虹の国・南アフリカ情報・2007
発行日時: 2006/12/21===================================
★☆★ 『虹の国・南アフリカ情報・2007』 ★☆★ 2006.12.21
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◆フォール・トレッカー・モニュメント
1994年のマンデラ大統領が誕生した制憲選挙以前は、12月16日は国民
の祝日だったかもしれません。
プレトリア郊外には、フォール・トレッカー・モニュメント(開拓者記念碑)
があります。
フォール・トレッカー・モニュメントへは何度か行ったことがありますが、こ
こは1838年12月16日にアフリカーナー(当時はボーアと言ったのかも)
が、ブラッドリバーで黒人のズールー族に勝利した日を記念して建てられたそ
うです。
黒人政権になり、このフォール・トレッカー・モニュメントの行方が気になっ
ていましたが、2006年12月16日の正午に15,000人が集まったそ
うです。
このフォール・トレッカー・モニュメントの天井には穴が開いていて、12月
16日の正午に光が差し込むそうです。
光のさす場所には、アフリカーンス語で "Ons Vir Jou Suid-Afrika"と書かれ
ているそうです。
このアフリカーンス語の意味は、直訳ではありませんが「おお、南アフリカよ」
というような意味かもしれません。
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以前、このような旅行記を紹介しましたので再掲載します。
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◆フォール・トレッカー・モニュメント
プレトリアの西方にフォールトレッカー・モニュメント(開拓者記念碑)があ
る。
ここはオランダ系のボーア人(アフリカーナー)の”開拓者記念碑”です。
フォール・トレッカー・モニュメントは、小高い丘の上にポツンと建っている。
この記念碑は道路を走っていて見えるのであるが、入って行く道がなかなか見
つからなかった。
私は、「ボーア人が入植して領土を拡大するため、黒人との戦いを繰り返して
内陸部を開拓していった」と思っていた。
でも本当の理由は、「イギリス軍に追われて内陸部へ荷馬車に家財道具一式を
積んで移動し、内陸部で黒人と戦いを繰り返して開拓を進めていった」そうで
す。
ケープ地方から移住してきたアフリカーナーの、開拓者の歴史と偉業をたたえ
るために、フォール・トレッカー(グレート・トレック)の100年を記念し
て1937年から12年の歳月をかけて造られたそうです。
やっと開拓者記念碑へ行く道を見つけて登って行った。
観光客はまばらであった。
勿論、黒人の観光客はいなかった。
帰りぎわになって台湾人の観光客を乗せたバスが来たが、ワイワイと騒いでい
て、殆ど見学しないで帰って行ってしまった。
正面の左右に2つの旗が立っていた。
南アフリカの国旗はすでに現在の国旗になっていたはずであるが、古い南アフ
リカの国旗のような色をしていた。
しかし、古い国旗とも違っていたので、たぶん古いトランスバール共和国など
の旗だったのかもしれない。
建物の内の27枚の大理石の壁には、イギリス軍との戦い、黒人との戦いの苦
難の歴史が刻まれたレリーフがあった。
レリーフには、銃を持つ女性も描かれていた。
帰る祖国を持たない白いアフリカ人のボーア人が、自分たちの国を建国してい
った歴史である。
建物の中央部には像があり、アフリカーンス語が書かれていた。
"Ons vir jou Suid-Afrika"
直訳すれば「我々を南アフリカに捧げる」というような意味だと思いますが、
このような意味になると思います。
「おお、南アフリカよ!」
この像の置いてある上の天井は開かれていて、12月16日の正午に太陽の光
が差し込むそうです。
この日は、川が血で染まったといわれる”血の川の戦い”で、ボーア人が黒人
のズールー王のディンカーンを滅ぼした日なのだそうです。
その日には多くのアフリカーナーがここに集まるそうです。
フォール・トレッカー・モニュメントの外に出ると、周囲を取り囲む塀には
64の荷馬車の絵が描かれていた。
これは開拓当時の、黒人に襲撃にそなえたバリケードを意味しているそうです。
当時、南アフリカでは白人政権時代の記念碑の名前などを変更していた。
「アパルトヘイトが廃止され、黒人政権になった今、アパルトヘイトの象徴で
もあるこの記念碑はどうなっていくのだろう」と思った。
現在でもこの記念碑は建っているはずである。
これはアフリカーナーのために残すのではなく、「南アフリカはこのような時
代もあったが、それを乗り越えて新しい国を造った」という記念館になるのか
もしれません。
私が南アフリカの歴史に興味を持ち始めのは、このフォール・トレッカー・モ
ニュメント(開拓者記念碑)へ、1995年に行ったのがキッカケであった。
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写真を掲載している関連ブログ
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