虹の国・南アフリカ情報・2004
発行日時: 2004/7/22_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
★☆★ 『虹の国・南アフリカ情報・2004』 ★☆★ 2004.07.22
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◆マンデラ前大統領、86歳の誕生パーティー
マンデラ前大統領は、6月15日の2010年サッカーW杯の南アフリカ開催
決定からまもなくして、公の場(南アフリカの政治関連?)からの引退を宣言
したみたいです。
しかしながら、多忙の日を送っているみたいで、アテネ五輪の聖火ランナーと
して、長い投獄生活を送ったロベン島を訪れたり、つい最近ではタイで開催さ
れた国際エイズ会議に出席したみたいです。
昨年の、85歳の誕生パーティーはヨハネスブルで盛大に開催され、新聞やイ
ンターネットで大々的に報道されました。
昨年の新聞には、このようなことが書かれていました。
"... after climbing a great hill, one only finds that there are many
more hills to climb ..."
今年は、マンデラ前大統領の生れ故郷の東ケープ州のクヌ(Qunu)で控え目に開
催されたそうです。
当日(7月18日の日曜日)は村の学校の卒業式の日で、午前中は村の長老と
一緒に出席したため、昼食会には参加できなかったそうです。
マンデラ前大統領は、卒業したお孫さんを自分の家に連れて行って、お孫さん
へ「もう大人なのだからお金も使いなさい」と言ってお小遣いを200ランド
あげたそうです。
伝統によれば、通常は、祖父の家にはお孫さんは入ることも、触れることも許
されないそうです。
今回の誕生パーティーは、昨年までとは異なり、ケーキカットには両脇にグラ
シャ夫人と、ウィニー前夫人が付き添っていたそうです。
グラシャ夫人は、飛行機事故で亡くなったモザンビーク大統領(当時)の夫人
だった方で、当日は6回目の結婚記念日でもあったそうです。
ウィニー前夫人は、マンデラ前大統領がロベン島の刑務所に投獄されていたア
パルトヘイト時代の犯罪(?)で、現在でも裁判中の話題の人です。
(詳しいことは分かりませんが、1か月前ほどの新聞によれば、ウィニー前夫
人の判決はおりたのかもしれません)
マンデラ前大統領とは、1992年に別居し、1996年に離婚したそうです。
またこの誕生パーティーには、マンデラ前大統領の最初の夫人、エブリン元夫
人との間に生まれた、子供さんたちも参加したそうです。
エブリン元夫人は、今年の4月30日、初めにソウェトの自宅で、呼吸器障害
のため亡くなったそうです。
マンデラ前大統領と1944年に結婚し、反アパルトヘイト(人種隔離)闘争
への関与を強めていたマンデラ前大統領に、「私と、アフリカ民族会議(AN
C)のどちらを取るのか決めて」と迫り、1957年に離婚したそうです。
誕生パーティーは、マンデラ前大統領の家から少し離れたホールで開催され、
黄色、白色、オレンジ色の布で飾られ、大きな白い旗には"Happy Birthday
Madiba 86"と書かれていたそうです。
ホールの外では、村民が伝統的なコーサ族の歌を歌ったそうです。
パーティーには、元トランスカイ(ホームランド=黒人居住地域)の元大臣夫
人、東ケープ州の厚生大臣(?)も出席したそうです。
料理は、伝統的なミリー(トウモロコシの粉を熱湯で練った物)、子羊のグリ
ル、マッシュルーム・ソース、マトンのシチュー、パッションフルーツが入っ
たヨーグルトなどだったそうです。
◆ウィニー(マンデラ前大統領元夫人)は無罪?
7月18日、マンデラ前大統領の86歳の誕生パーティーが、生れ故郷の東ケ
ープ州のクヌ(Qunu)で開催されたそうです。
この誕生パーティーに出席したマンデラ前大統領のウィニー元夫人(ウィニー・
マディキゼラ・マンデラ)が出席したそうです。
最近の彼女について書かれた記事を思い出して探してみましたら、7月6日の
新聞に掲載されていました。
7月5日、プレトリアで裁判が行われ、彼女が関与したとされる25件の窃盗
罪の有罪判決は撤回されたそうですが、43件の不正行為のは有罪判決のまま
だったみたいです。
新聞によれば、「裁判所は窃盗罪について驚くほど追求をしなかった」と書か
れていました。
彼女は、護衛とともに2台のメルセデス・ベンツで裁判所に到着したみたいで
す。
ファン(南アフリカ学生議会メンバー他)が歌を歌い、ダンスを踊る中を、拳
を空に掲げて、"Amandla"と呼びかけて法廷に入ったそうです。
「実業家でもない、国会議員だった前夫人が、なぜ高級車が乗れるのか?」
新聞は金銭の不正行為を皮肉って書いているのかもしれません。
因みに、メルセデス・ベンツのナンバーは、"111 HRH" (Her Royal Highness?)
だそうです。
もう1台は、"666 NWM" (Nomzamo Winifred Madikizela=ウィニーの本名?)
だそうです。
確かナンバープレートには州の頭文字 "GP" (Gauteng Province=ハウテン州)
も書かれているはずです。
私の友人たちの話では、"GP" は「ギャング・プロビンス」だそうです。
◆誰がマンデラとウィニーを和解させたのか?
7月18日、ネルソン・マンデラの86歳の誕生パーティーが行われ、マンデ
ラに付き添うウィニー前夫人の姿が新聞に掲載されていました。
右側に付き添っていたのはグラシャ夫人とすぐに分かったのですが、左側に付
き添っていたのがウィニーと分かったのは、新聞の記事を読んでからでした。
「ウィニーに似ているのが娘さんかもしれない」と思いました。
私が今までに新聞やテレビで見たウィニーの顔は、闘争心に燃えたような冷酷
そうな顔でした。
誕生パーティーのウィニーの写真は、笑みを浮かべた、とても65歳とは思え
ないほど若々しく写っていました。
今回のマンデラとウィニ−の和解のキッカケは、お孫さんの学校の卒業だった
みたいです。
アフリカの伝統によれば、出発(学校を卒業して新たな出発)には、疎遠にな
った親族が集まるそうです。
コーサ族の伝統が、和解の重要な役割を果たしたようです。
お孫さんの名前は"Gaddafi"というみたいですが、ミドルネームは"Zwelendaba"
というみたいです。
"Zwelendaba"とは、コーサ語で「ニュースを生成する」という意味があるそう
です。
ウィニーの子供さんとお孫さんたちは、1か月ほど前からマンデラに会い、和
解の準備を進め、マンデラはウィニーにお孫さんの祝賀会に出席することを許
したみたいです。
グラシャ夫人は、娘さんとお孫さんたちの準備の打ち合わせにも出席していて、
温かく和解を見守っていたそうです。
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