会総裁を辞し、政界からも引退したが、田中義
一内閣蔵相となり、金融恐慌を収拾、犬養、斎藤、岡田内閣蔵相として、イン
フレ覚悟の積極的財政投資政策を実施し、日本経済を大恐慌から脱出させたも
のの、二・二六事件で暗殺された。

 この内閣では、原前首相暗殺当日に始まったワシントン会議で、1921年12月
に四か国条約、1922年2月に海軍軍縮条約と九か国条約に調印した。1922年3
月に全国水平社、4月に日本農民組合が結成された。しかし、大学昇格問題で
閣内不統一となり、総辞職した。


<注>1936年以降、弾圧で中断したが、1946年に復活した。


<第三次桂太郎内閣>貴族院を基盤
1912年12月21日〜13年2月11日〜20日
                首相在任期間62日(通算在職日数2886日)
外務(首相兼務) 大浦兼武内務 木越安綱陸軍 斎藤実海軍 松室致司法
若槻礼次郎大蔵 柴田家門文部 仲小路廉農商務 後藤新平逓信 江木翼書記
一木喜徳郎法制 外務→加藤高明


<第一次山本権兵衛内閣>立憲政友会を実質与党
1912年2月20日〜14年3月24日〜4月16日 在職日数 421日
牧野伸顕外務 原敬内務 高橋是清大蔵 木越安綱陸軍 斎藤実海軍
松田正久司法 奥田義人文部 山本達雄農商務 元田肇逓信 山之内一次書記
岡野敬次郎法制 陸軍→楠瀬幸彦 法制→倉富勇三郎
司法、文部→松田の病気辞任→奥田文部兼任→奥田義人司法、大岡育造文部


<第二次大隈重信内閣>立憲同志会を実質与党
1914年4月16日〜16年10月5日〜9日
               首相在任期間 908日(通算在職日数1040日)
内務(首相兼務) 加藤高明外務 若槻礼次郎大蔵 岡市之助陸軍
八代六郎海軍 尾崎行雄司法 一木喜徳郎文部 大浦兼武農商務
武富時敏逓信 江木翼書記 高橋作衛法制
内務→大浦兼武→選挙干渉と議員買収の責任→首相兼任→一木喜徳郎
外務→首相兼務→石井菊次郎 大蔵→武富時敏 逓信→箕浦勝人
海軍→加藤友三郎 文部→高田早苗 陸軍→大島健一
(一木内務、外務、大蔵、逓信、海軍、文部は内閣改造で就任)


<寺内正毅内閣>官僚内閣、政友会と提携
1916年10月9日〜18年9月21日〜29日 首相在任期間 721日
外務・大蔵(首相兼務) 後藤新平内務 大島健一陸軍 加藤友三郎海軍
松室致司法 岡田良平文部 仲小路廉農商務 田健治郎逓信 児玉秀雄書記
有松英義法制 外務→本野一郎→後藤新平 大蔵→勝田主計
内務→水野錬太郎


<原敬内閣>政友会が与党
1918年9月29日〜21年11月4日〜5日 首相在任期間1133日
              〜11月13日 内田康哉外相臨時兼務
司法(首相兼務) 内田康哉外務 床次竹二郎内務 高橋是清大蔵
田中義一陸軍 加藤友三郎海軍 中橋徳五郎文部 山本達雄農商務
野田卯太郎逓信 高橋光威書記 横田千之助法制
陸軍→山梨半造 司法→大木遠吉 鉄道(20年5月15日設置)→元田肇


<高橋是清内閣>政友会が与党
1921年11月13日〜22年6月6日〜12日 首相在任期間 212日
大蔵(首相兼務) 内田康哉外務 床次竹二郎内務 山梨半造陸軍
加藤友三郎海軍 大木遠吉司法 中橋徳五郎文部 山本達雄農商務
野田卯太郎逓信 元田肇鉄道 高橋光威書記 横田千之助法制
法制→馬場?一


※※※※※※※※※※※<読者の声を募集しています>※※※※※※※※※※
※ 説明で分かりづらいところ、間違っているところがありましたら、メ ※
※ ルマガを返信する形でメールで送ってください。本誌上でさらに詳し ※
※ く説明します。また、いろいろな情報もお待ちしています。     ※
※ メールはテキスト文書で、不要なメルマガの文章は削除してください ※
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● どの内閣の出来事でしょう ● 答えはフッターの下にあります。
 下の出来事はどの内閣の出来事でしょう。記号で答えて下さい。
ア:第三次桂太郎内閣、イ:第一次山本権兵衛内閣、ウ:第二次大隈重信内閣
エ:寺内正毅内閣、オ:原敬内閣、カ:高橋是清内閣

1.米騒動        2.森戸事件    3.シーメンス事件
4.ヴェルサイユ条約調印 5.第一次護憲運動 6.二十一か条の要求提出
7.全国水平社結成    8.石井・ランシング協定
9.九か国条約調印    10.国際連盟成立


■ センター試験追試の解説(日本史B、第1問) ■
A 平城京には東西に官営の市が設けられ、地方から運ばれてくる米・鰹・ワ
カメ・鮑・塩などの産物や、官人の禄として支給される布や糸などが交換され
た。そこでの交易は、価格の公定、度量衡の管理など、[ ア ]の監督の下
に置かれた。当時の食事は、下級宮人の場合、玄米の主食に野菜・海草の一菜
か二菜が普通であった。

 〔a:中世には、米をはじめとする農産物が増加し、食材も増えた〕。吉田
兼好が著した『[ イ ]』には、北条時頼が味噌を肴に酒を飲んだという話
もある。また、紀伊国隅田荘で1512年に行われた地方武士の饗宴の献立によれ
ば、「塩引・鮑塩・焼物・湯漬・干鯛・蒲鉾」などが供されていたことがわか
る。

問1 空欄に入る語句の組合せとして正しいものを、次の1〜4のうちから一
つ選べ。
1.ア−市司  イ−方丈記  2.ア−市司  イ−徒然草
3.ア−式部省 イ−方丈記  4.ア−式部省 イ−徒然草

問2 〔a〕に関連して、中世の食料生産に関して述べた次の文X〜Zについ
て、その正誤の組合せとして正しいものを、下の1〜4のうちから一つ選べ。

X 二毛作が各地に広まり、畿内では三毛作も行われた。
Y 脱穀用の農具として、千歯扱が普及した。
Z 肥料として、下肥が使われた。

1.X−正 Y−正 Z−誤  2.X−正 Y−誤 Z−正
3.X−誤 Y−正 Z−誤  4.X−誤 Y−誤 Z−正


B 近世になると、〔b:大規模開発による耕地の拡大とならんで農業技術の
進歩も目覚ましく、農業生産力が飛躍的に高まった〕。その一方で幕府や藩
は、農民の米食を厳しく規制し、雑穀食を奨励した。また、五穀以外の栽培を
制限した[ ウ ]など、さまざまな禁令を出した。

 しかし、農民の食生活の水準は向上し、端午や七夕などの[ エ ]や祝儀
・祭礼など、さまざまな行事で人々は飲食を楽しんだ。

問3 空欄に入る語句の組合せとして正しいものを、次の1〜4のうちから一
つ選べ。
1.ウ−分地制限令  エ−節句  2.ウ−分地制限令  エ−孟蘭盆会
3.ウ−田畑勝手作の禁令 エ−節句
4.ウ−田畑勝手作の禁令 エ−孟蘭盆会

問4 〔b〕に関して、近世の開発や農業・漁業について述べた文として誤っ
ているものを、次の1〜4のうちから一つ選べ。
1.柳沢吉保によって、印旛沼の干拓工事が試みられた。
2.箱根用水が造られ、多くの耕地に灌漑用水を供給した。
3.地引網などの網を用いた漁法が、各地に広まった。
4.穀粒の大きさを選別する農具として、千石どおしが普及した。


C 近代になると、〔c:殖産興業政策〕の一環として明治政府は農業の振興
にも力を尽くした。洋式農業の導入の試みはほとんど失敗に終わったが、品種
改良や金肥の使用などによって生産力の増加がはかられた。

 農村における日常の食生活は、穀物・野菜・味噌・醤油など自給品が中心だ
ったが、商品経済が広まるとともに食料の購入も少しずつ増加した。一方、都
市では明治期の後半になると飲食店の数が急増し、洋食を提供する店も珍しく
なくなった。

 産業革命期には機械制生産により工業の急速な発展がみられたが、農業生産
の伸びは工業と比べ立ち遅れた。〔d:農家の多くは零細経営であり、農村で
は地主制が拡大し〕、多くの小作農は地主に高い小作料を納めなければならな
かった。

問5 〔c〕に関連して、1870年代末までに起こった出来事について述べた文
として誤っているものを、次の1〜4のうちから一つ選べ。
1.北海道の開拓のため、開拓使が置かれた。
2.産業技術の発展のため、第1回内国勧業博覧会が開催された。
3.国立銀行条例が公布された。
4.海運業の振興のため、航海奨励法が公布された。

問6 〔d〕に関連して、明治期の農村について述べた文として正しいもの
を、次の1〜4のうちから一つ選べ。
1.松方財政によって物価が高騰し、多くの自作農が没落し小作農となった。
2.資本主義の発展とともに、地主は企業への投資を拡大していった。
3.地租が物納であったため、地主は米価の変動の影響を受けなかった。
4.綿糸紡績業の発展とともに、農村では綿花の栽培が拡大した。


問1 2 アがある段落は市の説明。イは吉田兼好とある。式部省は文官人事
     ・学校などを司る役所。方丈記は鴨長明の随筆。
問2 2 千歯扱→こき箸か。千歯扱は江戸時代の元禄頃に考案された。
問3 3 ウは五穀以外の栽培を制限したとある。エは単語・七夕とある。分
     地制限令は、耕地の分割相続の制限令。盂蘭盆会は、陰暦7月15日
     に祖先の霊を祀る供養。
問4 1 柳沢吉保→田沼意次。柳沢吉保は、徳川綱吉の時の側用人。
問5 4 1:1869年、2:1877年、3:1872年、4:1896年
問6 2 1:高騰→下落、3:物納→金納
     4:後半部分→綿花の輸入が増加した。


■ センター試験追試の解説(日本史B、第2問) ■
A 出雲真土売は良民の女性で、 691年、おそらく山背国愛宕評(現在の京都
市)の有力氏族の家に生まれた。〔a:彼女は、数え年で5歳か6歳のとき、
はじめて戸籍に登録され、そののち口分田を与えられたと考えられる〕。

 真土売は10代で結婚した。夫となったのは同族の出雲川内で、彼にとっては
再婚だったらしく、年齢は21歳離れていた。 726年の史料によれば、2人には
何人もの子供が生まれ、また川内は戸主になっていた。

 真土売の村には、都に働きに出る人々もいたが、この夫婦はそうせず、農業
を主な生業としていた。春の田打ち、〔b:夏の種まき、秋の収穫、冬の納
税〕という毎年くり返される作業に、真土売も深くかかわったことだろう。

 〔c:真土売がいつ亡くなり、どのように葬られたか〕はわからない。やが
て都がすぐ近くに遷ってくると、子孫たちの生活は大きく変化することになっ
た。

問1 〔a〕について述べた文として正しいものを、次の1〜4のうちから一
つ選べ。
1.この戸籍は、庚寅年籍とよばれる。
2.こののち真土売は、毎年新しい戸籍に登録された。
3.律令制の原則によれば、真土売には口分田1段 120歩が与えられる。
4.律令制の原則によれば、真土売には口分田2段が与えられる。

問2 〔b〕について述べた文として誤っているものを、次の1〜4のうちか
ら一つ選べ。
1.田植えが行われるようになったのは、奈良時代のことである。
2.古墳時代にも、稲の収穫を感謝する祭りが行われていた。
3.真土売には、調を納める義務がなかった。
4.真土売には、庸を納める義務がなかった。

問3 〔c〕に関して、真土売の時代の死や葬儀について述べた文として正し
いものを、次の1〜4のうちから一つ選べ。
1.末法思想が広まり、人々は死後の極楽往生を願った。
2.地上に大石を置く支石墓が造られた。
3.碧玉製の腕飾り(腕輪形宝器)を墓に納めた。
4.仏教にもとづく火葬を行う人々も現れた。


B 後三条天皇は1034年に生まれた。父は後朱雀天皇、母は禎子内親王であ
る。彼は12歳で皇太子となり、1068年にようやく即位した。ながらく天皇にな
れなかったのは、母が藤原摂関家の出身でなかったためである。

 〔d:かつて倭国の大王(天皇)には成人の王族が就任し、死ぬまでその地
位にあった〕。この慣例は、皇極天皇が孝徳天皇に生前譲位したことで破ら
れ、律令国家の[ ア ]の制度に受け継がれたが、天皇にはやはり執政能力
が求められた。しかし、9世紀半ばになると幼年の天皇が出現し、それ以降
は、たとえ成人であっても、天皇は摂関の意向を重んじるのが習いとなってい
た。

 〔e:即位した後三条は、摂関家の干渉を排して、さまざまな政策を展開し
た〕。ところが、彼は5年足らずで退位する。それは病気のためとも、思いど
おりの皇位継承を実現するためともいわれる。1073年、後三条は死去した。彼
の長男が、8歳の[ イ ]天皇に譲位して院政をはじめたのは、その13年後
のことである。

問4 空欄に入る語句の組合せとして正しいものを、次の1〜4のうちから一
つ選べ。
1.ア−法王 イ−堀河  2.ア−法王 イ−後一条
3.ア−上皇 イ−堀河  4.ア−上皇 イ−後一条

問5 〔d〕に関して述べた次の文あ〜うについて、古いものから年代順に正
しく配列したものを、下の1〜4のうちから一つ選べ。

あ 大王の墓とみられる誉田山(誉田御廟山)古墳が造られた。
い 物部守屋を滅ぼした人物が、さらに在位中の大王を暗殺した。
う 大伴金村らが、継体を大王に擁立した。

1.あ−い−う  2.あ−う−い  3.い−あ−う  4.う−あ−い

問6 〔e〕について述べた文として正しいものを、次の1〜4のうちから一
つ選べ。
1.宣旨枡という統一的な枡を定めた。
2.源頼信に命じて、平忠常の乱を鎮圧させた。
3.大輪田泊を修築して、海運の便をはかった。
4.六勝寺の建立を進めた。


問1 3 1:庚寅年籍は 690年に作られた。つまり、真土売の生まれる前年
     に作られている。戸籍は6年に1度作成されるので 696年の戸籍は
     庚寅年籍ではない。
     2:毎年→6年に一度
     4:2段は良民男性。良民女性は選択肢の「3」である。
問2 1 奈良時代→弥生時代
問3 4 1:平安時代末期 2:弥生時代中期 3:古墳時代前期
問4 3 アは生前譲位とある。上皇が出家すると法皇となる。法王は道鏡が
     得た称号だが、地位の内容は不明。法皇と法王は違うので注意。イ
     は後三条の長男が譲位となっているので堀河である。後一条は藤原
     氏全盛期の天皇。
問5 2 あは古墳時代。いは 592年。物部守屋を滅ぼしたのは蘇我馬子、在
     位中の大王は崇峻天皇。うは 507年。
問6 1 2:後一条天皇の時。3:平清盛。4:白河天皇以降に造られる。
     3と4は後三条天皇より後。

☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆

/ 「日本史なんて怖くない」(第547号 2005/02/03)
/  発 行 者 :村田圭(ZVD04624@nifty.ne.jp)
/  ホームページ:http://homepage1.nifty.com/keimurata/

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● 次回は? ●
次回は、「歴代戦前内閣の出来事(5)」です。
次回の「その時歴史が動いた」は、
   「日本を変えたホームラン〜天覧試合・オーナーたちの戦い〜」です。

● どの内閣の出来事でしょうの答え ●
1.エ 2.オ 3.イ 4.オ 5.ア 6.ウ 7.カ 8.エ 9.カ
10.オ

最後にひとこと:火曜日はうっすら雪化粧。昨日は台風でも来たかの風。

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