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『あふりかくじらの自由時間』【90】

発行日時: 2006/9/1


 ★.+・゜゜・。☆ ○o.+・゜゜・。○o.++++++++++++++




          『あふりかくじらの自由時間』

                           【90】

                         http://africanwhale.net/

 +++++++++++++・。+★・。・゜゜・☆ ○o.・..+・。★



彼女の心のなかには、二つの部屋がある。

なんていう言葉が、浮かび上がるような風景。
作家ベッシー・ヘッドの『マル』という作品です。

わたしの「一方的」ソウルメイトの彼女の作品のなかで、わたしがとても
気に入っている作品のひとつです。


            ★         ★


いかがおすごしでしょう。

とうとう、ジャカランダが咲き始めました。
ハラレに本格的な春が来たのです。そして、もうすぐ夏が来ます。


 ☆ ○o.+・゜○o..+・。☆


5月に突然南アフリカに飛んでから、もう三ヶ月以上が過ぎた。
もちろん、交通事故に遭って怪我を負い、手術・入院をするためだった。

なんとなくあまりひとには言っていなかったが、そのときのことを書く。


            ★         ★


事故による怪我は、周囲のひとの世話になってハラレから南アの病院に移り、
そこで手術を受けることができて、なんとか落ち着こうとしていた。

あの精神的ショックははかりしれないものがあり、気丈に振舞おうとしていた
自分が本格的に涙を流してしまったのは、事故から二日後。
それまで世話をしてくださったのは初対面の方たちであったが、その日、
なんとか連絡がとれ病室を訪問してくださったのが、東京でお世話になった
南アフリカ大使館の元参事官の方であった。

東京で、南ア大使館のパーティやイベントに招待してくださったり、
会社員(営業)だったわたしに仕事を依頼してくれたり、食事に誘って
くださったり、色んな話を聞かせてくださったり。

政治や経済、社会の話になるととっても熱く語り、でも愛情あふれる方で、
やさしい男性なのである。

知らない人たちのなかで、たったひとり生と死の恐怖に向き合っていたなか、
突然病室に現れてくださったそのことで、わたしはほんとうに子どものように
泣いてしまった。

怖かったから。事故は、ほんとうに怖かったから。
そして、自分を知ったひとが現れたことで、何年も前から知っているひとが
顔を見せたことで、ほっとしたのだろうと思う。
心の中で何かが解放されていくような気がした。


            ★         ★


プレトリアの病院から追い出されるようにして退院したわたしを、彼はすぐ
ヨハネスブルグ郊外のベノニという町に連れて行ってくれた。
車で30分程度も行ったところだろうか。こじんまりとした感じの小さな町である。

目的は、作家ベッシー・ヘッドの小説『マル』を舞台化した劇をコミュニティ・
シアターで観ることである。


            ★         ★


最初、病室でこの劇のことを彼が教えてくれたとき、わたしの心は踊った。
こんなに人生においてショッキングなことがあったのに、わたしの心は
その劇を観ることでもういっぱいになってしまった。

わたしのソウルメイトであるベッシー・ヘッドの作品が劇になっているという
ことは知っていたが、まさかこんな形で南アを再訪して、さらに念願の
劇が観られるとは夢にも思っていなかったのである。

(ちなみに、わたしが彼女の研究をはじめたころはもうすでに彼女は
 天国に行ってしまっていたので、直接会ったことは無い)


            ★         ★

ベノニという町は、感じの良い町だった。

コミュニティ・シアターでは、若いアーティストたちがパフォーマンスを
披露したりアートや演劇、ダンスなどでにぎわっている。
こういう雰囲気は、たまらなく好きである。
アフリカ都市の、若者文化のかおりがする。

中心地から少し離れたところには大きなショッピングセンターもあるが、
わたしはコミュニティ・シアターのある古臭いごちゃごちゃとした
エリアが好きだ。センスの良い雑貨屋なども軒を連ねている。


            ★         ★


『マル』は1971年に書かれた作品である。
南アフリカ出身のベッシー・ヘッドは、1964年にボツワナに亡命し、以来
1986年に48歳の若さで肝炎で亡くなるまで、彼女はその国に暮らした。
わたしが彼女の暮らしたセロウェ村を訪れたのは1998年のこと。
彼女が亡くなって12年後のことである。

『マル』という作品は、とても物語性がある。
いわゆるブッシュマン(作中ではマサルワとなっている)の娘である
マーガレットが、ツワナ人の村に教師として赴任する。
彼女を拾って育てた英国人宣教師による「遺伝ではなく環境がすべて」という
真理を証明する実験だったのである。
マサルワを奴隷として差別してきたツワナ人の村では、このことで大騒動に
なってしまう。やがて、村の首長候補であるマルと、その友人モレカの二人は、
いままでマサルワを蔑視してきたにもかかわらず、聡明でうつくしい心を持った
マーガレットを愛してしまう。

当時のボツワナで実際にあったブッシュマンに対する差別をあからさまに描いた
このベッシー・ヘッドの作品は、大きな話題性を持った。
アパルトヘイトという人種主義国家の犠牲となったベッシー・ヘッドだからこそ、
このような政治的な作品が物語として描けるのである。


            ★         ★

ベノニのコミュニティ・シアターで演じられたのは、小さな劇団の
小さな舞台であったが、その不思議な雰囲気と世界観がじつにうまく
表現されいて、その芸術性は心からすばらしいと思った。

舞台にはベッシーが文章で表現したような色のライトがあたり、後ろでは
スローモーションのようなダンスが、薄いベールの向こうで幻想的に
浮かび上がる。

音と台詞と動き。
演劇って、なんてすごいんだろう。直接、視覚に訴えるのである。

ベッシー・ヘッド作品を「狂気」と結びつけて語る研究者は多いが、
研究者であると同時に個人的に彼女に惹かれているわたしとしては、
あれを「狂気」と片付けるにはあまりに忍びないと思っている。

アパルトヘイト下に生まれ、生きた。
ボツワナで、孤独と貧しさとうつくしく厳しい大地の上で生きた。

その色と空気、それから『マル』という作品を描いた彼女の気持ちを
うまく表現している劇であった。


            ★         ★


文学作品は、こうして演劇として他人とシェアすることができるのだと
いうことに、はじめて気づかされた日だったような気がする。

わたしの人生を変えた交通事故。
それから、わたしの人生のなかで大切にしていたベッシーとその作品。
そして、大切な友だち。

このベノニの町の空気と夕暮れと風を、わたしは心にしっかり刻んで
忘れないだろうと思った。
帰りの車の中で、南アフリカのジャズを聴きながら。


 ☆ ○o.+・゜○o..+・。☆


5月には、ちょうどボツワナ行きを計画していたのです。
セロウェ村に行くために準備をし、ボツワナ大学の先生方に連絡を取り。
いよいよ、一週間後には8年ぶりのボツワナに行けると胸を躍らせ、
どきどきしていたときの事故だったのでした。

そんなときに観ることがかなったこの演劇は、ほんとうに天から降ってきた
夢のような贈り物だったような気がします。


            ★         ★


ベッシー・ヘッド著『マル』
邦訳版も出ているのですが、できれば原書で読むことをお勧めします。
きれいで独特な英語です。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0435909630/africanwhale-22/

わたしのウェブサイト。ベッシー・ヘッドについてはこちら。
http://africanwhale.net/bessiehead.htm


読んでくださりありがとう。

                         あふりかくじら


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     『あふりかくじらの自由時間』【90】2006年9月1日発行

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*ひさしぶりに、どうしてもベッシーのことを書きたくなりました。







 
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