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Vol.168 浅田真央という芸術品 松井政就の『よく遊びよく賭けろ』
発行日時: 2006/12/8
Vol.168 浅田真央という芸術品
先週、NHK杯フィギュアの取材のため長野に行っていた。浅田真央選手と会うのは半年ぶりだったが、今回は試合ということで直接話をするわけにはいかないので、フェンスのこちら側から「黄土色の声援」を送ることとなった。 胸のポケットには、前回会った時に撮った真央選手とのツーショット写真を忍ばせ、仕事などほったらかしで日本一の真央ファンになりきった。
スケートアメリカではスピンやステップの仕上がりがまだで、本来の能力を発揮できていなかった。それから僅か一ヶ月で天才少女はどこまで立て直してきたのか、祈るような気持ちで演技を待った。いよいよ「ノクターン」が流れ、真央選手の舞いが始まると、それまで張りつめていた会場の空気が、まるで春風が通ったようにしなやかに変わった。
フィギュアスケートは音楽との調和が一つの重要な要素であり、音楽の特徴に合わせた演技が一つの楽しみを与えてくれる。しかし真央選手の場合は、合わせているのは真央選手ではなく、実はショパンのほうではないのかと、ふと感じさせられる。
フィギュアには一つの流れがあり、「この演技の次にこの演技をしよう」という、選手なりの構成がある。しかし真央選手の場合は違う。「この演技の後だからこそ、次にこの演技をするんだ」というメッセージとなっている。それは一つの物語となって時間と空間を支配していく。
「この演技の次にこの演技をした」ということと、「この演技の後だからこそ、次はこの演技」ということは全く意味が異なると言ってもいい。なぜならば、一つの物語となって流れる演技の順序そのものにこそ、「これが浅田真央なんだ」という必然性が込められているからだ。
たった数分の演技が、ぼくには何時間にも何日にも感じられた。笑顔で手を振る真央選手に花束を投げながら、世界一の芸術品と同じ時間を共有できた幸福感にぼくは浸った。
松井政就
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