虹の国・南アフリカ情報・2009 |
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★☆★ 『虹の国・南アフリカ情報・2007』 ★☆★ 2007.02.22
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◆止まっていた腕時計
机の中を整理していましたら、南アフリカの国旗が描かれた腕時計が出てきま
した。
時計屋さんへ行って電池を交換してもらいましたら動き出しました。
確かこの時計は今から10年以上前に、ローズバンクの路上で中国人の露天商
の方から買ったものです。
1994年の民主化から10年以上が過ぎました。
最近の南アフリカの新聞を読んでみますと、時計が止まっていた間の10年前
とあまり変わっていないように思えます。
南アフリカの国旗について、記念切手にこのような説明が書かれていました。
After much debate and 6000 suggested designs, the new, South African
Flag - symbol of non-racial democracy - was raised on 27 April 1994,
the first day of democratic election. Black: The Black Majority; Gold:
The Gold-mining industry (550 tons gold per year); Green: Agriculture,
on which the majority are dependent. Black, Gold & Green are the
colours of the ANC, the senior party of government. These three
colours of the new South Africa cross over the old Dutch flag of 1952,
Red, White and Blue, which symbolises the Afrikaner.
◆南アフリカのワインランド
2月7日、ケープタウンの東方のワインランドにあるユグノー・トンネル近く
で山火事が起こり、N1(国道1号)が1日間通行止めになったという記事が
掲載されていました。
「火災の原因は不明」と書かれていましたが、「人家のないN1沿い」と書か
れていましたので、「タバコのポイ捨てか?」と思ってしまいました。
今はどうかわかりませんが、10年ほど前に南アフリカに滞在していた頃、
「道路脇の火事の原因はタバコのポイ捨てか、ミニバスを待つ黒人の方たちに
よる焚き火」と言われていたからです。
焚き火については、寒い日に、いつ来るかわからないミニバスを道路脇で待ち、
ミニバスが来るとろくろく消火もしないで乗車する光景をよく見かけました。
2年ほど前の新聞には、「ワインランドの一つであるステレンボッシュ近くの
黒人の方たちが住む仮小屋が約1,000軒燃えた」という記事が掲載されて
いました。
このような記事を読むたびに、「黒人の方たちの住居は再建されるのだろう
か?」と心配になりますが、「南アフリカのワインに影響はなかったのか?」
とか「貴重な動植物に影響はなかったか?」などとも思ってしまいます。
南アフリカはワインで有名です。
酒屋さん行けば、100〜150R(R=23円)で、美味しいワインを買う
ことができました。
30R程度のワインでも美味しかったため、私の友人たちの中には100R以
上もするような高級(?)ワインを買う人たちはいませんでした。
日本でも最近、KWVなどのワインを買うことができますが、南アフリカのワ
インはあまり有名ではありませんでした。
というのもアパルトヘイト制度の影響もあって輸入できなかったのでしょうが、
もともと南アフリカのワイナリーは規模が小さいため、南アフリカ国内で消費
されていたからです。
ケープタウンから東へ向かうと、車で2時間ほどの所に、パール、ステレンボ
ッシュ、フランシュフックとう町が点在するワインランドと呼ばれる地方があ
り、ケープタウン市内から観光ツアーで行くことができます。
ここには、「ダッチ風」と言われる17数世紀頃のオランダ風の建物などがあ
り、中世のヨーロッパの風情が残っています。
この地方のワイン製造は17世紀後半に入植したボーア人(オランダ系農民)
によるそうですが、さらに盛んになったのはフランスを追われた新教徒ユグノ
ーが入植したことによるそうです。
当時のケープ総督はフランス人がケープ市内に住むのを嫌ってフランシュフッ
クに土地を与えたそうです。
フランシュフックには、新教徒ユグノーの移住250周年を記念して1983
年に建てられたユグノー記念碑があります。
ケープタウンには何度か行ったことがあり、最初は東インド会社の食糧基地と
して開港し、オランダ人が入植し、その後に英国人がやってきてオランダ人は
黒人と戦いながら内陸部へ移動して行っただけでなく、フランスからやってき
た新教徒ユグノー、カラードのルーツはマレーからやってきた奴隷、気がつけ
ば姿を消してしまったコイ・サン人、期限付きで来てそのまま住み着いたイン
ド人など、さまざまな人種問題を知りました。
我われが黒人と一言で言っていますが、言語が違うので話すこともできず、経
済格差のあることも知りました。
最近、「ケープタウン国際空港の黒人の人名に因んだ名称に変更する」とうこ
とが話題になっています。
「いまさら世界的に名前の知れ渡った、白人の人名でもないケープタウン国際
空港の名前を、何故変更しようとしているのか?」と思ってしまいます。
南アフリカの作家コリン・スマッツ氏は、「南アフリカは黒人が他人種を差別
する"逆アパルトヘイト"になりつつある」と言っています。
世界が注目している2010年のサッカーWカップを、国際社会での飛躍への
ステップとして取り組んで欲しいと思っています。
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写真を掲載している関連ブログ
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電子メールマガジン: 『虹の国・南アフリカ情報・2007』
melma ID: 00103598
発行元: 沢木宏志
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