「日本史なんて怖くない」 |
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■「日本史なんて怖くない」No.400 2003/11/15 ━━━………‥‥‥☆
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● 今回の内容 ★ 一問一答問題
☆ コーヒー・ブレイク
△ 次回と一問一答の答え ■ 最後にひとこと
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■ 今回の内容 ■
┃明治維新(15)
┃新政府への反抗
明治政府は近代化政策を進めていったが、急激に進めたため、不利益を被っ
た人々の不満が次第に高まった。
江戸幕府が倒れ、明治新政府が出来た時、民衆からは「御一新」と呼ばれ、
これまでの封建的な専制抑圧の政治が終わることが期待された。彼らは征討軍
を支援した場合も多く、各地で一揆が起こり、代官や村役人層を襲って「世直
し」が行なわれた。しかし、新政府は民衆の税の軽減をはじめとする戦いは激
しく弾圧した。
民衆は、新政反対一揆を起こして抵抗した。新政反対一揆とは廃藩置県から
明治10(1877)年にかけて起こった一連の一揆の総称のことである。解
放令や徴兵令・学制・地租改正など、それまでの民衆の生活秩序を破壊すると
考えられた改革諸政策と、それを推進する府県支配に反対して発生した。以前
に説明したので省くが、徴兵反対一揆や地租改正反対一揆はその一例である。
代表的な反対一揆は以下の通りである。
明治2(1869)年には高山県の梅村騒動、上田藩の上田騒動、新川県の
ばんどり騒動がある。梅村騒動は高山県(現在の岐阜県高山市周辺)知事梅村
速水{はやみ}の急激な改革に対し不満が高まって起こった打ちこわしであ
る。上田騒動は上田藩(現在の長野県上田市周辺)の偽二分金問題に端を発し
て起こった一揆である。ばんどり騒動は新川{にいかわ}県(現在の富山県)
で貧農層が、租米の公正な徴収・軽減、村役人公選などを要求して村役人・豪
農を襲撃したものである。ばんどりとは参加者が着ていた蓑のことである。
明治3(1870)年には日田県の日田騒動、中野県の中野騒動がある。日
田騒動は日田県(現在の大分県日田市周辺)で起こった年貢半減と雑税廃止を
要求して打ちこわしをおこしたものである。中野騒動は中野県(現在の長野県
中野市周辺)で起こった打ちこわしである。
明治5(1872)年には山梨県の大小切{だいしょうぎり}騒動がある。
大小切租法の廃止に反対して起こったものである。明治6(1873)年6月
の北条県(岡山県美作地方)での血税一揆では、延べ数万人が参加し学校・民
家を焼き払うと、大阪鎮台兵が出動し鎮圧するとともに2万人以上を処罰して
いる。明治7(1874)年には酒田県(現在の山形県酒田市周辺)のわっぱ
騒動がある。わっぱとは弁当箱である。過納年貢の返還や帳簿公開を要求して
暴徒化した事件である。
明治9(1876)年には三重県の伊勢暴動、茨城県の真壁{まかべ}暴動
がある。この2つは地租改正反対一揆である。26件の農民一揆のうち地租改
正反対一揆は12件あった。
こうしたなかで、一揆に立ち上がりながら「御一新」に裏切られた越後の農
民らは、「阿呆駄羅経{あほだらきょう}」で、「やれやれ、皆さん聞いても
くんない、天朝御趣意はまやかしものだよ、高天原{たかまがはら}ではのど
口ぬれない、立派じゃけれと内証はつまらん」で歌っていた。
士族の不平も高まっていた。その背景には、明治六年の政変により、征韓論
を唱えていた西郷らが下野したことや、秩禄処分や明治9(1876)年に出
された廃刀令によって士族特権が否定されたことである。
明治7(1874)年には、明治六年の政変で下野した江藤新平を中心に約
3000人が蜂起したが、半年で鎮圧された。佐賀の乱である。江藤は梟首
{きょうしゅ(さらし首)}の刑に処せられた。この刑罰は、平安時代から行
なわれていたが、明治時代になると江藤自らが廃止を献策した刑罰で、明治1
2(1879)年に廃止された。
明治9(1876)年には、熊本県で廃刀令に憤慨した大田黒伴雄{おおた
ぐろともお}を中心として200余名が蜂起した神風連{じんぷうれん}の乱
(敬神党{けいしんとう}の乱)が起こり、これに呼応して、福岡県で宮崎車
之助ら210名余が蜂起した秋月の乱が起こった。
さらに、山口県では前参議の前原一誠が200余名が率いて萩の乱を起こし
たが鎮圧された。前原は斬首刑となった。
こうした中、明治10(1877)年に西南戦争が起こった。当時鹿児島
は、西郷隆盛が創設した私学校が中心となって、秩禄処分も地租改正も行なわ
ず、中央政府とは無関係に士族政権を作っていた。政府は鹿児島に貯蔵されて
いた兵器や弾薬を大阪に移すとともに、その情勢を探らせるために警視庁の警
察官を派遣した。
これらに憤慨した士族におされて、2月15日、西郷は「今般政府へ尋問の
筋これあり」と1万3千の兵を率いて鹿児島を出発した。南国では珍しく雪が
降っていたという。それに呼応して不平士族が集まり3万余人になっていた。
西郷軍は、熊本城におかれていた熊本鎮台司令部(谷干城{たにたてき}が司
令官)を攻撃した。熊本城は加藤清正が建てた名城で難攻不落を誇っていた。
最初は西郷軍が優勢だったが、政府軍が八代に上陸して背後を突くと攻守が逆
転、西郷軍は後退した。そして、わずか300余が鹿児島に帰って城山にたて
こもった。西郷は股に弾丸を受け、別府晋介に「晋どん、もうここらでよか」
といって切腹し、別府が介錯{かいしゃく(切腹する人の首をはねる役目を負
った)}した。西郷50歳であった。
西郷隆盛が反乱を起こしたことは、明治政府に大きな衝撃を受けた。その一
方で、士族反乱は徴兵制による新しい軍事力や警察力に押さえ込まれ、政府に
対する武力反抗の無力さを立証したのである。
<西郷星の伝説>
「天に西郷の星ありて地に西郷の首なし」(『朝野{ちょうや}新聞』成島
柳北{なるしまりゅうぼく})などの報道は西郷生存の信憑性を民衆に与え多
くの西郷伝説を生み出した。火星を西郷に見立て、西郷星{ぼし}と呼ぶこと
が流行し、またロシア皇太子来日の際には西郷がロシア軍艦で帰国するという
噂も大流行した。西郷星は箒星で「蜂起」と掛{か}け合わせている。高潔で
人徳厚い西郷の生存に民衆は「世直し」を期待した。
<西郷隆盛の銅像が上野の理由>
上野公園で西郷隆盛の銅像の除幕式が行なわれたのは明治31(1898)
年12月18日のこと。西郷隆盛の親友吉井友美が発案し、33000人の寄
付によって、高村光雲が製作した。その完成には5年を要した。最初、銅像は
皇居前に造るという計画だったそうだが、西南の役を起こしたという理由で上
野にされたという。
明治維新に加わった者のうち、西郷は西南戦争で敗死した。木戸孝允は病死
し、大久保利通は西郷敗死後に紀尾井坂の変で不平士族に暗殺された。明治維
新は大きな転換期を迎える。
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● 一問一答問題 ● 答えはフッターの下にあります。
1.1874年に江藤新平を中心となって起こした士族反乱は何か。
2.1876年に大田黒伴雄を中心となって起こした士族反乱は何か。
3.秋月の乱、萩の乱の首謀者は誰か。
4.西南戦争の首謀者となったのは誰か。
■ コーヒー・ブレイク ■
┃400号到達
1999年1月に、まぐまぐから5部で発行された当メルマガも、約5年か
けて400号に到達いたしました。現在は5つのサイトから約3800部とな
っています。週2回だったり3回だったり、1日おきだったりしましたのでこ
れくらいかかって当然なのですが、500号を目指して頑張っていきたいと思
います。すぐに5周年がやってきますが、とても長くやってきたなぁと思って
います。500号は現在の予定では、来年8月下旬か9月上旬、かなりある部
門史のどれかに当たるのではと思っています。部門史では、歴代内閣の出来事
も入れるので、かなり長くなるのではないかと思っています。一通り終わるま
でご購読いただきますようお願いいたします。
┃Pubzineでの発行終了について(再掲載)
「『無料メールマガジン配信サイトPubzine』終了についてのお知らせ」の
中で、翌年2月9日に終了することになった旨のメールが届きました。そのた
めに、当メルマガは11月29日をもちまして、Pubzineからの配送を終了い
たします。Pubzineで購読されています方は、まぐまぐ、カプライト、めろん
ぱんへ移動していただきますようお願いいたします。こちらでは解除・登録は
行ないませんのでよろしくお願いいたします。
┃注文
発行者の住む町には、発行者が欲しい本やCDが売られていないことがよく
あります。CDであれば3〜4店舗、本ではあれば5〜6店舗をぐるぐる回る
こともありますが、CDはありません。レンタルで、と思ってもありませんの
で、結局買うことになります。以前は、店に行って注文することが多かったで
すが、今はインターネット全盛の時代。レンタルショップで会員登録していま
すので、そのサイトで注文して、品物をレンタルショップで受け取れる。結構
便利になりました。本をインターネットで注文するのはよくやっていますが、
自宅に配送されると時間指定があっても家にいなくて何度も持ってきてもらわ
ないといけないのが不便でした。かなり便利な世の中になりましたねぇ。
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/ 「日本史なんて怖くない」(第400号 2003/11/15)
/ 発 行 者 :村田圭(ZVD04624@nifty.ne.jp)
/ ホームページ:http://homepage1.nifty.com/keimurata/
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● 次回は? ●
ノートは、「立憲国家の成立」(1)で、「自由民権運動」(1)です。
次回の「その時歴史が動いた」は、
「勝海舟〜江戸城無血開城はなぜ実現したか〜」です。
● 一問一答問題の答え ●
1.佐賀の乱 2.神風連の乱(敬神党の乱) 3.宮崎車之助/前原一誠
4.西郷隆盛
最後にひとこと:でも、まだ注文してないのね。
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